スイート・スイートルーム(一泊10万円) 3
階段を上がって自分の部屋に戻ると、向かいではいつも通り真由美が熱心に勉強していた。窓際に横向きに置いた勉強机に向かい熱心に書き取りをする、その真剣な横顔を俺もいつも通り眺める。
その顔はいつもと何も変わらない。でも昨日までと決定的に違う距離感。え〜っと、筆箱の中に… お、あったあった。割れた消しゴムの欠片。
これも3年… いや3年と3か月ぶりか。ベランダに出て投げた消しゴムは狙い違わず真由美の部屋の窓に当たり、気付いた真由美がフッとコッチを見る。真由美の顔が嬉しそうな笑顔に…
なったような気がしたけど、それどころじゃない! これも3年何か月ぶりの藪蚊! 俺は部屋に飛び込んで網戸を閉め、電気蚊取りのスイッチを入れた。
「ケンちゃん」
真由美の、少し嬉しそうな声。
「お… おう。久しぶり」
「やだー、さっき一緒に帰ったとこじゃない」
そういう意味じゃなかったんだけど、まあそうだね。
「合宿の話、もうした?」
「したけど駄目っぽい」
それで少し不機嫌な顔で勉強してたのね。
「それがさ、部長がもう一部屋取れたって。引率用に。そっちかウチの親が一緒に行けるようになったからOK出るかもよ。今、母さんがソッチに電話してる頃」
「ほんと?」
真由美の顔がパアッと明るくなったその時、真由美んちの階段の方からドカドカと急いで駆け上る音がした。
俺は慌てて真由美の部屋から見えない位置に隠れた。いや自分の部屋なんだから隠れる事はないんだけど何か恥ずかしかったんだ。我楽多堂の店側から入って清水のおじさんおばさんと話すのはいいんだけど、ココでバッタリ出くわすのはチョットね…
おじさんはホテルが取れた事を説明してるみたい。興奮したおばさんは熱心に『応援してるから!』とか何とか。いやスポーツ部じゃないから応援はいらないんだけどね。
真由美が小声で言う。
「ケンちゃん、行ったよ」
「どうだった!」
「シーッ、声大きいよ。お父さんとお母さんは仕事が忙しくて行けないけど、ケンちゃんちの皆が行くから私も行っていいって」
「いよっしゃーーー!」
「賢人ー 揚がったわよー 早く降りなさーい」
「はーい! じゃまた!」
「またね」
ふふ… この間まで鬼みたいな顔で怒鳴り散らしてた真由美があんな嬉しそうに。喜びを噛み締めながら悠々と階段を降りる俺の耳に、母さんの小言が飛び込んで来た。
「美奈! お兄ちゃんが来るまで待ちなさい! 3本も入れちゃ駄目! ちゃんと噛んで! ちょっと! それはお兄ちゃんの分でしょ!」
なぬーーーーーっ!




