第十七話 受けてたーつっ!②
「陛下がこの会場に御視察賜ります。列席の皆様は今一度着座をお願いします」
司会が慌てて叫んでいるところで、ラルスが立ち上がり、取り巻きとイーリアス、ヨーナスが作る花道に並ぶ。そこを威厳たっぷりのお爺ちゃんが歩いてきた。
肩幅や体格は鍛え抜かれた戦士のそれだ。
しかし、表情に乏しく生気はあまり無い。
ん? 何かドッキリ番組みたいだな……噂の『雷帝』はお爺ちゃんかぁ。
じろじろ観察する。
急に司会を押し出し取り巻きの一人が大声を出し始めた。
「貴族院の体制の変更を発布する! 陛下了承の変更だ! 異議を唱えることを認めない‼︎」
院政協議会と執行委員会、この二つの組織が互いに監視し合うことで不正を無くし自治活動をするのがこの貴族院の伝統だ。
これをどうやら『軍隊』風に変更するという。
生徒からはブーイングが飛ぶ。父兄もざわざわし始めた。
雷帝は急遽用意された玉座に座り、ラルスが隣に立っている。その周りを取り巻き達が直立不動で整列している。
皆、軍装に身を包み帯剣している。ヨーナスという生徒に至っては戦時しか持たないような魔力強化の杖まで持っている。学園内は基本武装は禁止だ。儀礼的なイベント時は許可されたものだけが帯剣できる。今回であれば委員長候補のシャーリー、執政官候補のリア、ラルスのみだ。
ちなみに、わたしは特別に帯剣を許されていないわ。
舞台袖に視線を向けるとカーナ、ロッテ、メラニーが怯えて固まっていた。ノーラはいつもの扇子で口を隠している。どちらかというと怒っているように見えた。
「帝国出身は雷帝には逆らえる訳がない。叛意を持っていると判断されたら一族郎党が抹殺されちまう」
「そうだな……こんなところで死ぬのはゴメンだぜ」
握手会の参加者達が不満そうにコソコソ呟いているのが聞こえてきた。なるほど、そりゃノーラも怒るか。
あっ、扇子を両手で折っちゃった。ありゃ激おこね。後で揶揄いましょう。
周りを見渡すと怯えている生徒、怒っている生徒、泣いている生徒もいる。そして自信満々の偉そうな格好の生徒達は舞台上で見事な整列を見せつけている。
中でも例の三人は雷帝の横で目立ってるわね。
軍装に身を包み、いつもの気怠さは微塵にも感じられないイーリアス。堂々と演説し始めた。
「我々貴族が何故特権を有しているか、それは我々貴族は一騎当千の戦力になり得るからである」
ヨーナスが代わり演説を続ける。
「戦乱に備えるのが騎士団の役目。ではこの貴族院の役目は何だ?」
取り巻きがすかさず答える。
「騎士の育成!」
練習していたのか声が揃う。
あら、微笑ましい。皆んなで頑張って練習したんだろう。
ざわざわしていた生徒や父兄も、注目し始めた。
イーリアスが続けて盛り上げる。
「ここ数年の貴族院の軟弱ぶりは目に余る。これでは各国の騎士団に入団する際に貴族院卒業が恥ずかしく思えてくる!」
「そうだ、いいぞ!」
一部父兄からも声援が飛び始める。
もしかして小国の女の子に選挙で負けたことに苛ついている父兄の皆さんも多いのかな?
「さぁ、今ここで貴族院を改革しよう。帝国ワイマール騎士団を見本に規則を作り直すぞ」
改革を淡々と説明するイーリアスとヨーナス。
簡単にまとめると、自治会は廃止。皇帝を立て、絶対王政の形を取る。初代皇帝はラルスとする。その他、楽しそうなイベント全廃止。
自由と平等は敵だ。
「えー? 何それー?」
イベントはモリモリ増やす作戦なのに、全廃止なんて許せるわけない! 文句を並べ立てようとしたら、先に他の生徒からはブーイングが上がった。シャーリーのクラスメイトっぽい生徒達が舞台下に集まる。
「横暴を許すなー」
「独裁反対!」
うんうん、言ってやれ、言ってやれ。
「そうだ、反対、はんた――」
「――黙れ! 皇帝の御前である! 静まれ、静まれー!」
うわっ、怒られたかと思った。ジロッと睨まれたので口笛吹いて横を向いておく。小五を本気で怒らないでよね!
