11.俺が助ける番なのに
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「……しずかに。獣が、大きな獣が、こちらを見ている」
「うう゛ーうう゛ーー」
もがくレーネに構わず、外を伺う。
痛みのある左手に魔力を集めようとしたヴォルだったが、力が入らないせいか何も起こらない。発動どころか、手の中に魔力を集める段階すらできないでいる。
初めて力を使おうとして発動しなかったあの夜から、何度かレーネの見ていない隙を見計らって試してみたけれど、何度やっても駄目だった。
魔力を持つ者は多いが、魔法を使える者は少ない。
そうしてヴォルはその数少ないウチのひとりだ。
いや、ひとりの筈だ。
しかし今、これまで生きてきた中で最もそれを必要としているこの時に、まったく使えなくなってしまった自分が腹立たしい。
「くそっ」
左半身がいうことを利かないということが、これほどの不自由を生むとは思いもしなかった。
左手で剣を持ち、右手だけでも魔法を打てるように訓練しておくべきだったと、悔やんでも後の祭りというものだ。
ヴォルの意識がそちらに向かったからだろう。
レーネの口元を抑え込み、胸元へ引き寄せていた右手が弛んだその隙に、レーネがヴォルの腕から飛び出した。
「!!!!」
まっすぐ洞窟の外へ。
大きな獣がいた森の木立へと少女が走っていく。
「待て、レーネ! くそっ」
タイミングも悪かったのだ。レーネが森の中でひとり暮らしていると確認した途端、ヴォルは有無を言わさず彼女を拘束した。
助けた相手から、突然乱暴な振る舞いをされた少女がパニックを起こすのは当然だった。
「くっ」
追いかけようにも、ヴォルの身体は動かない。
目の前で、自分を助けてくれた少女が獣に襲われるのを見ているだけになどしないと、動く右手と右足を懸命に動かし、地を這う。
ほんの少し移動するだけで、頭がガンガンするような痛みが走り、視界が揺れて暗くなっていく。
それでもヴォルは必死になって右手と右足、そうして顔すら支点に使って右半身だけで匍匐前進していく。
土と砂利が口に入ってくるのも気にせずに、ようやく外へと這い出たヴォルの目の前には、信じられないような光景が待ち受けていた。
レーネが、取り囲まれていた。
外にいたのは熊だけではなかった。猪に、猿に、げっ歯類や猛禽類もいるようだ。
その真ん中で、レーネがひとりで奮闘していた。
「やだもー。どうしちゃったんですか? みんな揃って、こんなに怪我してぇ!」
ぷんすか怒りながらレーネが身体中にできた傷をあちこち探っては丁寧に揉みこんだ薬草を押し当てていたり、添え木を当てて縛り、患部を固定したりしていた。
昨日、ヴォル自身も受けた治療によく似ていた。
あ。嫌がっている相手の口へ、あの赤い花ハーマユの鱗茎を突っ込んでいる。
嫌そう。あれは、苦くてエグ味があって渋くて辛かった。思い出しただけで吐き気を催しそうだ──
うわぁうわぁとヴォルが顔を蒼褪めさせながら見守る中で、レーネはてきぱきと作業を進める。
面目なさげな表情で治療を受けている相手は、ヴォルが命を懸けて倒さねばならないと思っていた、熊とその仲間たち(?)だった。




