18.森で生きる者
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「あの、わたし、ごはん作ってきますね!」
ばたばたと足音を立ててレーネが小屋の外へと出ていく。
居た堪れない雰囲気を醸してしまった自覚があるヴォルは、首を持ち上げ呼び止めようとして、左肩に奔った痛みに顔を顰めると、力なくベッドへ身体を任せた。
結果として、去っていくレーネを止めることもできずに見送る。
「だいたい、呼び止めてどうしようというのか」
価値観の違いはまるで大きな河のようにふたりの間に確固として存在し、歩み寄る術を今のヴォルは持たなかった。
なにより、自分のレーネに対する気持ちが、ヴォル自身にも解らない。それでも引き留めたいと思ってしまう理由は。
「馬鹿な。俺には、大義が、やらなければならない使命がある」
いつまでもレーネの表情がコロコロと変わる姿を見ていたいと感じるのは、今のこの状況が非日常であり、危機的状況における唯一の救済者であるから。
「それだけだ」
小屋の外から微かに聞こえる彼女の動きに心が擽られる気がするのは、ただの──
それ以上、自分の心を言葉にすることを諦めたヴォルは、ゆっくりと目を閉じた。
「ヴォル見てみて!!!」
目を閉じ、ゆっくりと夢の中へ落ちたところで、レーネの大きな声に目が覚めた。
「なんだ、うるさい」
「ねぇ、見てみて! ホラホラ」
レーネが、その細い日本の腕いっぱいに抱えていたのはたくさんの果物と薬草だった。
「どうしたんだ、業者でも来たのか」
「違いますよぅ。あの子達が来てね、置いていってくれたの!」
「あのこたち? ……まさか、あの熊とか猿たちか」
あの森の厄災とも言える狂暴な獣たちが、これを集めて差し出したのかと愕然とする。
「んーと。リスとウサギさんと、シカさんとキツネさんとぉ」
えーっと、といいながら次々と動物の種類を上げていくレーネを、ヴォルは胡乱な目で見遣る。
どうやら塩の洞窟前でレーネから治療を受けた動物たちが揃って御礼を持ってやって来たようだった。
「あ。でも」
果物をテーブルの上に置いて、レーネがまた小屋の外へと出て行った。
「こっちは、熊さんと猿さんチームですー」
大きなカワマスと丸々とした鴨がその手にある。
鴨はすでに息絶えているようだがカワマスはまだビチビチと動いていて、レーネはよくそれを抱えてこようとしたな、とヴォルは気が遠くなった。
捕食するものと糧とされるもの。敵対関係にしかなり得ない存在同士が、ここへ貴重な自分達の餌を持ち寄ってくる姿を想像してみたが、あまりにも理解不能すぎて頭を抱えた。
「うふふ。どれも美味しそうですねぇ。あー、カワマスはまだ生きているので、籠に入れて川に置いてくるから、食べるのは明日以降になっちゃいます。完熟した果物を先に食べちゃわないと駄目ですもんね。あと鴨は毛を毟って血抜きをして、熟成させておかないと。うん、やることいっぱい☆」
弾むような口調でさりげなくスプラッタ―な会話をしているレーネに、思わず力が抜ける。
そうだ。彼女は森に暮らす者だった。
森の恵みを糧として生きる者だ。
街で暮らすヴォルと同じ理の中で生きてはいないのだと、すとんと胸に落ちた。
「果物は、完熟しているものから食べましょうね。サーモの実なんて久しぶりだわ! 知ってます? これ、すっっっごく甘くておいしいんですよぅ! ヴォルさん食べたことあります? 半分こですからね。それ以上は上げませんよ。こっちのリインも、酸っぱいけど美味しいですよねぇ。楽しみですねぇ」
たくさんある果物をひとつひとつ確認しては、ヴォルに「半分こ」を持ちかける。
レーネが施した治療への対価だというのに、独り占めしようとも思わないのだ。
「本当なら、あいつ等が礼を持ってくるなど信じようもないことなのだがな」
至極当然で当たり前の事なのだとばかりにそれを笑顔で受け取る。
「今日食べきらない分は甘煮を作りましょう! 干し果物もいいな。でも、甘いの干したら黴ちゃうかな。やってみるしかないかなぁ。薬草はとりあえず干しちゃいましょうか。あぁでも干す前に選別しないと駄目かぁ。わかんなくなっちゃう……んんっ。ちゃんと選別されてるっぽい? すごい!」
検分を進めるレーネの顔は輝いていた。
その横顔はとても愛らしかった。
その手に鴨と跳ねるカワマスを抱き締めていようとも、その口が紡ぐ言葉がどれだけ日常生活に即していても。
ヴォルが知っている芸術やファッションしか語らない他のどんな令嬢より、王女たちよりも、ずっと。




