第一話 雷帝に勝てる、勝てるよー!①
◇◇◇ 帝国歴 二百九十一年 三月
「コテンパンにしてやる、見てなさい!」
わたし達五人は、前を歩く筋骨隆々のお爺ちゃん、通称『雷帝』と一戦交える為に『訓練の間』と呼ばれる地下施設に向かっている。
「ふん!」
この年寄り、通称雷帝さんのことを皆さんが恐れ慄くのが不思議なの。別に取って食うわけでも無いでしょうし……えっ? 食べられないよね?
いや、まぁ、筋骨隆々な身体付きは常人離れしているし、不穏すぎる雰囲気も感じるには感じる。それに加えて、血生臭い匂いが徐々に濃くなってきた気もするけど……それはそれで無視することにしたわ!
「ねぇ、リア! どうするのよ! 聞いてる? リア・クリスティーナ・パーティス! 別に私は怖くはないけど……『雷帝』と戦うなんて死にに行くようなものよ!」
フルネームで呼ばれると、如何にも説教されてますって感じよね。『シャーリー』にはそろそろ機嫌直して欲しいな。
あっ、横でぶーぶー言ってるのが親友のシャーリーです。怖くない、なんて言ってますけど真っ先に逃げようとしたのは忘れないわよ。大体からして原因はあなたが腰に下げてる剣なのよ?
まぁ、今言っても火に油だから黙っていることにする。沈黙は金よ!
「あの雷帝よっ! 世界最強の勇者に武の力で敵うと思ってんの? アッタマおかしいわよ」
「どうどう。落ち着きなさいよ」
「馬かっ! リア知らないんでしょ! 雷帝の異常な強さを! 私はね、知ってるのよ!」
ツッコミはなかなか早い。そういうところも好き。
因みにこの親友も貴族院で二人しかいない特待生の一人で一学年先輩の十二歳。黒髪ストレートだから、わたしの金髪ロングと並んでプリクラ撮りたい、絶対に無理だけど……。
あー、なんか少しイライラしてきた。少し遊ぼう。
「まーかーせーなーさーい。わたしだって雷帝が強いって事くらい知ってるわよ!」
無駄に自信満々に言ってみるとシャーリーの怒りメーターはぐんぐん上がり顔が赤くなってきた。楽しい。
あっ、おちょくって遊んでいる場合じゃなかった。大事なことを聞かなきゃ!
「知ってるなら……知ってるなら、勝てるわけないことも分かるでしょ! だから――」
「――シャーリー、雷帝の斬撃を防ぐことは出来る? あなたの持つ『白の魔剣』なら防げる?」
ここで『防げない』って言われたら、全員に土下座するしか無いわ。ドキドキよ!
シャーリー、そうよ。あなたがその腰にぶら下げてる、その剣なら防げるの? さぁ、どっちなの?
「それは……それは多分……数回なら防げるとは思うけど……」
「よーしっ!」
第一関門突破! ガッツポーズが自然と出ちゃう。
そうよね。小さな時に読んだ古い絵本には確かに勇者シャーリー様が雷帝から訓練を受けるシーンが載っていた。何度も繰り返し読むほど好きだったの。流石はわたしの親友! でも、その剣は秘密にしとかなきゃいけないんだったら、迂闊に絵本にしちゃうのはどうかと思うわ。
この世界、セキュリティおかしくない?
まぁ、今更どうでも良いけどね。という訳でシャーリー、防御の切り札はあなたよ。
「ふふふ、じゃあ防げるだけ防いで。その間にわたし……秘密兵器の準備をするから」
「秘密兵器って何よ?」
「チャンスを作るわよ〜。あっ、アンタ達は適当に隙を見て斬り込みなさい」
後ろの男子三人に冷たく声を掛けてぷいっと顔を背けてやる。アンタらは自分のことは自分で考えなさい!
