10.レーネはひとり暮らしです
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「さて、と。えーっと、ヴォルさん。私、ちょっと家に戻って、食べる物とかいろいろ持ってきますね」
小麦粉を取り置きしている場合じゃないかもしれないと気が付いたのだ。
ヴォルさんは、いっぱい食べる。
レーネの食事の倍じゃ済まないほど食べる。怪我を治す為にも栄養をいっぱい摂る必要があるのかもしれないけれど、そりゃあもうすっごく食べる。
小分けにして持ってくるのではなく、残っている小麦粉すべてを大袋のまま運んでくるしかないと決意した。
何往復かして、他にも干し肉や塩漬けした山菜や果物を煮詰めたジャムといった保存食もできる限り持ってくるつもりだった。
食べきってしまった後をどうするかは、その時になってから考えればいい。
「うーんと、一応、獣除けは焚いたままにしておきますね。消える前に一度は戻って来れると思うんですけど、できるだけ静かにしておいてください。じゃあ!」
さっと手を上げて森の中へと進んでいこうとするレーネに、ヴォルは慌てて声を掛けた。
「レーネ。君の家のご近所からは他の人の家はそれほど遠いのだろうか。誰か手助けをしてくれる人を呼んできて貰えないか」
ヴォルとしては、ここで動けるようになるまで少女に面倒を見て貰うつもりなどまったくなかった。
本当ならばあまり大事にしたくはなかったが、ここがグリノ国内ではないということならば仕方がない。なによりヴォル自身大怪我をしており、その影響か魔法すら使うことができない現状では、ひとり密かに国境を超えて国へ戻る事など不可能だった。
更にいえば、一緒にあの暴発に巻き込まれた者も他にいるかもしれない。もし他にも被害者がいるとしたら、ヴォルと一緒にこのサンペーレに飛ばされている可能性は低くないだろう。
密かに帰国したのち、サンペーレ内に仲間が飛ばされて怪我をしているかもしれないなどと問い合わせするにも、どうしてサンペーレ内なのかと問われても答えることができなくなる。
スムーズに捜索隊を組んで貰う為にも、まずはサンペーレの王宮へ連絡を入れて貰い、サンペーレを通して正式に国へ戻る為の手配をお願いするべきであろうとヴォルは結論づけた。
「んー。たぶん今月か、遅くても来月あたりには行商人さんが食料をもって来てくれると思うんですけど、それがいつかは私にもわからないんですよねぇ」
ごめんなさい、とレーネはこてんと首を傾げた。
それを見て、ヴォルはようやく自分の勘違いに気が付いた。
念の為にもレーネへ確認する。
「いや、レーネが謝ることではない。家にひとりで住んでいるといっていたが、この森の中に集落がある訳ではないのだな? 近隣にはレーネ以外の人間はいないと」
なぜだかヴォルがもの凄くショックを受けていた。
「え、私ちゃんと『ひとりでこの森に住んでます』って自己紹介しましたよね? はわわ。やっぱり頭を打って……」
「違う。俺が勝手に、森の中に集落があって、その集落の中にある家で、レーネがひとり住んでいるだけかと思ってしまったんだ。すまない。先入観だな」
「あはは。違いますよぅ。小屋は、母屋と物置小屋でふたつありますけど、住んでいるのは私だけですぅ」
笑って答えるレーネに、ヴォルの眉間へ深く皺が寄った。
突然、ヴォルが身体に力を入れて立ち上がろうとするのを、レーネは慌てて止めた。
「無茶しちゃダメで、むぐうっ」
ヴォルの大きな手が、レーネの口元を覆う。
そのまま強い力で胸元へ引き寄せられ、全身を押さえつけられた。