舞台の上から怒鳴り散らすが舞台に上がろうとする生徒達を抑えられない。取り巻き集団が舞台から降りて威圧的な態度で押し戻す。舞台前は大混乱だ。
ふと見るとシャーリーが雷帝の前にいた。
「これはあなたの意志なの?」
イーリアスが慌ててシャーリーの肩を押さえ引き剥がそうとする。
「女ぁ! 不敬だぞ、控えろ!」
すると、雷帝がボソリと答えるのが聞こえた。
「わし一人に負ける今の騎士団はいらん。まして雛共の学校など、どうでも良い。意見があれば『訓練の間』で聞く」
「……分かったわ。貴方には大恩がある。従おう」
それを聞いたヨーナスは舞台上から押しくら饅頭をしている生徒達に叫ぶ。
「カーディン家の女も従った! 雷帝の命だ、全員従えー‼︎」
声を聞いた生徒から失望の声が挙がる。
ざわめきが抗議の色から諦めの色に変わる。
「陛下と同じ舞台に上がるなど不敬だぞ! さぁ降りろ――」
握手会をしていた人達も高圧的な振る舞いの取り巻き達に舞台上から降ろされ始めた。カーリンの前にも軍装に身を固めた生意気そうな生徒が向かって来た。
嫌な予感がする……カーリンに悲壮な決意が浮かんでいる。声をかけようとした瞬間、カーリンは取り巻き達の隙をついて雷帝の前で跪き、必死の形相で請願を始めた。
「陛下、この学園は主体性と相互理解を柱に学生が自分たちで考え、悩み、立ち向かう力を養う学び場です。どうかご再考を……」
しかし雷帝はカーリンに見向きもしない。
「何度も面倒臭い! 女ぁ! 不敬にもほどがある! 皇帝陛下に逆らうか!」
怒鳴るイーリアスを睨み付け、無視して雷帝に再度詰め寄る。
「もう一度ご再考を……」
「うるさい! 不敬と言っているだろうが!」
苛立つイーリアスはカーリンを後ろに引っ張り、よろけた身体を容赦なく蹴り飛ばした。慌てて駆け寄りカーリンを抱き抱える。
「何てことを! 足蹴にするなんて!」
「ここは軍隊だと思え! 命令には絶対服従、命令を聞けぬ者は殺されないだけマシと知れ! 舞台から降りよ!」
しかしカーリンは諦めない。倒れたまま顔だけ起こしイーリアスを無視して雷帝に叫び出した。
「雷帝陛下! 貴方の無気力さが貴方の子孫に伝わり、騎士の矜持さえも失われ、その結果この様な小悪党が跋扈してしまう! この学園は帝国騎士団の将来の縮図。これでは、将来帝国は崩壊してしまう‼︎ 良いのですか?」
変わらず無視している雷帝。逆にイーリアスはカーリンの言葉に怒りで震えながら剣を抜いた。
「矜持を失った? 剣豪の息子のこの俺に、小悪党だと?」
剣を上段に構えるイーリアス。
何これ? 目の前の光景が信じられない。物騒なモノを握り締めてわたしの大事なカーリンを脅している。わたしが抱き抱えているカーリンを、殺そうとしている?
その瞬間、イーリアスの目を見て戦慄した。躊躇や迷いが瞳の中に見えない!
反射的に懐から文鎮『墨斬丸』を取り出す。
「黙れ! 世迷言をまだ言うか‼︎ えーい切り捨てる!」
怒りに身を任せカーリンを襲う斬撃。両手で文鎮を構えて上段から打ち下ろされた剣を受け止める。激しく火花が散り文鎮の厚さの半分程度まで剣が潜り込んだ。
「本気で……」
悲しかった。不思議だった。昨日まで挨拶していた同学年の男の子がわたしのカーリンを殺そうとしている。
「ねぇ、本気で殺そうとしたの……こんな、口喧嘩みたいな事で……不敬? ねぇ、そんな事で命を奪おうとしたの?」
わたしの問い掛けに反応しないイーリアス。
ラルスはビクッとしてわたしと雷帝を交互に見ていた。ヨーナスはわたしだけを忌々しそうに見ている。
何よそれっ!
こんなことがこの世界の日常なの?
