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第四十四話 笑わずにいられるか①

◆◆◆ 帝国歴 二百九十四年 一月


 首都ナイアリス 王宮


 会議室でやたら尊大にしている男が不機嫌そうにテーブルを指で叩いて周りを無駄に威圧している。


「今月だけで何件目なんだ!」

「十二件目が二日前に……」

「昨年の三倍以上のペースだ! 原因は何だ?」


 原因は不明。そんな事はこの場の全員が知っている。何度目かの沈黙に会議室が満たされる。


「何だ! 誰か話せっ!」


 何をだよ……と思いつつも担当官が報告を始めた。このやり取りを数回繰り返している。


「申し訳ありません。原因は不明……」

「聞いておらん! 原因を話せと言っている!」


 血筋の良さだけが取り柄の役人気質の男は相変わらずテーブルを叩いている。担当官が辟易しながらもう一度報告を始める。


「現在、ナイアルス国内外にて感染者が増加中です。発症率を鑑みると明らかに国外が多いのですが、国内での発症は何故か手遅れで発見されることが多いと報告を受けています」

「それで?」

「……はい。先日フランムで閃光騎士団に調査させていた事例と類似する事も多く……」

「あの女どもの話なぞ聞いていない」


 不機嫌さを増した男の顔を全員が思わず見る。赤熱死病のスペシャリストの彼女達の話をするな、など考えられない。


「はぁ……各国の騎士達と……教会の献身的な対応でなんとか被害を最小限にできております」

「我が『治安守護騎兵隊』の活躍も有って、だろうが!」


 ナイアリス近郊の治安維持の為に帝国の『司法騎士』を真似て設立されたのが『治安守護騎兵隊』となる。その指揮官を務めるのが先程から机を叩いているゴート伯その人となる。指揮官に似た堅物ばかりの組織と蔑まれている有様だ。


「はぁ……二名が逆に感染されています……」

「だから活躍したからこそだろうが!」

「……」


 地方騎士団扱いなので()()()()()は知らされていない。

 役目の違いを無視して無駄に現場に入り混乱させている現状を活躍とは……。


「悪い話ばかりですが……このタイミングで閃光騎士団の筆頭代理を長く務めたカタリナ・ミューラー団長が引退します」

「やはりな、全く責任感の薄い女だ!」


 ゴートの声には何も反応せず、周りが騒がしくなる。


「このタイミングでか……どうにか来年の冬の観覧式まで延期は無理だろうか?」

「相当に疲弊していると聞く。ここ数ヶ月は特に酷い」

「他の隊員も離脱が多いと聞く。それを全てカバーしていれば壊れもする」

「うむ、彼女も辛かろう……それにミューラー家からも再三の引退要請があった。流石にもう引き延ばしは……」

「あんな女などいなくて結構! 我々で片付けてやるわ!」


 一方的にライバル視している組織の称賛の言葉に耐えられなくなったのか大声を出して部屋を出ていってしまった。


「……本当に狭量な男だ……」

「まぁ、治安維持には向いている。清廉潔白ではあるからな」

「では、諸君。対策を検討しよう」


 皆が一斉に会議室の机に前のめりになり、本腰を入れて話し始めた。


◆◆ 州都グロワール 閃光騎士団 本部


 隊長室の扉は隊員達に気軽に話しかけて欲しいということで何時も開け放たれている。


(まぁ礼儀として扉は叩くがな)


 開いた扉を軽くノックしながら部屋に入るラリー。


「ラリーか……」

「冬の観覧式後に引退を発表とはお前らしいな」

「……まぁね。目立つのは嫌いだ。お前には苦労をかけるな」


 どさっとL字型のソファーの真ん中に腰掛ける。

 カタリナは溜息を一息吐いてからラリーの斜め横に腰をかけた。


「人は変わっていく。森で獲物を追う私が王宮で暮らしているようにな……」

「そうだな……ところで、入ってこないのか? 別に重い話は無いから盗み聞きしても面白く無いぞ」

「ひゃっ……」


 リアは開いた扉からおずおずと姿を見せた。


◇◇


 うひゃあ、バレてたよ。


「……すみません。盗み聞きするつもりは……無かったんですが……」

「まぁ、盗み聞く話もないだろ」

「そうだな。ラリーとは酒と肴と男の話しかしない」

「お前は()の話もするだろ……ははは」


 やばい。大人達の集まりって感じ。居心地わるーい。顔が引き攣るー。


「で、どうした? 新人にこの部屋は敷居が高いだろ?」


 あっ、そうだ。聞かなきゃ。


「あの……何で辞めちゃうんですか?」


 ラリーとカタリナが顔を見合わせる。


「まぁ座れ、リア隊員」


 ラリーがソファーをポンポンと叩いてる。

 うっ、仕方ないか。

 こうなれば毒を食わば皿まで、正面突破よ!