「なっ……適当って……く、訓練の間で陛下と戦うんだぞ……」
真ん中にいる生徒をわたしは『ラルスくん』と呼んでいるわ。雷帝の直系の子孫らしいわよ。だからなのかな、強さが身に染みてるって感じ。言葉も出てこないくらい怯え切ってて少し可哀想。
「お、お、お、お前らは、訓練の間で、つ、つ、強い者と闘う事の意味を……わわ、わ、分かっているのかー!」
更に怯えている『イーリアス』。
わたしとカーリンを数十分前に斬り殺そうとしたのよ。女の子は斬れてもお爺ちゃんは斬れないの、と憤慨中。べーっと舌を出して威嚇してやる。
「訓練の間なんて……父にどれだけ酷い目に遭ってきたか……それを、今度は陛下と、だと……」
この少年の父親は剣豪ナハトーと呼ばれるこの国でも有数の剣技使いよ。さっきも腹パン喰らってたわ。
「ふーん、気合い足らないんじゃないの?」
腰に両手で一言だけ付け足して煽ると、今度は聞こえたのかこちらを茫然と見ている。
ふふん、今のわたし悪女っぽいわね。
いそいそと両手を組んで、もう一度顔をぷいっと背ける。
「イーリアスの言う事はもっともだよ。とても剣を交える事が出来るとは思えない。一方的に殺戮されるだけだよ」
この冷静に状況を判断してる風なのは『ヨーナス』というお顔の整った生徒。ラルス、イーリアスとのトリオで帝国本国の名家の出というポジションを使っていつも偉そうにしてるのよ。
三人とも十三歳で、わたしの同級生、シャーリーの後輩ね。
「雷帝の『竜牙剣』は全てを切り裂く。俺の魔導だろうが相手の剣だろうが鎧に包まれた身体だろうが……真っ二つだ」
入学前から『爆炎魔導の天才』なんて呼ばれて調子に乗ってんじゃない? わたしには『冷静ぶってる陰謀大好き少年』くらいにしか見えないわよ。
「普通に考えりゃ勝てる訳がない。もう俺は諦めてるよ」
余裕ぶっちゃって!
さっきポロポロ泣いてたくせに。そうよ、大体からして変なこと考えずにシャーリーの『委員長』とわたしの『執政官』の当選を素直に認めれば、こんなことになってなかったのよ?
頑張って当選したのに「学校の体制変えるから無効でーす」なんて無茶苦茶、許されるわけないでしょ。それに反対したら殺そうとするとか、良い加減にしなさいよ!
「ふん、あなた達……私達を殺そうとした癖に、なっさけないわねー。気合い入れなさい」
「お、お前が歯向かわなきゃ……こ、こんな事にならなかったのに!」
十一歳の女の子に気合を入れろと言われる十三歳の男の子達。イーリアスも煽りに耐えられなったのか、ついに怒り始めたわ。色々あって家宝の魔剣をシャーリーに折られているのよ。
「そうだな。それは事実だ。雷帝と戦いたいなんて口が裂けてもうちの国の民は言わないよ。まぁ罰だと思う事にしたよ……」
ちなみにヨーナスも可憐な少女二人に爆炎魔導を投げつけて焼き殺そうとしていたのよ。口先だけで負い目を全く感じていなさそうなのが腹が立つわ。
「雷帝と……彼の方と戦うだと……考えたことすらなかった」
ラルスは一人で相変わらず狼狽えている。
それを見て少し可哀想になる。印象としては『元気で素直な少年』といった感じ。
あんまり悪い子じゃないのよね。メラニーも助けてくれたし。
何か言いたげなラルスと目が合う。
どうせ『何故、この女の子は自ら死にに行きたいのか』とか考えてるんでしょ。
ラルスはわたしを見ると震えながら声を掛けてきた。
「リア、お前は英雄か勇者にでも……いや、お前が『ナイアルスの魔導の天才』と呼ばれているのは本当なのか? まさか本当に……七歳の時にファイアーリザードを凍らせたのか」
仁王立ちで腕を組んだまま自信満々に皆を見回す。
「ふふん、魔導だけに頼ってちゃダメよ。イザという時に体が動かなきゃいけないわ」
「うむ。それはそうだな……リアの言う通りだ。身体を鍛えておくに越したことはない」
「そうよね! ラルス、話わかるじゃーん!」
へへへー! テンションが無駄に高くなってきた。ハイタッチしようと手を伸ばすがラルスに無視される。