「……俺の斬撃を……」
イーリアスがボソボソと喋り出す。顔は真っ赤になって恥ずかしそうな、キレているような、少年らしい動揺した顔をしている。
「棒切れで……こ、小娘、歯向かうか! 陛下の命に逆らえば切り捨てが道理。この剣は皇帝の剣と同じと知れっ!」
焦り、怒り、羞恥、色んな感情が混ざり声が上擦っている。
「何なのそれっ意味分っかんない‼︎」
「うるさい、うるさい、うるさいっ!」
イーリアスは後ろに跳躍して距離を取ると数回頭を振って落ち着こうとしている。
「あぁ小賢しいっ! 二人とも我が魔剣の錆となれ!」
今度は片手で剣を構え、突撃する為に腰を少し落とす。瞳には少しの理性と哀れみの色が見える。
ここで逆らえば殺す。最後のチャンスだぞ、と言わんばかりだ。
「なんで……」
だけど、わたしはイーリアスの必中の間合いの中、墨斬丸を構え直しカーリンの前に立った。
少しだけのけ反るイーリアス。わたしの行動が信じられないらしい。
「唸れ魔剣ヨルムンガンドー!」
気合を込めると剣が光り輝き始める。
イーリアスからは、声が聞こえてきそうだ。お前を殺させるな! だから引け、逃げろ、命乞いしろと。
「なんでよ……」
同級生がわたしを斬ろうとしている……。
信じられない。人が人を斬る? そんな怖い事、どうして出来るの?
チラッと墨斬丸に出来た斬撃の痕を見る。ぞくっと背筋が凍り足が震えだす。
いや、恐怖に負けるなリア。
もはや受けるしかない。
そうだ、獅子奮迅! 気合いを入れろ!
カーリンを……カーリンを守れっ!
「受けてたーつっ!」
「黙れーっ!」
叫び声を合図に苛つくイーリアスの剣がリアを襲う。
時間が遅く感じる……鋒が此方に向いた。
来るっ!
その時、自分の身体がイーリアスの剣に貫かれる様を想像してしまう。
いやっ! やっぱりダメよっ! 怖い、助けて。
恐怖に負けて一瞬目を瞑る。
『自分を信じなさい。あなたの友達を信じなさい』
そう囁く声が、聞こえた……気がした。
お母様の声だ! 何故か確信できた。
もう一度目を開けて、墨斬丸を強く握り締め、歯を食いしばり、迫りくる凶刃を見据えて構え直す。
一瞬場が静寂に包まれたその時、イーリアスはリアを串刺しにする為、獣の様な速度で襲いかかる。
刹那に剣を抜きながらリアの前に走り込んだシャーリーがイーリアスの斬撃を払い除けた。その瞬間、イーリアスの持つ剣だけが何故か粉々になり煌めく破片が辺りに散らばる。
「ああぁっ! か、家宝の魔剣が粉々に……何だ、その剣は何なんだぁ‼︎」
よろよろと後退りし顔面蒼白で折れた剣を見つめている。
「退けっイーリアス! 俺の爆炎魔導で全員薙ぎ払ってやる」
今度はヨーナスがファイヤーリザードの火炎球より大きな炎の塊を投げつける。
ヨーナスの爆炎魔導の威力は何度も見せられていた。放たれた火球は目標近くで爆発し辺りを火の海に変える。
「俺ごとかよ‼︎」
イーリアスがバタバタと舞台から転げ落ちる。
シャーリーは雷帝の命に歯向かったことに動揺し自分の剣をじっと見つめていた。
火球が迫る三人を見てか、周りから悲鳴が上がる。しかし、シャーリーは飛来した火球を見もせず剣を一度だけ振るった。
するとヨーナス渾身の火球は一瞬で霧散した。
「俺の爆炎が消え……た⁈ ば、馬鹿な! 一体何をした! 魔力相殺? 無効化? ば……ば、化け物か!」
へたり込みながら叫ぶヨーナス。
シャーリーは丁寧に剣を鞘に収め、わたしとカーリンに「大丈夫?」と声を掛けてくれた。一気に緊張の糸が切れて、わたしはその場にぺたんと座り込んだ。
すると、雷帝が玉座に座ったままシャーリーに話しかけた。
「久しいな、白の魔剣。となれば……シャーリーか」
「はい、フィフスです……」
会話を近くで聞いていたヨーナスの目が見開かれた。そして肩を抱いてガタガタと震え始めた。
その光景に呆然としているとカーリンが自分だけに耳打ちしてくれた。
「リア様、『白の魔剣』については絶対に他言無用でお願いします。これはリア様の命を守る為です」
