おまけ:ミルクレープを求めて十七代目
おまけです。
貴族院のある秋の日。
いつものテラスで、いつものメンバー。
お茶会のひと時。
◇◇◇ 帝国歴 二百九十一年 九月
貴族院のいつものテラス
ある秋の日、落葉を眺めながらいつもの二人でお茶しているの。シャーリーはティーカップを口に運びながらわたしがケーキを食べてる姿をじっと眺めてる。
気にせずフォークでケーキを切ると、大きな塊を大きく開けた口に放り込んむ。
目を瞑ってゆっくりと味わう。
「ふーむ、まだホンモノには遠いわね……わたし、材料が何、とか考えて食べてなかったからなぁ」
ブツブツと食レポを独り呟きながら腕を組む。今、口に運んだのは前世の記憶で好きだった『クレープとクリームとフルーツを交互に挟み込んだ手の込んだケーキ』なの。
そう、あの夢にも見るほど好きなあの『バーフス』のミルクレープを模したケーキよ!
「どう、リアちゃん?」
不安そうなシェフが背後から様子を伺っている。これもお決まりの光景。シャーリーはいつも呆れている。
わたしが以前語った『思い出のケーキ』のアイデアに感心しきりで「是非作らせてくれ」と懇願されたの。それ以降、食レポが条件で毎回無料で試食させて貰っているのよ。
「ふーむ、クレープ生地がまだ厚いわね……もっと薄くしてね。それにカスタードも生クリームも、まだまだ甘過ぎよ」
「まだ甘いの? ケーキは甘くなきゃダメでしょ?」
「ふふふ、ダメよ。砂糖の甘さじゃなくて、フルーツ自体の素材の味を引き出さなきゃ」
ダメ出しにしょげながら調理場に向かってしまうシェフ。
「またね!」
声をかけると振り返らずに手を振ってくれた。
「まだ、それやってたの?」
「そうね。これは……十七代目のミルクレープよ。最初の頃に比べたら美味しくなってきたわ」
メモ帳に『十七代目』と記してから感想を細かくメモする。ペンを置きもう一口放り込む。
「クリームの舌触りが違う感じ……コクも少ないかな」
「一端の料理評論家みたいね……」
呆れるシャーリー。
だが、この調理人のケーキは、今、帝国で最も売れているケーキとなっていた。
「ふふ、この街で一番美味しいスイーツが、この貴族院テラスの喫茶室で出るケーキって言われてたのよね。で、食べてみたら甘いだけの固いホットケーキだったの」
ふわふわの真逆。カチカチでベタッとした甘さ。砂糖でデコレーションされてて、カロリーのお化けね、あれ。
「初めて食べた時、すっごく美味しかったわよ? 甘くて美味しいーってなったわ」
シャーリーは思い出してうっとりしてる。
あんなに豪華に甘いモノ食べたの初めてだったって。家でもデザートは夕食時に出てきたけど、フルーツが多かったから、とのこと。
「そうらしいわね……でね、『ふーん』って食べてたらさっきのシェフに感想聞かれて、その時に、『普通です』って思わず返しちゃったの」
「あら……」
「そしたら凄く怒られてね……」
ケーキをフォークでツンツン突いて遊んでしまう。
「ちょっとムカついちゃったの。だから反撃しちゃったのよ」
「反撃?」
「そう。そのケーキにダメ出ししまくったの」
フォークでケーキの残りを更に両断。顔の前に持ってきたフォークに刺さったケーキを観察。
「あらら……」
「ムキになってダメ出ししまくってたら、涙目のシェフが『虎の子のデザート』だって切株みたいなケーキを出してきたの」
「あっ、それって冬のお祭りでしか食べられない噂のケーキじゃない? 甘くて、ナッツとかが入っていて、凄く美味しいとか」
想像上の美味しそうなケーキに想いを馳せる。少しうっとりするシャーリー。
「そう聞いたよ。で、一口食べて、『パサパサしてる』って思わず言っちゃったの」
思い出しながらポイっと口に放り込む。
「あらあら……」
「うん、やっぱり今のケーキの方が好きね……そうしたら、なんか料理対決みたいになったの……」
◇◇◇ 一年半前の五月
まだ慣れないテラス
入学式が終わってすぐの、まだ新緑が目に鮮やかな小春日和に、相変わらずお茶してたら色々あって、切株ケーキを出されたわ。
「あれ……?」
このケーキ、確かシュトーレンってヤツよね……わたしあんまり好きじゃないのになぁ。
少しナイフで切って口に放り込む。
「やっぱりパサパサね……」
想像通りの味よ。まぁ不味くはないけど。
その時、震えるシェフが涙目で叫んだ。
「私の『The切株』にパサパサだとっ! 大体『やっぱり』とはなんだ!」
うーん、前世で食べた、とは言えないなー。しょうがない。ジェニーが作ったことにするか。
「わたしの国にはジェニーってパティシエールが居て、これに似たケーキを作ってもらってたの」
驚くシェフが小声で呟く。
「そ、そうなのか……この洗練されたケーキをナイアルスのような芋しか食べない田舎の国で……」
「何ですって?」
「いや……何でもない」
「それでね、不味いって文句言ったら食べ方を工夫しましょうってなったのよ」
「不味い……」
シェフの顔が少し青くなる。
「その中で、薄く切ってホイップクリームを載せたのが一番美味しかったのよ」
「薄く切る? 何故薄く切る? ホイップ……クリーム? 何だそれは……」
あれ? 今度はシェフが震えるてるわよ。このシェフ、帝国のデザート界でトップを走っている凄い人なのって誰か言ってたなぁ。それなのに、知らない言葉ばかりで焦ってるのかな?
