4.ハイ。あーんしてください
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「あのね、ごはん作ったの。野外だし、スープとカワマスの焼き魚だけだけれど。食べられるかしら」
「ありがとう、頂くよ。つっ」
起き上がろうとして、半身の痛みに怯んだのだろう。
なにしろ男性は傷だらけだったのだから。
あのなだらかな丘を踏み外して落ちただけとは思えないほどの負傷だ。
「大丈夫ですか? やっぱり起きて食べるのは無理そうですよね。そうだ!」
男性に手伝って貰いながら、洞窟の壁に背中を預けるようにして身体を少しだけ起こして貰った。背中には小屋から持ってきた毛布を丸めて当てる。
そうやって男性の体勢を整えると、コーングリッツのスープを皿に盛り付け、そっとひと匙、掬った。
「……、……、…………。さぁ、どうぞ」
そうして男性の口元へ運ぶ。
まずは、汁物からだろうと思ったのに、男性はバッと横を向いてしまって拒否する。
「すみません、コーングリッツは苦手でした?」
身体の大きなこの男性が、どれくらい食べるのかよく分からなかったので、鍋一杯に作ってしまったそれをどうやって消費しようと、レーネは蒼白になった。
森の奥では、コーングリッツだって贅沢品だ。
パンも焼けるし、こうしてスープにだってできるのに、腐る前にひとりで食べきることはできるだろうか。
そんな風に、勿体ないことをしてしまったと愕然としていたレーネに、男性が慌てて否定した。
「いや、私は自分で……つっ」
右手はかすり傷程度なのでスプーンは使えるだろうけれど、左手が使えないので器を支えることはできない。
ちゃんとした椅子とテーブルに着いているならともかく、こんな場所で背中を凭れた状態では無理だ。なにより、痛くならない範囲で背中に凭れた状態なので、地面においたスープ皿の中身を視界に入れること自体ができなかった。
「申し訳ない」
スプーンを自分で使おうとすれば、スープ皿をレーネに持ち上げて貰い続けねばならないと理解して、男性はようやくレーネから食事を口元へ運ばれることを受け入れたのだった。
「はい、あーん。今度はカワマスの塩焼きです。小骨はできるだけ取りましたけど、残っていたら教えてください」
レーネはカワマスの骨を取り除いて解したものを少しだけスープに浸してから男性の口元へ運ぶ。
「焼き魚にスープ。変わった食べ方だな」
庶民の食べ方なのだろうかと男が呟いた声に、レーネは少し困ったように笑った。
「すみません。母が……もう随分前に亡くなったんですけど、寝たきりになった時にいろんなものを飲み込むのが難しくなったみたいで。でも少しだけスープで湿らせてからだと噎せずに飲み込めたので。つい」
のんびりとした口調で告げられた過去に、男性が目を見開く。
「母君を亡くしていたのか。申し訳ない。明るい性格のようなのでそのような苦労をしているとは思わず。失礼なことを言った」
「あはは。いいんです気にしないでください。もう随分前のことですし。こう見えて、ひとりで何でもできるんですよ私!」
ぐっと力こぶを作る真似をされても、男性の前に突き出されたレーネの腕は細く柔らかだ。
「そうやって、無闇に肌を見せるものではない」
ぷいと勢いに任せて横を向いた男性だったが、身体の痛みに呻いた。
「駄目ですよ。先ほどの熱さましは痛み止めにもなりますけど、でも薬で止めているだけなんですからね?」
無理に動かせば、薬で誤魔化すことのできる範囲を超えた痛みが襲うのは当たり前だ。そしてそれ以上に骨が折れているからには折角気絶している間に合わせた継ぎ目がズレてしまうだろう。添え木の意味がなくなってしまう。