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 決して、気を抜いてはいなかったのだろう。

 彼らの身に着ける装甲服は、首元のわずかなすき間以外に、あらゆる飛び道具のダメージを9割以上カットする。

 接近戦であったならば多少は効率もあがるものの、先の急所以外は刃物や鈍器も、正面から打ち合ったとて、一撃で致命傷を与えられる装備は限られる。

 そしてひと打ちする間に、装甲服の各所に仕込まれたビームスパイクが飛び出し、オートで反撃する。並みの得物はそれに触れるだけで両断され、手足であったならば、その惨状はいうに及ばず。


 むろん、その距離に及ぶまでに彼らの装備するTMS、ツインマイクロサブマシンガンの弾幕を抜けねばならない。

 取り回しの良さはそのままに、新しく採用された供給システムによって、外付けのエネルギーパック式から、装甲服内臓のエネルギータンク直結へ切り替わった新型だ。

 これにより、従来の距離による威力減衰はほぼ見られなくなったうえ、中距離に至るまでの高い照準補正を得ることができ、旧来の主力武器だったアサルトライフルをほぼ趣味の領域へと追いやる強武器と化したのだ。

 装甲服の大幅ダメージカットがあれど、その弾数の多さゆえにDPS。すなわち一秒あたりのダメージ量は高く、集中砲火を浴びればいくらも持たない。

 もちろん場所がバレるゆえ、いたずらに乱射しながら進むような愚はしない。だが、慎重に横に並んで進むそのスリーマンセルを崩すには、周到な準備が必要だったはずだ。


 そのかすかな足音の中で、ひゅっとかすかな音が鳴る。

 音のした右手へ、装甲服のゴーグル越しに視界が動いた。

 そこに、一瞬前までいた仲間の姿はなく、その脇にある茂みの上へかすかに葉が舞っているばかりだった。

 注意をうながそうと、残った左手を向こうとしたときには、もう「どぶん」と水音が立っている。

 茶色い泥水を思わせる色をした左手の沼。そこに真新しい波紋が広がり、いくらかのあぶくが申し訳ばかりの添え物として、立ち上っていくばかり。

 襲われている、と判断がついて、周囲を見やりはじめたときにはもう、強い振動とともに視界が空を向いていた。あおむけにぶっ倒れていたんだ。

 かすかに樹冠の葉がふちどる、灰色の空模様。だが、眺められていた時間はそう長くない。


 ぬっと、前触れなく目の前を覆いつくしたのは、血まみれの顔だった。

 振り乱した髪をたたえながら、一部のスキもなく肌を赤く染め、目もたっぷりと充血したその顔は、極上のジャンプスケア。

 装甲服のビームダガー迎撃は、急所をおさえられると発動できない。すなわち、首を絞められてしまうとだ。

 手動でディフェンスに動かないとだが……もう、すべてが遅い。




「つええ……」


 病院の診察室。名前を呼ばれるまでの間、イスに腰掛けながら一連の流れをスマホで見ていたリョウヤは、思わずうなっていた。

 彼はすでに2カ月以上の病院生活を余儀なくされている。

 ごくめずらしいウイルス感染症の患者と分かってから、外部との接触を禁じられたためだ。


『リョウヤサマ、コンドウリョウヤサマ』


 有名曲のメロディを流しながら、診察室の入り口側から出てきたのは配膳ロボットだ。

 表面カバーは立ち上がった猫のようなイラストを模して、最上部のディスプレイには猫の表情を映し出している。その背面には、薬の入った袋を乗せるお盆のスペースが数段設けられていた。

 もともと、料理店で使われていたものを病院が買い取ったらしく、薬の受け渡しをはじめとした患者とのやりとりは、この配膳ロボットに一任されていた。

 生身同士では感染の恐れがあるが、機械ならばその心配はない、という理由でだ。


『ホンジツノオクスリニナリマス。オヘヤニモドラレタラ、スグニノンデクダサイネ』


「あいよ、おつかれさん」


 ねぎらいの言葉も、もうこのロボくらいしかかける相手がいない。

 数時間後の食事を運んでくるのもまた、配膳ロボの仕事なのだから。



 長い廊下を通った、自分用の個室。

 学校の保健室のベッドまわりのみを切り出したような空間の中、枕もとに接続されたパソコンとゴーグル型のイヤホンが、初見の者の目を引く。

 一日のすべてを病院内で過ごす患者にとって、問題は時間の潰し方。それが仕事を任される者ではなく、学校などから宿題も出されていない未成年ときては、手っ取り早いのがゲームとなる。

 スマホを部屋の隅の充電器へ差しながらも、リョウヤはパソコンの電源を入れながら、あの映像をもう一度思い返していた。



 この世界の代表的ネットゲームといえば? と尋ねられたら「ディープ・フォレスト」はまず五指に入るだろう。

 FPSの中で、個々の要素だけを抜き出して比較すれば、ディープ・フォレストの上を行くゲームはいくつか挙げられる。

 しかしディープ・フォレストは、要素それぞれが水準そこそこ上を維持しながらも、異様なほどのアップデートの頻度により、客の心を掴んでいたのである。


「深き森。半月いなけりゃ別の国」


 とは、その魔境ぶりを物語った謳い文句だった。

 かの強武器TMSも、導入されてまだ数日。それもまた三日天下で終わるかもしれない立ち位置にある。


 入れ替わりの早さゆえか、CPUとの戦いはチュートリアルに成り下がった。

 攻略情報がたちまち共有される昨今では、新しい武器やシステムを利用した効率よい戦いが提示され、もはやCPUを一方的になぶれなくては、対プレイヤー戦のスタートラインにさえ立てない。

 目まぐるしい変更は当然、対プレイヤー戦にもカオスを巻き起こすが、そのぶん退屈とは無縁。

 かつての武器や戦法の弱体化を嘆く声はあれど、ほどなくみんなが新しいアイドルに虜になっていった。


 気の向くままに、古いものをどんどん使い捨てていく。現実ならば嫌な目で見られ、敬遠されがちな行いが、むしろ推奨される世界。

 そのはけ口としての立場として、ディープ・フォレストは横たわり続けていた。

 だからこそ、2カ月以上前からささやかれているウワサの主が、こうも健在でいることは、ゲームにとっての異状に違いなかったんだ。

 先に見た映像で、3名のプレイヤーを瞬殺した、血まみれの男。

「クリムゾン・ヘッド」が。

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