6.私の名前は、レーネです!
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「そうだな。私の怪我の手当てもしてくれて、薬にも詳しくて、しかも料理上手だ。あなたは私よりずっと素晴らしい。大人だ」
「ふぇっ!?」
レーネが母以外から褒められたのは、初めてだ。
突然の褒め殺しにレーネはおろおろした。
「なにしろ私は、これほど世話になっておきながら命の恩人の名前も知らず、自分でも名乗ることをしていなかったことに、今ようやく気が付いた体たらくだ。失礼した。私のことは、ヴォルと呼んでくれ」
男性が、上手く動かない身体を少しだけ傾けるようにして謝意を表す。
「ヴォルさん」
ちいさく教えて貰った名前を呟くと、胸の奥にぽぅっと温かな灯りがともったような温かさを感じた。
レーネにとって、誰かに名前を教えて貰ったのも初めてのことで、名前を教えて欲しいといわれたことも初めてのことだ。
ヨハンの名前は母から教えて貰ったし、その時にはすでにヨハンはレーネの名前を知っていた。母の知り合いではない、はじめての人。
だから。レーネが自分から誰か知らない人へ名乗るのはこれが初めての事だった。
緊張で頬が染まる。おもわず背中がぴんと伸びた。
「私の名前は、レーネです。この森にひとりで住んでいます。よろしくお願いします!」
ブン、と大きく頭を下げた。
「レーネ。いい名前だ。助けてくれてありがとう、レーネ」
ヴォルに御礼を言われて微笑みかけられて、レーネの体温が一気に上がる。
頬を真っ赤に染めたレーネが両手をバタバタと振って否定した。
「そそそそそ、そんな。御礼を言われるほどの事はなにもしてないです! たまたまお塩を採りに来て見つけただけで。あ」
まだスープの残る器とスプーンを両手に持ったままだったせいで、あたり一面にそれが撒き散らされる。まさに大惨事だ。
「すすすすすみませんっ。やだ、もう本当にごめんなさいっ」
レーネが涙目になりながら、慌ててスープまみれになってしまったヴォルの顔や身体を拭いて回る。
「駄目だ、レーネ。やめてくれ」
ヴォルが、顔を歪めて顔を背けてしまったことが悲しくて、レーネは更に焦った。
「あぁっ。私ったら本当に粗忽者で。そんなに怒らせてしまって、ごめんなさい、許してくださいー」
ふえぇ、と泣きつかれて、ヴォルが顔を背けたまま何かをいっていた。
「え? なんですか」
「……っ。だから、顔を拭くにしても、君の、き、君のスカートで拭くのはやめてくれ。さすがにそれだけは、勘弁願いたい」
「あぁっ?! わたしったらなんてことを」
慌てすぎて、いつもエプロンで手を拭くように、ヴォルの顔もそうしてしまっていた。
しかも今はそのエプロンをしていない。
つまりはエプロンのつもりでスカートを掴んでいた、という訳だった。
「ご、ごめんなさい」
「別に、怒っている訳じゃない」
もごもごと答えたヴォルのその端正な顔は、首元まで赤く染まっていた。
勿論、レーネちゃんは膝まであるズローズと膝上まである長靴下を履いています☆
素足じゃないのでご安心ください。