【十話】あの人
小学生の頃、夕方、帰り道。
いつもの様に私は祖母の家を目指していた。母は当時多忙な人で、夕飯を一緒に取れるのは週に二回あるかどうかだった。
今日の夕飯はなんだろうか。味噌汁が出るなら油揚げが入ってるといいな。なんてことを考えながら坂を登っていた。
ふと上を見ると、女の人がこちらに向かってきていた。肩まで伸びている緩やかなウェーブのかかった茶髪のお姉さん。とても何の変哲もない人に見えたのだが、私はその人から目が離せず、通り過ぎるまでジロジロ見てしまった。
通り過ぎた後も振り返って見たかったが、振り返らないよう、少し早歩きで祖母の待つ家に帰った。
……あの人、死んでるんだろうなぁ。
そんなことを思いながら、家にたどり着いた。
その日の夜。
私は基本寝てる途中で目は覚めないのだが、カリカリカリという音でふ、と意識が戻った。窓ガラスを引っ掻いている音だった。ゆっくりと目を覚まし、目をやると、茶髪が見えた。
「……どぉして、わかったの……?どぉして、……わかったの?」
外から聞こえてくるその声が、夕方見た女の人のものだと理解した。
「鼻、が全部なくて、血が出て、るから……あと、目ん玉もないと……」
私は寝ぼけながら窓の外の存在にゆっくりと語りかけた。
窓の外にいるそれは納得したのか気づけば気配すら感じなかった。そのまま私は完全に眠りに落ちた。
朝。
母親から腕を引っ張られながら起き上がる。目を擦りながら「おはよう」と声をかけると母は少し考える素振りをして「昨夜なんの夢見たの?」と聞いてきた。
「なんか……あんた怖いこと言っとったよ。鼻がないだの血がどうたらとか」
「あー、んー。なんか、鼻のない人とすれ違ったから……」
「……来たの?その人が」
「うん多分」
「やめてやぁ!」
母は私の背中を思いっきり引っぱたいた。