5.なんでもできちゃうすごい大人です
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「すまない。そうか。熱さましというのは、先ほどのあの恐ろしくマズかった、あれか」
目覚めの際の口の中に広がったエグ味と渋味を思い出しているのだろう。眉を顰めた男性が、大人なのに可愛らしく見えて微笑ましい。
「ハイ。ここで咲いているのを見つけて掘ったんです。土を落す程度に洗いましたけど、水に晒せないまま使ってしまったから。その分効果は高いんですけど、苦かったですよね。ごめんなさい」
レーネはそっとハーマユの赤い花に視線を送った。
この時期、そこかしこに咲く赤いこの花の根元にある鱗茎をすり潰したものには、熱を下げ、炎症を抑える薬効がある。
ただし根自体には強い毒性があるので注意して使わなければならない。
普段なら触ることすら躊躇する類の花だが、今回は仕方がなかった。
熱さましはともかく、痛みを抑え炎症まで抑える薬など、レーネは常備していない。
あれもこれもと森の中を探索しまわり、薬効のある薬草を?き集めることはできたかもしれないが、今回はその時間がなかったのだから。
けれど、レーネの示した薬とやらが赤いその花であると気が付いた男性が慌てだした。
「あれは、あの花は毒だろう!」
「根っこだけです。根本の鱗茎には毒はないし、薬になるんです」
「しかし」
「もう。口に入れたあれがあの花の根そのもので毒がある部分だったら、あなたはとっくに死んでいるのでは?」
こちらの説明を受け入れず、先ほどまで笑っていた顔を真っ青にして歪め批難してくる姿にレーネは頬を膨らませた。
「食べろ、と言われるなら、私、齧ってもいいですよ。ただし、熱もない炎症もない私が強い薬の成分で私が体調崩したら、責任取って下さいね!」
頬を膨らせたままぷんぷん怒るレーネの勢いに押され、男性が消沈した。
そうしてぽつりと疑問を口にした。
「君が倒れたとして。私は、薬が効きすぎて倒れた状態と、毒があって倒れた状態とを、どう区別したらいいんだ?」
「あら。どうしましょう、私もわからないわ」
怒っていたことも忘れて、あははと笑うレーネに毒気を消された男性が、詰めていた息を吐いた。
「そうだな。あの花の毒を直接口から摂取したなら、私が今こうして君の作った食事を食べて、おいしいなどと思っていられる訳がない。重ね重ね、すまない」
しゅん、と俯き反省を口にする。
「いいんです。体調が悪いと、心も不安定になり易いですよね」
「ふっ。年下の君にそんな風に慰められるとはな」
すっかり意気消沈してしまった男性に、レーネの眉も下がった。
けれど元気づけるように明るくおどける。
「あ、馬鹿にしましたね? 何度でもいいますけど、私は、何でもひとりでできちゃうすごい大人なんですからねー!」
再びムキッとポーズを取ったレーネに、男性は力なく、それでも笑顔を見せてくれた。
その瞬間、レーネの心にぽっと小さな光が灯った。