あら、少し悲しい。
「あぁ。こいつらは何かと魔導に頼りたがるからな。特にイーリアス、魔剣と魔導に頼りすぎだ」
ラルスが急に矛先をイーリアスに向けて責め立て始めた。流石に焦るイーリアス。
「い、いいだろっ! 魔導を適切に使えなきゃまともに戦えない!」
思わず顔がニヤける。よーし、ここは追い打ちだ。
「魔導に頼りっぱなしじゃーいけなーいって言ってるのよ! 魔剣が折れたり魔導を封じられたらどうするの?」
あら悔しそうな顔よ。
「くぅっ……負けるだけだ」
「ほーらっ! そんなのダメよ」
「そうだな。それではダメだ」
「……お、お前ら……言いたいこと言いやがって……」
怒りのあまり反論の言葉もない感じでプルプルと震えるイーリアス。あまり口は立たないのね。
「えーい、『筋肉オバケ』と『腹ペコ暴れん坊』め! 気が合うな、お前ら」
「筋肉オバケとはなんだ!」
「なによそれ? 腹ペコ暴れん坊って!」
わたしとラルスで同時に反論。
「筋肉オバケはそのままだろ、細いクセに何でも筋肉で解決するなよ! 『頭を使え』って講師に言われて頭突きで解決ってベタ過ぎるだろ!」
「ん。まあそうか……」
あら納得しちゃった。素直ね。
「腹ペコ暴れん坊は……お前、テラスでケーキばっか食ってるじゃねーか。で、剣技以外のイベントで暴れまくりだ。みんなそう呼んでるぜ」
「うぷぷっ。腹ペコ暴れん坊……そのままよね」
「シャーリーまで! 成長期の食欲、甘く見ないでよ! もー、腹ペコなんて言われたらケーキ食べづらくなっちゃう!」
思わず地団駄を踏んじゃうわよ。うー、少しだけ頬が火照ってる気がするわ!
「暴れん坊は良いんだ……」
「食べ辛いだけで食べないとも言ってないし」
「筋肉も気に入ったみたいだし……」
あら、全員にわたし達、じっと見つめられてる気がするわ。それも呆れた感じで。
「何か言ったか?」「ん? なーに?」
「いえ、そのままで結構ですよ」
ヨーナスがニコニコしながら一言だけ返してくれた。
うーむ、何か他に言いたげよね……。『似たもの同士』とでも言いたいのかしら?
ジロッと睨んで一応威嚇しておく。
ピクニックの様にお喋りしながら歩いていると雷帝が声を掛けてきた。
「武器の無い者はここで選びなさい」
振り向き横の武器棚を指差して教えてくれる。そこには色んな武器が整然と並んでいた。
「わーい。やった〜! ねぇ、シャーリー、何が似合うと思う?」
雷帝をプイッと無視して通り過ぎ、棚の武器を漁る。
武器を持つのは自国で模造刀を没収された時以来よ! 興奮するー。
「バトルアックスはどう? カッコいいよね〜、斧戦士って……あれ? 動かない。くっついてるのかな?」
あれ? 棚から大きな斧を手に持とうとするがピクリとも動かない。思い切って力を込めると持ち上がった。
「うはぁ、重すぎよ。あははは、バーベルみたい。あははは」
大型斧を両手で持ってみる。顔がニヤける。こんなに重いんだー。うーむ、三キロのお米の袋より重いかな。
「真面目にやりなさい!」
シャーリーが腰に手をやり小さな子に叱るように文句を言っている。
「ふふ、ちなみにシャーリーさんのことは皆さん『ちびっ子パイセン』と呼んでますよ」
「何それっ! みんなが何でリアみたいな呼び方しちゃうのよ?」
あっ、やべー。わたしが最初に呼んだヤツだ。選挙戦の時に一、二度わたしが呼んだら流行っちゃったのよねー。
わたしををキッと睨みつけてきたので、口笛吹いて知らんぷりだ。
「そんなに怒らないでくださいよ。何かイメージ通りですからね……そうでしょう、イーリアス?」
「あーん? うるせー。俺は剣を選ばないといけないんだよ。まぁ、これで良いか……」
イーリアスは自慢の剣を先ほど折られたので適当な剣を選んでいる。
「あー、後で親父にぶっ殺されるんだろうなぁ。はぁ、家出しよっかな……」
いいわね。思春期っぽい悩みよ。
「適当に選んではダメですよ……これはどうですか? 雷帝の防御を崩さないといけないんですから……」
