俺と幼馴染と妹の残念な日常
真由美が空を飛んでいる。ゆっくりとくるくる回りながら。下はろくに水のない岩ばかりの渓谷。真由美はあそこに落ちるんだ。
真由美!真由美!!真由美!!!いくら叫んでも俺の声は真由美には届かない。手を伸ばしても届きはしない。届くわけがない。ああ、もう谷底に着いてしまう!
その時、心の中に真由美の声が響いた。
「ごめんケンちゃん!もう会えない!」
そこで俺は目を覚ました。心臓を鷲づかみにされたような恐怖と共に。
そうか、またあの夢を見ていたんだな。苦しくて悲しくて、それでいて失った人に会えたように懐かしく切ない、そんな夢…
でも夢ってのは目が覚めるとすぐに記憶が薄れて行く物だ。今日の夢も冷や汗だけを残してぼんやりと消えて行く。いつもの事だ。
ベッドから起き上がるとベランダ越しに真由美の横顔。いつものように机に向かって熱心に勉強している。俺が動いたのに気付いたのかコッチをチラッと見た。目が合って少しだけ幸せな気分。でもそれは一瞬の事、真由美はすぐに顔をしかめて睨み付けて来た。これもいつもの事だ。
真由美とはこんな感じで、もう3年間ろくに話もしていない。
「ちぇっ。そんなに睨むんならカーテン閉めりゃいいのに」
ちょっとムカついてウッカリつぶやくと真由美のヤツ、顔を真っ赤にして言い返して来た。
「山田くんが閉めればいいじゃない!暑いのよ!」
ハイハイそーですかー。でも俺の方で閉めてやる理由なんかないんだよ。こっちはいつでも真由美の顔が見られるように、わざわざ開けてあるんだから。
真由美の余りの剣幕に目をそらしたその時、ドアが勢いよく開いて騒がしいヤツが飛び込んで来た。
「お兄ちゃん起きたー? 美奈が遊びに来てあげたよー!ほらっ!キラーン☆」
そう、こいつは俺の妹の山田美奈。染め金髪のロングツインテに軽いアヒル口のファニーフェイス。白いワンピースにハデハデな刺繍ベルトの金バックルがキラキラ光って…
なんて考えてる間に美奈のヤツ、ベッドに飛び込んで俺の顔に胸をぐりぐり押し付けやがる。
「やめろよ小学生か!」
気痩せして見えるが感触は宝来のブタマンくらいか。このまま楽しみたい気もするが真由美の前でコレは非常にマズい。あっ、真由美の持ってるシャーペンが折れた!
「うるさーい!勉強の邪魔よ!このスケベ!」
ほら言わんこっちゃない。もはや赤鬼みたいな形相でもの凄い剣幕だ。
「真由美おねえちゃーん!私よー!美奈!大丈夫!兄妹なんだから取ったりしないってー!それよりこれ見て―!キラリーン☆」
美奈がキャーキャー騒ぎながらベルトを見せつけると、真由美は気がそがれたのか、少し落ち着いてプイッと目をそらした。
「ま…まあ、兄妹でも風紀の乱れは認めないわよ。委員長として!」
「あっ、この写真!お兄ちゃんと真由美お姉ちゃんと私ね!お兄ちゃんカッコいー!カワイー!」
聞いちゃいねぇ。
美奈は、真由美の部屋から見えないように吊るしたコルクボードの昔の写真を指差して大興奮。今更なに言ってるんだ?七五三の時のだな、和服の俺の両腕に洋服の女の子が2人抱き付いた写真。向かって左が真由美、右が美奈だったか?
今の真由美がこんな事するなんて、もう想像すら出来ない。昔はよかった…
「あっ、お兄ちゃん!清水のおじさんが呼んでたよ!大事な頼みがあるから急いで来てくれって!」
そういう事は早く言えよ…