温泉に出会いを求めるのは間違っている!(混浴でない)
「ただいまー」
「あっ、お兄ちゃん! 大変、たいへーん!」
真由美んちの表側にある古屋、倒壊寸前の木造平屋建て『我楽多屋古書店』で清水のおじさん、つまり真由美の父親と話し込んで、帰って来たら美奈が大騒ぎしていた。
ちぇっ、こっちは真由美が裏の母屋から降りてくるかも…なんて期待して1時間も無駄にしてガッカリだってのに何騒いでんだ?
「お母さんがねー!お湯、出ないって!」
「そうなのよー。修理屋さん呼んだんだけど明後日まで来れないって。お風呂どうしようかしら」
「ハイ!ハイハイハーイ!提案、ていあーん!新しくオープンした『スーパー銭湯かきつばた温泉』に行ってみたいでーす!」
「仕方ないな。母さん、今から車出すから、たまには出かけるか」
珍しく父さんも乗り気だ。
「いつも土日に仕事だからな。たまに休めた時くらい、家族サービスしないとな」
「あら、じゃあ晩御飯はどうします?」
「たまには休んで向こうで食べればいいさ。車で1時間くらいかかるからな。食べてから行くと帰りが遅くなる。お前ら、自分の着替えは自分で用意しろよ」
2階に上がってベランダの洗濯物をチェック。ん-、少し生乾きだけど、着てれば乾くからヨシ!
とかやってると、向かいのベランダで同じく洗濯物を取り込んでる真由美と目が合った。
「何よ。取ってないでしょうね?」
取られるのが嫌ならそこに干さなきゃいいだろ…
「ふぃー、風呂上りは、やっぱ牛乳だよなー」
待合室に出てみたら、母さんと美奈はまだ出ていなかった。コーヒー牛乳党やフルーツ牛乳教の人もいるだろうが俺は断然白牛乳派だ。当然、片手は腰に。
「となり空いてますか?」
空き瓶を置き場に入れ、広い畳ベンチに腰掛け両手を畳に置いてくつろぎながら女性陣を待っていると、右後ろから声をかけられた。
すいませんツレがいますんで… と言うのも待たずに右側にストンと座ったのは、温泉の貸し浴衣を着た金髪の外人さんだった。見た感じ大学生くらいのお姉さん。美奈とは違う軽いウェーブのかかった本物の金髪に青い瞳。胸は…いや見ちゃうだろ普通。胸はかなりデカい。真由美は美奈より上だが、この外人さんはそれ以上だ。
畳に置いた右手の甲に、そっと柔らかい手を重ねて来る。のぼせたのか掌がやけに熱い。
「アノー、ツレーガーイマスーンデー」
「日本語で大丈夫よ。父がむかし日本に住んでたの」
「あ…そうっスか…」
それにしても。浴衣の下にブラくらい付けた方がいいんじゃないでしょうか?と言おうか迷っていると、彼女は胸元を指で軽くクイッと広げ、足を組んだ。割れた裾からハミ出た生足を俺のふくらはぎに擦り付けて来る。いやっ、コレはヤバくない?
「隣、空いてますか?」
今度は左後ろから恐ろしい怒気をはらんだ女性の声。答える間もなく左隣に座って俺の腕を抱いたのは、幼馴染の真由美だった。むっ…胸が…
「他に空いてないから」
お…怒ってらっしゃる?
「お父さんが急に温泉に行きたいって言い出して」
そ…そうッスか。しししかし俺は今、客観的にどう見えているんだろうか。浴衣の美女2人に挟まれたTシャツ短パンの男子高校生。ハーレム?いやいや、修羅場でしょコレ。助けて親父!
見回すと親父はクレーンゲーム機の陰に隠れて口元を押さえて笑ってやがる。はっ…薄情者~!!!
「お願いがあるの。キミ、私のお店に来てくれない?」
外人さんが白く細い指で挟んだ紙切れを差し出す。つい受け取った名刺を返そうか、どうしようか迷っていると
「わっ…私達!未成年ですからっ!そーゆーお店はっ!委員長としてっ…止める義務がっ…」
助かった。真由美、ナイスパス!
「うふふふ。そういうお店じゃないわ。よく見て」
えーっと…
「「愛の占星術師 アフロディーテ?」」
思わず真由美とハモった。
電車で何駅か向こうの街にある雑居ビル『占いの館』の占い師さん?
「来週『月刊モー』って雑誌の取材が来るのよ。それでね、カップルがいっぱい並んでる写真を載せたいわけ。だからこうしてアチコチで誘ってるのよ。彼女、彼のこと後ろからじーっと見てたからピンと来たの。助けると思って彼女と一緒に来てね。時間は名刺の裏に書いてるから、よろしくね」
彼女と言われると真由美は向こうを向いてうつむいた。
「わっ… 私達っ… そっ…そういう関係じゃないですっ!」
なんだよ… そんなムキになって否定しなくても…
「あら残念。でも本当にあなたが考えてるような、えっちな店だったらどうするの? 私、この子を愛しちゃおっかなー? この子を、監視しないと駄目じゃない?委員長として」
「とっ、当然よっ!」
「じゃあ決まり!来週日曜日だから、約束よ」
彼女は俺の意見を待たずに立ち上がると、女湯ののれんをくぐって軽やかに去って行った。
入れ違いで母さんと美奈、それに清水のおばさんが出て来た。中で話し込んでたのか。遅いわけだ。
後ろから清水のおじさんも顔を出した。
「遅いじゃないか母さん、随分待ったよ。さ、帰るから真由美も着替えて来なさい」
言われてやっと自分だけまだ貸し浴衣だと気付いた真由美も、のれんの中に消えて行った。
「清水のおじさん、見てたんなら助けて下さいよ」
「はっはっは、余りにも面白くてつい。あ、賢人くん、頼んだベータテストの件、よろしくね」
この裏切り者~!