そういえばカーリンに古今東西のテーマをデザートでやった時、わたしの圧勝だった。デザートが凄く少ないのよ。勝利のダンスをして戯けていたらカーリンが言い訳してた。
この世界では宗教が素朴さを求めているからデザートなんてあまり食べたことないって。ここ最近、やっと増えてきたって。牛乳だって『栄養価は高いがお腹の痛くなる薬』的に扱われていたんですって。
少しシェフの顔を見て悩む。
青くなって震えながら湯気が頭から出てる感じね。
簡単に言うと可哀想。
そっかー。最近街で見た最先端のドリンクが『はちみつホットミルク』だものね……。
何か可哀想になってきた。これから美味しいケーキを沢山作ってもらわなきゃいけないし。
「よしっ! おばあちゃんの知恵袋を発動! ホイップクリームは、牛乳にバターとゼラチンを入れて冷やしながら思いっきりかき混ぜるの」
市販のホイップクリームが無くても作れるのよ。スイーツ作りが趣味の子の家でワイワイしながら作ったわ。ふふふ、楽しかったなぁ。
「牛乳に……バター? お前はシチューでも作るのか? それに、バターは高級品だ。デザートに使うバカは居ない。大体、ゼラチンを入れたら牛乳ゼリーだろ」
もう一度シェフをじっと見る。
えーっ? バター使わないの? 何でもバター入れれば美味しいのに。小倉バターなんてサイコーなのに。
「んー……では、おばあちゃんの知恵袋その2! 牛乳をひたすらシェイクすればバターができるわよ」
「そんなわけあるか。バカなのか?」
「あー! 信用してないな? 一回やってから文句言いなさいよ!」
新鮮な牛乳を蓋のできる容器に入れて全員で交代しながら振りまくる。
で、バターができた。
「なななな、何と! バターがこんなに簡単に! この情報だけで一生暮らしていける……いや、あのバターをデザートに使い放題!」
「ふふふ、焼き立てホットケーキにはちみつとバターを載せて食べたいわね」
「なんと贅沢な! だが心惹かれるアイデア……」
「ホットケーキはふわふわに焼いてね!」
「ん? ふわふわ? どんな魔法を使えばふわふわになるのだ?」
「ふふふ! おばあちゃんの知恵袋その3! 卵黄と小麦粉と牛乳を先に混ぜまーす。卵白と砂糖をよーくかき混ぜまくってメレンゲを作りまーす。それをざっくり合わせたらすぐ焼くのよ! メレンゲが潰れない様にかき混ぜちゃダメよ!」
「牛乳なんて生臭くなりそうだが……大丈夫なのか? あと焼く前にはしっかり混ぜないと、それは料理の基本だぞ?」
「原理は知らないけど、何でも混ぜれば良いってもんじゃ無いのよ。その代わり卵白はしっかり混ぜてね。あっ、焼く時さっきのバター使ってね。さぁ、いいからやってみて!」
で、ふわふわが焼けた。
「な、なな、なんと! こんなにふわふわのホットケーキが……」
香ばしい香りを嗅ぎながら目を瞑り、前世の学生時代を思い出している。
部活帰りに友達の家でみんなとパンケーキを焼きまくった甲斐があったわ。あー、料理好きな子から教わっといて良かった!
「どう? それで、生クリームを溺れるほど載せるのよ!」
先ほど作ったバターと砂糖とゼラチンを牛乳に入れて、一旦温める。そしたら冷やしながら混ぜてホイップクリームを作り、ホットケーキの上にドンと載せる。
「おぉ、これは凄いデザートだ! デザート界に革命を起こせる、凄いぞー!」
「きゃーっ! やったぁ! ふわふわパンケーキが食べられるのね。うーれしー!」
「こんな凄いアイデア……一体、何故、そんなことを知っているのだ! その『ジェニーというおばあちゃん』とは何者なのだ!」
「ん?」
(あっヤバい……)
「ジェニーはね……天才凄腕おばあちゃんパティシエールよ!」
(変な噂立ててゴメン。手紙書いて先に謝るか……)
◇◇◇ いつものテラスに戻る
「うぷぷっ、天才凄腕おばあちゃんパティシエール……凄いの作ったわね」
「ジェニーから少し怒られたわ。『何か、私、帝国ではお婆ちゃんになってる』って」
「そりゃ怒るでしょ」
ケーキの最後の一欠片を口に放り込んだ。
「ふふふ、でも帝国のデザート界をふわふわパンケーキが蹂躙したのよ。今も売れ行きナンバーワン。お陰でわたしも美味しいケーキが沢山食べられるわ」
お茶をお代わりしてから椅子に座ったまま背伸びをした。まだお茶会は続くらしい……。
End