全く意味が分からなかったが、声色で冗談ではないことだけは理解できた。カーリンに向かって目を見ながら頷いた。するとニコッとして小声で教えてくれた。
魔剣序列一位を冠する『白の魔剣』は代々カーディン家の女児、シャーリーに受け継がれる。その剣は全ての魔剣の頂点に立ち、混沌を祓う最強の剣。
過去の魔剣戦争のような『人以外のモノ』と戦乱になった時、人類の切り札となるらしい。故に無駄な諍いを避ける為に特級の秘匿事項となっていると。
「その事実、迂闊に知れば基本的に命はありません。学園内部の騒ぎ程度でカーディン家の令嬢に剣を抜かせる意味、本来なら極刑です。恐らくはカーディン家で厳重に保管でもされていると思っていたのでしょう」
ヨーナスの表情を見ると柄にも無く涙を落として自らの行いを悔いているように見えた。こちらを殺そうとした罰よ、と考えはしたがやはり可哀想だ。
少しの間、辺りを重苦しい沈黙が支配した。
ラルスも声が出ないようだ。事態を理解しているようで、ヨーナスと雷帝を交互に見ていたが、暫くすると俯いてしまった。
「ねぇ……どうにか――」
カーリンに話しかけるとニコッと微笑んでくれた。そして、また悲壮な決意を瞳に浮かべていた。
「――っ! カーリン!」
そのまま雷帝の前に駆け込んだ。
「雷帝陛下、ご無礼をお許し下さい。この者達はまだ分別の付かない子供達です。叛意などあるはずも無く……」
斬られそうになった三人も纏めて必死に弁明するカーリン。すると、雷帝はその言葉を手で遮った。
「初代執政官の面目躍如だな、カーリン、余に誓った言葉、『生涯、自分が間違いと思う事は命を賭すことになっても意見する』を守りおったな」
答えてから少し微笑んだ。
「陛下……覚えていて頂けたのですね。嬉しい……大変光栄に思います!」
カーリンの目からは涙が溢れる。
舞台袖のロッテも号泣だ。なんとなく円満な感じで追われる雰囲気が醸し出されたところで、勢いよく講堂の扉が開き、偉そうな役人っぽい男達が入ってきた。
◇◇
数十分のヒアリングが行われると、まず大多数の一般生徒が校舎に戻るよう申しつけられた。その上で、取り巻き一派は自宅に戻り謹慎と決まった。
後の処分は未だ舞台の隅に立たされている五人、わたしとシャーリー、そして帝国トリオのラルス、イーリアス、ヨーナスの三人。
ねぇ、わたし被害者よ?
今はこの事態を治める為に役人や教会の偉い人などが雷帝の周りを取り囲んでワイワイ議論している。
ちなみにだけど、イーリアスとヨーナスは駆け付けた父親にブン殴られていた。イーリアスは死ぬほど……いや、アレは致命傷だった。吹き飛ばされた後、物凄い勢いで修道士が術式で治療してたから。流石は剣豪ナハトーさん。ヨーナスは普通にお父さんからビンタだったからイーリアスを横目で見てホッとしてたもの。
じっと見ていたけどラルスは雷帝を眺めるばかりで親族の方はいらっしゃらなかった。
保護者は雷帝本人なのかな?
わたしの保護者は勿論カーリンよ。
シャーリーは誰も来ず。ぼっちか。後で慰めてやろっと。
早速偉そうな人達と雷帝さんで会談中。
ねぇねぇー、わたし被害者側だって。文句言ってやろうかな?
憤慨していると五人が呼ばれることになった。
「ラルスと取り巻き二人、あとシャーリーと……リアと言ったか、現執政官、こちらに来なさい」
うつむくラルスと怯え切ったイーリアスとヨーナス。それにシャーリー、とわたし。
何よこれ? 悪戯がバレた生徒達が職員室に呼ばれた感じの風景よ!
「初代執政官カーリンに免じてこの一件はなるべく穏便に済ますことにする。命までは取らんから安心しろ。あと……貴族院の体制変更についてだが、これもカーリンの意見の方が道理に適っている。貴族院で駒に成ることを覚えられても正直面白く無いので廃止とする。何か反論があるなら『訓練の間』で話を聞く」
イーリアスは怯え切って何も喋られない。ラルスが辛うじて雷帝の方を向いている。
「反論はありません。従います……」
シャーリーも怯えている。そりゃそうだよな。『従います』なんて喋っといて大事な剣を抜いちゃうんだものね。守ってくれたから大好きだけどね!