ヨーナスが大型の両手剣を指差している。イーリアスは不満そうだ。
「筋肉バカじゃねーから、そんなデカいの使えるかよ! ヨーナス、お前剣使わないからって適当すぎだろ!」
「ははは、私も今回は剣を使いますよ。魔導強化杖より打撃の方が有効そうですからね……」
剣を選んでは素振りして、また選び直して、というのを繰り返している。
ふーん。しっかりと体に合った大きさの剣を探してるのね。その心意気はグッドよ。
「まぁな。実戦で火力はある意味いらねーもんな。防御さえ確実ならいつかは必ず勝てる。そういう意味では現状ユーリアの騎士団が最強かぁ?」
「セカンドの頃はナイアルス公国と同じで唯の小国だったけど、魔剣の時代の終焉と共に強くなったわよねえ」
そうそう、シャーリーのフルネームは『シャーリー・フィフス・カーディン』なの。この世界の英雄の家系に生まれてて、名前はカーディン家の五代目シャーリーを指しているのよ。それでね、何と初代から四代目迄の記憶全てを受け継いでいるんですって。
ファンタジーな感じよねー。
「ユーリア共和国ですか。確かにあそこは……反則ですね」
「ホント、魔力無効化の鎧なんて強力な魔剣には紙のようだったのに。魔剣が無くなったら厄介過ぎよ」
「まぁ、帝国連邦の同盟国だ。何にも心配する必要はねーよ。はぁ、魔剣か……落ちてねーかな」
聞こえてくる小難しい議論は無視して剣を漁ることにする。ん? ラルスがこちらを見ている気がするわね。まぁ良いや、気にしない!
「うーん……あっ、わたし、これにしよっと!」
細身の剣よ。竹刀っぽいわ。これはご満悦よ! 早速両手で構えて素振りをする。
「えい! えい! めーん、どーう!」
「……綺麗な素振りだな……」
ボソリと独り言を呟くラルス。
あら、ラルスったらわたしの素振りをじっと見てるわね。ふふふ、じゃあやめちゃおっと。
わたしはミステリアスな女なの。
剣を鞘に納めるとラルスに向かってニコッと微笑んだ。
「うっ……」
いちいち動揺してくれるラルス。揶揄い甲斐があるわね。
「……ラルス、お前、あの女が気になるのか?」
イーリアスの呟きに三人を見ると、議論をやめて全員ラルスの方を見ていた。じっとリアを見詰めていたことがバレて焦るラルス。
「ななな、ない! 気になどならん!」
「女に免疫無さすぎだぜ。しかも、あんなじゃじゃ馬……お前、あーいうのが好みか?」
「そそそ、そんな訳ないだろ!」
「お前、次期皇帝候補の一人だろっ。花街にでも繰り出して女に慣れておくか?」
「いいい、良い! そんなこと気にするな!」
揶揄うイーリアスから後退りし反対方向を向いて少し震えている。
ヨーナスは見ていられず援護に入る。
「イーリアス、無理強いはダメですよ。人には向き不向きがありますから」
ラルス、耳まで真っ赤じゃん。初心なのね! あっ、でも前世の標語『イジメ、ダメ、ゼッタイ!』はこの世界でも大事よ。
「同性でもハラスメント行為は厳禁よ。友達の中にも礼儀あり、ね!」
わたしもラルスの擁護に回ったので流石に揶揄うのを止めたイーリアス。
不貞腐れた小声でわたしに呟く。
「お前、小うるさい乳母みたいだな……」
「なるほど。リアさん、確かにおばあちゃんみたいな事を言う時がありますね」
「うぷぷっ。腹ペコ暴れおばあちゃん……」
「こらーっ! 妖怪みたいじゃん、それじゃあ!」
五人で騒いでいると雷帝が少し呆れ気味に問い掛けてきた。
「そろそろ始めるか? それとも止めるか?」
「そっかそっか。では、はいはーい! 注目! あっ、雷帝さんはあっちに行っててね。作戦会議だから」
それじゃあ作戦ターイム。
バスガイドよろしく手をふりふり集合を合図すると、皆が苦笑いしながら近寄ってきた。
「お前、雷帝をそこらのオッサンの様に扱うなよ……」
「えっ、だって今から戦うんだよ? 作戦聞かれちゃったらダメでしょ」
その瞬間……わたしには分かった。
あの子達全員から『マジメに勝つつもりなのか?』って心の声が聞こえてきたわ。