【十九話】空き家
私の家の近所には、古い空き家があった。
住宅街から少し外れた雑木林の入口のようなところに建っており、青いペンキが剥がれたトタン屋根で壁の木材が所々腐りかけていて、その面立ちが如何にも古さを物語っていた。
そこは最初は幽霊屋敷ではなかった。普通に、もう誰も住んでいない今にも崩れそうな空き家としか認識がなかったのだが、小学校五年生の頃、とある理由でお化けの家となってしまった。
まだ夏休みに入る前の話だ。
朝からクラスの男子二人があの廃屋は幽霊おるぞと興奮気味に話していた。
当時男の子たちの間では探検が流行っていたのだが、その二人はいつもは行かない所を見に行こうと言う話になり、廃屋を見に行ったのだという。
相変わらず外から見ると、割れた玄関のガラスの引き戸からゴミと思わしきものが散乱しており、特に面白いと思うものはなかった。窓ガラスはホコリなのか砂なのか分からないが汚れており、とても人が住んでいると思えない環境だったから、Aくんは足元にころがっていた小石をひとつ廃屋の窓ガラスに向かって投げたらしい。
それを聞いた女子は知らない家だからって窓割っちゃいけないよ、と軽く注意をしたが、皆を盛り上がらせるようにAくんは「まぁ聞いてって」と人差し指を口元に当てて静かにのポーズをとった。
その日、二人はBくんの家に向かいおやつを食べることにした。
そしてその夕方。Aくんは帰りにもう一度廃屋へと向かってみた。すると、昼間に割ったはずの窓ガラスが元に戻っていたという。
聞いていた同級生たちは「嘘だ!」と叫んでいたが、Bくんも確認したらしく嘘ではないと叫び返していた。
「Aから聞いて俺も嘘やと思ったけど、見に行ってみたら本当に窓ガラス直ってたんよ!」
「嘘だと思うなら今日都合いいやつ一緒に廃屋まで行こ!そんでもっかい割って、しばらくして直ってたらホントな!」
そう言ってその日の放課後、二人は本当にクラスの男女5,6人を連れて廃屋の方へと向かっていった。
私も誘われたが、その日は放課後に図書委員の仕事があり行けなかった。けれど私も本当に割れた窓ガラスが直っていたのかというのに興味があったので、帰りに一人で立ち寄ることを決めていた。
ここまで話していると、実はそこには人が住んでいて、住んでいる人がガラスを直したのではと考えるだろうが、その廃屋は本当に誰も住んでいなかったし持ち主が誰かも分からなかった。その地域にいちばん長く住んでいる幼なじみのおばあさん曰く、もう随分前、私たちが生まれるよりもさらに前に住んでいた人は心筋梗塞だかなんだかで亡くなっていると後日聞いた。
そして夕方の16時30分。図書委員の仕事も終え、私はその足で廃屋のある雑木林へと向かった。
雑木林付近は閑散としていたので自分の足音がよく聞こえた。すぐ20〜30mもあるけば住宅街があるのにも関わらず、まるで林が音を吸っているかのように虫の声すらも聞こえなかった。
あとひとつ曲がれば廃屋が見えるという所で、叫び声が聞こえた。それと同時に走り出す音が複数。止まって待っているとAとB、5,6人の同級生が私のいる方へ走って来た。
「ビックリした……」
私が転びそうになった女の子を支えると、私だと認識したその子は唇をふるわせて「なおってた!」と叫んだ。
「ここに来た時、Aくんが石を投げたの。それで他の男子も投げてガラスを3枚割ったの。それで、みんなで一度荷物置いて、20分くらいでまたみんなここに集まって、見に来たら、ガラス、割れてなかった……」
私はほかの逃げてきた全員に目配せをすると、全員が頷いた。
曰く、確かに投げたし割れたガラス片を持っているのだという。だがガラスは割れる前と同じように薄汚れたガラスがそこにはあったと言うのだ。
私は持っているというガラス片を借りて、廃屋へと向かった。確かに割ったばかりなのだろう、割れ目に鋭く尖っている破片をBくんから貰った。
廃屋を見てみると、いつも通りのボロ屋だとしか思わなかった。ぐるりと回って窓ガラスを確認したが割れている窓なんてひとつも無かった。
しかし、たしかに変だと思った。廃屋の窓にしては、どのガラスにもヒビなんて入ってないのだ。台風が直撃した時や暴風の日だってある。その時に小石や枝なんかが当たれば絶対に割れてしまうのではという程薄い窓ガラスに何も着いていない。指を添えると、ホコリが外側にも着いており指が汚れた。
私はみんなの元に戻り、確かに割れていなかったことを話し、この事は秘密にしようと話した。ここのことを話せば、きっと他にも来る子が出てきてしまうと思ったからだ。
しかし、誰が言ったのかどこから漏れたのか。その廃屋の話は瞬く間に広がり、先生の耳にも入ってしまった。もちろん、全校集会で説教の雷が落ちた。
危ないところに立ち寄るな、誰も住んでないからとは言え誰かのものであるのに遊び場にするな、などなど。
そして私が中学に上がって少しした頃、その家のお孫さんだという人が家を取り壊したと聞いた。なんでも、固定資産税だかなんだかの関係で壊したそうだ。