その時、イーリアスと一緒に怯え切っていたヨーナスが手を上げた。
「僭越ながら陳言を申し立て――」
「――言え。許す」
雷帝に遮られるように返されて固まるヨーナス。同時に周りに控える大人達が一斉に睨みつけた。陰謀大好き腹黒イケメンだとしても十三歳の子供は子供。目が泳ぎ冷や汗が噴き出ていた。
「我々の処分は……ど、どどうなるのでしょうか?」
その台詞に周りの大人達が『何を今更言う』と言わんばかりでまた睨みつけている。面倒ごとを増やしやがって、という感じだ。
偉そうなおっさんが答え始めた。
「秘匿事項の暴露は重罪だ。陛下の温情で三名は辺境にでも追放、小娘二人は自国で謹慎というところだろう」
イーリアスとヨーナスは命が助かっただけマシと思ったのかホッとしているようだ。ラルスは唇を噛み締め悔しそう。そしてシャーリーは忍足でそっと舞台から去ろうとしていた。
「ねぇ! わたしも自国に帰されて謹慎なの?」
割と大きい声が出たことに自分で少しビックリする。でも、もう止まらない!
「小娘、陛下の前で――」
「――教えなさい!」
両手を腰にふんぞり返って睨みつけると、一瞬こちらを殴りつけようとした。だが、雷帝がいることを思い出したらしく震える声で喋り始めた。
「お前ら全員同じだ! 小娘、お前も自国の辺境にでも幽閉されるが良い!」
その言葉に怒りが湧く。お前らが勝手に決めたことにこちらを巻き込むな!
手を上げて大声で意見よ。
「はいはーい! 意義あーり! そもそもこの騒動を承認した雷帝さんの責任はどうなのよ! だったら雷帝さんも辺境に追放するの? ねぇ、ねぇ、どうなのよ!」
「な、何だと……」
「あー、そうだ! 雷帝さんが『白の魔剣』なんて言わなきゃ、そもそも問題なかったじゃない!」
「貴様、その言葉を――」
「――うるさい! じゃあ雷帝さんも追放ね! 最初に言ったんだもん、追放、追放、つーいーほー!」
青筋がこめかみに浮き出てきた。知るかっ! もっと言ってやる!
「雷帝は責任も取らないのか! そんな情けない奴なのか、どう……」
「黙れ小娘!」
平手が飛んでくる。オッサンの平手打ちなんぞ当たる訳あるまい! それ、しゃがんで避けるよ。
うぷぷ、一回転してる!
「おもしろーい!」
尻餅までついた役人をバカにしてたら、他の大人達の表情から続けると斬られてもおかしくないことに気付いた。
「いやーん、興奮してしまってすみませーん」
バサっと斬られないように、しおらしいフリで誤魔化しておく。
よし、ここで少し冷静になろう。
カーリンを見ると泡を吹いて倒れていた。
シャーリーは相変わらず逃亡途中。あと三メートルほどで舞台袖だ。
帝国トリオは混乱中ね。
すると、雷帝がニヤッと一瞬微笑んだような気がした。
「話があれば訓練の間で聞くと言ったが?」
わたしをじっと見ている。周りの大人達は『お前、死んだよ』とでも良いたげだ。
その瞬間、わたしは自分の血が沸騰するのを感じた。
ふざけるな、お前らの決めたくだらんルールに従うとでも思ったか!
フン! お爺が微笑んだだけで何を怯えるものか。ならば、小娘の矜持を思い知れ!
「はい、分かりましたっ! 訓練の間でもどこでも行くわよ! ねー、シャーリー!」
一斉にシャーリーに視線が行く。
抜き足で舞台袖に出ようとしていたシャーリーの動きが止まってゆーっくりとこちらを向いた。
ニッコリしながらシャーリーに向けて声を掛ける。
「あなたも当事者の一人よ。『白の魔剣』の持ち主さん!」
「…………リーーーアーーー?」
わたしの方を涙目で睨んでいる。でも皆の注目を浴びていることに気付いたのか、全力で本人的にはオシャレなポーズを決めている。
前にお茶会で聞いていた。シャーリーのカーディン家に対する想い。あの子が家に向ける矜持は、多分死ぬことよりも圧倒的に重い。
「当たり前でしょ、戦うわ」
髪をかき揚げあらぬ方向を眺めて格好をつけている。チラッと雷帝の方に視線を向けた。雷帝のお爺、シャーリーの方を見てニヤニヤしてるじゃん!
