9.優しくてかわいい大人
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すでに味見をして後悔したレーネは不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。
──せっかく、料理上手だって褒めて貰ったのに
じわりと目尻に、涙が溜まった。
レーネを褒めてくれたのは母だけだ。
その母を見送ったのはもう七年も前のことになる。
この七年間、レーネはずっとひとりでこの森で暮らしてきた。
唯一の例外は、年に数回、乾物な通ってくれる行商人のヨハンだけだ。
そのヨハンも、前ほど頻繁にはここへ来てくれなくなっていた。
母が生きていた頃は毎月のように来てくれていたけれど、最近は二、三か月に一度くらいまで間延びしている。
「十分すぎるほど、おいしいよ。ありがとう」
「ヴォルさん」
「こんな大男が大怪我して伸びているのを助けてくれて、貴重な食料を分けてくれるだけでも感謝しかない。それがこんなに可愛い女の子のおいしい手料理だなんて。俺はツイてる」
動かない半身を庇いつつ、ヴォルは凭れた体勢から身体を起こすと、レーネに向かって頭を下げた。
「駄目ですよ。頭を打っているかもしれないのに」
「いや。頭はどこも痛くない。肩と足はこの通りの有様だがね」
「本当ですか? ちょっと見せてください」
コーングリッツ・スープの掛けられたポレンタの乗った皿を置いて、ルーネはヴォルの頭を確かめることにした。
頭をまさぐりまくり、黒くて艶やかな髪の根元分けて、隈なく傷を探す。
「わわっ。ヴォルさんの髪の毛、気持ちいいですねぇ。私の髪よりずっとツルツルしてます。何を使って洗ったらこんな気持ちよい髪になるんです? はわわわわわ」
「お、おい。」
「はわっ。や、やだな。これはあれですよ、医療行為です。うん怪我があるなら探さないとですからはわわわわつやつや」
レーネは欲望に耐えつつ、髪を根元から掻き分け丁寧に探したけれど、たんこぶひとつ見つからない。
「よかったです! 大丈夫みたいですね」
なんだかとても嬉しくて、頬が弛んだ。
ヴォルに笑顔を向けると、なぜか顔が真っ赤で目を閉じてるのだけれど。どうしたのかしら。
「ヴォルさんも、そんなに嬉しかったんですね! 本当はちょっと自信なかったんでしょう? よかったですね、頭を打ってなくて」
プハアーッと。まるで息を止めていたように、大きく深呼吸したヴォルが、目元を手で隠しながら呟いた。
「ちがう。そうじゃない。全然ちがう。だが……もういい。なんでもない」
? ……なるほど。嘘がバレたことが恥ずかしくなっちゃったのね。うんうん、わかる。
大人だもんね。本当はぶつけた記憶があるのに強がっちゃったんだろう。
怪我がないって確認できてよかった。
身体が大きくて大人の男の人なのに、可愛らしいところもあるのだと知って、微笑ましくなる。
「おかあさまの次くらい……ううん、同じくらい、可愛らしい大人かも。うふふ」
レーネの知る一番やさしくて、綺麗で可愛い人といえば、断然母だった。
病床にあってもいつも笑顔でレーネの髪を優しく撫でてくれた。だいすきだった。
でもヴォルはその母に負けないくらい可愛くて、いい人だ。
こんなまぬけな組み合わせの食事にも御礼を言ってくれたんだもの。
間違いない。