 そっとラリーの横に座る。


「オレが勧めたんだ。コイツの身体はもうボロボロだ。精神(こころ)の方はもっと壊れている……」

「えっ? 隊長……」

「薬にアルコール。もう見てられん……オマエは優しすぎるんだよ!」


 ラリーの声が少し大きくなり、ビクッとしちゃう。そっと様子を伺うとカタリナは力無く微笑みながらじっと机の上を見ている。


「……すまん。少し頭を冷やしてくる」


 一言残してあっさり部屋から出ていってしまった。

 やばい……カタリナ隊長と二人っきりになって余計に緊張してきた。


「……」

「私は弱いからな。ふふ、ラリーは強いよ。あいつは狩人を生業にしていた。魔力が発現して突然貴族にさせられたが、あの強さ自体は彼女生粋(きっすい)のものだ」

「わーお……そうだったんですか」


 あの世間離れした感じ……そっか、狩人……狩人?


「狩人……ですか?」

「そうだ。日常的に命と向き合う仕事だ。アイツの弓は凄いぞ。二百メートル離れていても、まぁ外すことはないだろう」

「ふへー……」


 わたしだって弓は引かせてもらったのよ。でも……まず弓が引けない。引いても全然飛ばない。

 特別製の弓だって自慢されたわ。


「小さな時から命のやり取りをしていたそうだ。ウサギから始まり鹿や猪。魔獣も弓で倒したことがあると言っていたな……」

「ま、魔獣……」ってあの時のトカゲ(ファイヤリザード)みたいなヤツらよね……。

「最後は鉈で切り刻んだと自慢されたよ」


 カタリナも苦笑している。こちらは引き攣りながら笑うしかない。


「私は……ラリーは元よりファーリンよりも弱いよ」


 自重気味に笑うカタリナ。


「えっ? そんなことない……と思いますけど」

「いや、私は弱い。だから閃光騎士団という歪んだ存在をどうにかしようと尽力した。だが……それすら叶わなかった。何も変えられなかった」

「ゆ、歪んだ存在って……」

「自らの肉体を鍛えるのは騎士団を変えられなかったことの裏返しだ。せめて自分だけでも強くありたい……とな。だが私は然程強くもなかった……」


 微笑みに悲哀の色が混じる。膝に肘を立て組む手が震えている。

 

 そうか……栄光の『閃光騎士団』の象徴たる筆頭騎士代理カタリナは……既に身も心もボロボロになってしまったんだ。そしてカタリナは去っていく、何もなし得なかったと後悔しながら去っていく。

 そう唐突に理解できた。



 その瞬間、沸いた感情は怒りだった。



「違います! 隊長は人を、街を、国を、世界を今まで救ってきました! 歪んだ騎士団なんて悲しいこと、言わないでください!」

「……あぁ、そうか。まだリアは本隊配属前か……お前、妙にでしゃばりだから勘違いしてたよ」

「えぇーっ……」


 唐突な悪口……。


「ふふ、褒め言葉だぞ。誇れる性格だ」


 うわっ……考えてること読まれた……。

 何だろう……絶対に誉められてはいないわよね。


「リアは分かりやすいからな」

「……」


 不満そうに口を尖らしていると、カタリナは顔を上げてこちらを向いた。

 あれ? 真面目な顔。なに? 少し緊張する。


「私から伝えよう。騎士団百年の歴史の中で本隊配属迄は伏せられる歴史がある。第一期と第四期についてだよ」

「えっ? 過去の騎士団について? それが何故秘密にされているのですか」

「あぁ、新人に聞かせると皆辞めてしまうのさ」

「……」


 少しの沈黙の後、カタリナは話し始めてくれた。


「帝国歴百六十年に閃光騎士団の歴史は始まった。死体処理と治安維持を目的に教会の要請で設立されたのは知っているか」

「はい。習いました」

「幾度目かの任務の話だ。まだ病の感染の仕組みや症状も分からないことが多かった。そんな中、『街で邪教崇拝の組織が悪病を拡げている』という欺瞞情報を何者かが流布した」