ふふっ、シャーリーの口が明らかに『あのジジイ、ぶちのめす!』と動いたわ。
たたたっと走ってシャーリーの両手を握る。
「ありがとう、心強いわ。シャーリー大好きよ!」
これは本心。ニッコリ微笑むと、シャーリーもため息を吐きながら微笑み返してくれた。
この時、帝国トリオの悪巧み担当が声を出し始めた。
◆◆
ヨーナスは愕然としていた。
カーリンと言ったか、あの女が陳情し始めた辺りから崖を転がり落ちるように状況が悪くなった。良くて追放、悪ければ謀殺だ。
すると、リアとシャーリーが共に『訓練の間』で陛下と戦うことになった。その瞬間、自分の助かる可能性を思いついてしまった。
「せ……せ、せ僭越ながら発言をさせて……いた……」
ヨーナスが口を開くと大人達全員が今更何を言う、と睨みつけた。
「何だ?」
雷帝が即してきた。もはや止められない!
「わ、私達三人も、く、く訓練の間に同席し……ます」
「分かった」
間髪開けずに返答する雷帝はニヤニヤが止まらない。
ヨーナス、ラルス、イーリアスを優しく眺める。
周りには獲物をゆっくりと品定めしているようにしか見えなかった。
「ありがとうございます……」
ここでリアに近づく弱りきったヨーナス。
「助太刀か?」
「…………そうとも言う」
恨み言でもぶつけるつもりで近づいたが、ある意味助けられたのはヨーナスの方だと思い直した。だからこそ、リアの問いかけには変な答えしか出来なかった。
最早これしか今後の人生をマトモに歩む選択肢が残されていない。それでも確実に国外追放されるよりチャンスがあるだけマシだ。
(もう……これしか無い!)
ヨーナスは自らの涙を皆に見つからないようにそっと拭った。
(訓練の間で……死ぬしか無いんだ!)
◇◇◇ 帝国歴 二百九十一年 三月
貴族院の訓練の間、入り口
そこには『訓練の間』と書かれた看板が掛けられた地下回廊の入り口に入っていく雷帝。後ろの四人から生唾を飲む音が聞こえてきた。
「行くわよ!」
雷帝に大股歩きでついて行く。考え直したのか、わたしを止めようと説得しながら横について来るシャーリー。諦めなさいよ!
その後ろをおっかなびっくりで三人もついて来るわよ。
「訓練の間? ふーん、勝てば話は聞いてやるってこと? よーしっ、そっちがその気ならコテンパンにしてやる。その後で説教してやる!」
六名以外は訓練の間に繋がる回廊の入り口で立ち入りを禁止されたので、心配するカーリンの声も徐々に小さくなっていく。
わたし達を静かに見送ることしか出来なかった。
◆◆ 一時間後
一時間ほどで雷帝が、少し遅れて他の者達が戻って来た。
何と雷帝は満身創痍。右腕は千切れかかっており剣を左手で持っている。顔や肩、太腿にも酷い傷がある。だが気力に満ち溢れて妙に上機嫌だ。血塗れのまま玉座にドカッと座る。
慌てて近づいてきた側近や修道士に
「こんなに愉快な訓練の間は何と久しぶりか」
と興奮気味に語っている。
反対に五人は五体満足だが死屍累々だ。
リアは魂が口から出て茫然自失の様子。座り込んで小刻みに体が震えている。とてもとても恐ろしいことがあったようだ。
シャーリーはプンスカしてる。
「だから言ったじゃない! 何で私も一刀両断にされなきゃいけないのよっ‼︎」
二人とも着ている制服のワンピースがツーピースになっていた。リアはお腹の辺りでセパレートに。シャーリーは肩から脇腹にかけてセクシーに切れ目があり、それを必死に抑えている。
シャーリーがリアを激しく揺すりながら文句を言っているが、リアはお腹を押さえて「あわあわ」言うだけで正体を無くしている。
少し離れた場所で何故か正座しているラルスは下着だけになっており、頬を赤らめてリアとシャーリーの姿を見つめている。一緒に行ったイーリアスとヨーナスは舞台袖で力尽き気絶していた。
周りの全員が『何が起きたんだ?』と訝しんだが、雷帝の「以後、本件は詮索を許さん」で幕引きとなり、五人には即日の恩赦、そして選挙結果は尊重する、とだけ正式に通達された。
★一人称バージョン 12/17★