「何で?」とは素朴な疑問だった。

 そんな事をする意味が分からない。


「分からん。だが騎士団は誤った情報を元に……無垢の庶民七百名余を殺害した」


 ダメだ。声は聞こえるが言葉の意味が理解できない。

 違う……したくない。


「それを咎める教会の守護職とも争い……殲滅している。その真実を知った団員十九名の全員が……」


 言葉を濁すカタリナが俯く。


「全員……」

「全員がその場で自刃した」


 絶望。メイアさんと同じだ。自らの信じていたことが一瞬で真逆に覆る。正しく絶望だ。想像することが怖い。思考を浅くして深く考えないようにする。


「この事件をきっかけに、第三期からは騎士団のイメージ向上と弱体化を理由に女性のみとなったよ」

「弱体化……そんなことに意味はあるのですか?」


 冷静な声で問い掛ける。せめて声を荒げないようにする。カタリナが顔を上げてこちらを見る。柔らかく微笑んでくれた。

 そうか……わたし、泣いているのか。


「イメージだろう。その頃は()()()()()と呼ばれたらしい。全く違う組織ということをアピールするためと記録には残っている。この作戦は……私は悪趣味だと思う」

「……そうですよ。悪趣味です!」


 少し一緒に微笑み合う。

 しかしカタリナの顔が曇る。それを見ると悪い予感に胸が苦しくなる気がした。


「……しかし第四期ではそれらが裏目に出た。庶民のちょっとした誤解から団員四名が暴行されて三名が死亡。生き残った団員の反撃で暴行犯を含む庶民十名余りが死亡。更には……その復讐で残りの団員十七名が街の民衆からリンチに合い暴行・虐殺されてしまった」


 少しカタリナは間を開けてくれた。どう反応して良いか分からない。その内にポツポツと話を続ける。


「第五期からは儀礼用の剣以外は非武装となり、対人攻撃用の魔導の習得も禁止となった。あまりにも強い力は悲劇しか生まない、という事から戦力ではない事を徹底するという意味らしい」

「た、正しいのですか、それは……」


 もはや誤魔化すこともできない涙声の問い掛け。

 そうだよ。それは正しいの?


「私は間違っていると思った。そして、それを変えようと思った……だが変わらなかった。私には変えることができなかった!」


 カタリナは悲哀から絶望、今は怒りの感情を露わにしていた。


「何故、ゾンビ化の事実を公開しないのか。何故我々は自分達を守ることが許されないのか……」


 炎のように激しい怒りを隠すためか、声は震えている。


「何故、我々が使う術式はあれほどに人々を苦しめるのか。何故……何故に怨嗟の声を聞きながら人を焼かねばならないのかっ! 私はそれを……何一つ変えられなかった。私一人では……何も……何も変えることは……」


 唐突に怒りは後悔の色へと変わり、部屋の中にはカタリナの荒い息と沈黙だけで満たされた。


「私が焼いた生きた人は七十六名だ。忘れることなど出来るわけもない」

「カタリナ隊長……」

「焼かれる前の目に浮かぶ恐怖、絶望、憎しみ。それが呪いに変わる」

「カタリナ隊長!」

「私一人で成し得たことなど人を焼くことしか……」

「カタリナーっ!」


 立ち上がってカタリナの言葉を遮る。

 怒りに打ち震えながら下を向いて首を横に振る。


「いいえ……いいえ、いいえっ!」


 もう我慢ならない、何を情けないことを言っている。


「わたしがいます。あなたを見て成長できたわたしがいます! あなたに命を救われたわたしがいます!」


 やっとカタリナがわたしの方を見てくれた。

 何故、わたし達に託さない。何の為にわたし達が存在すると思っている?


「わたしがこの閃光騎士団を変えます! あなたの部下のわたしが変えます! あなたの続きをわたしが成し得ます!」


 カタリナの瞳からも涙が溢れる。


「……そうか……そうだな……お前も私より強いのか」

「はい! 強いんです!」


 泣きながらガッツポーズをすると、少しだけ笑ってくれた。


「そうですよ、隊長のおかげで今のわたしがここに居る! それを誇ってください!」


 二人で泣きながら笑い合う。しかしカタリナは号泣し始めた。


「お前に……」

「はい?」

「お前に……任せても良いのか」

「はい!」

「リア……お前にこの騎士団を託す。お前に……あぁ……お前に未来を任せる!」

「はいっ! 任されました。見ていてください!」

「あぁ……あぁ……すまない……ありがとう……」


 最後にカタリナは俯きながら涙声で呟いた。


「百年の呪いから私達を解放してくれ。頼む……」


 そうしてカタリナは去っていった。

★一人称バージョン 1/9★

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