それぞれの夜
「お父さんどうしてるかな? 早く帰らなきゃ」
バイトは休んだけど警察の現場検証と事情聴取てすっかり遅くなっちゃった。
つぐみヶ丘ニュータウンの麓。積荷を満載したトラックと帰宅の通勤自動車が騒音と排気ガスを撒き散らし忙しげに行き交う国道沿いの安アパート。
所々に赤錆びの浮いた階段を1段飛ばしで駆け上がって。外側に『入居者募集』の看板がかかった外廊下を駆け抜けて203号室に『飯田』の表札。ここが私の家!
バタン!
「ハー、ハー、お父さんただいまー。遅くなってゴメン。今から晩ごはん作るねー」
「お帰り真由美。冷蔵庫の物で済ませたからお父さんはいいよ」
お父さんはいつものように食卓の椅子に座ってテレビを見ながら私の帰りを待っていた。
手を洗って、うがいして、エプロン着けて。
晩ご飯はどうしよう? まず野菜。レタスとトマトがあるから朝のポテサラの残りを乗せよう。もう1品は豆腐に削り節と刻みネギ乗せて。メインは…お父さんがいらないならパスタでいいや。 鍋に水を張ってコンロにかけて… 煮込みハンバーグが1個残ってるからチンして潰して和えれば真由美風ぜいたくボロネーゼの出来上がり!
「学校では大変だったそうだね。こんな体でなければ迎えに行くんだが」
あっ、学校であった事も説明しなきゃ!
「ううん、平気。ケンちゃんが助けてくれたし。はいビール。キンキンに冷えてるよ」
「ありがとう。ケンちゃんかい? 随分と会ってないねえ」
「それがね、高校で一緒のクラスになったのよ。お弁当も毎日一緒。今日は唐揚げ半分こして、ハイあーんしてあげたの!」
「ラブラブじゃないか」
「うん! それで、放課後は悪い奴らの車の前に立ってこう、エイッ!ってやっつけてくれたの!」
「そりゃー凄い」
「それで私を助け出してくれたから、その場でキスしちゃった」
「はっはっは。真由美は昔からケンちゃんが大好きだからね。受験がんばったのもケンちゃんと同じ高校に行きたかったからじゃないのかい?」
「やだーお父さん、バレちゃった?」
「お父さんはいつでも真由美を応援してるよ」
「お父さん、大好き!」
ギューっと抱きしめると、お父さんは暖かくて柔らかくてふかふかして、お日様の匂いがした。いつも私に元気をくれる優しいお父さん、大好き!
さて、そろそろお湯が沸いたかな? まだね。パスタは早茹で2分だけど、お湯が沸くまで少しかかるな。沸くまで… そうだ!あれを見てよう!
落とさないように、飾り棚から大切な宝箱を取り出して… 中にはケンちゃんと私のツーショット写真。和服を着て胸を張ってカワイイ! ケンちゃん!
でも今日のケンちゃんはビックリするくらいカッコ良くて素敵だった。惚れ直しちゃったよ〜。 約束、おぼえてくれてたんだね。ケンちゃんは私を助けてくれる。いつだって、どこだって。
写真の下には婚約指輪。ケンちゃんがくれた。私がどこにいてもケンちゃんは迎えに来てくれる。お母さんが失踪して、借金だけが残って、お父さんがあんな体になって。でも、地獄の底にいてもケンちゃんとの約束があるから、私はこうして生きて行ける。
あっ、お湯が湧いた! パスタ入れなきゃ!
高校のある市街地を挟んで反対側、ひたきヶ丘ニュータウン。ニュータウンと言っても、この街で開発ラッシュがあったのは20年近くも前の事。一帯の山林を全て所有していた地主が清水の御大、つまり清水真由美の祖父である。
清水家の一人娘だった真由美の母・美妃を連れて駆け落ちした真由美の父・明央が生活に困窮し転がり込んだのが、清水家が分譲したニュータウン傍の森に面した廃屋、つまり今の我楽多堂古書店。その裏に増築された母屋の2階に清水真由美の部屋はある。
勉強机の脇の網戸、その外側のベランダを挟んで向かいには、やはり狭いベランダ。その奥にこうこうと明かりが灯るのが山田賢人、つまりケンちゃんの部屋。お互い2階には2部屋あり、その気になれば顔を合わせず生活する事は充分可能なのだが、わざわざ相手の見える部屋をチョイスした理由は、お互いに秘密である。
「あ〜、いいお湯だった」
警察の調査のあと、連絡を受けて迎えに来たお父さんに学校から説明があって、それから帰って夕食に宿題にお風呂… 気付いたら夜の12時。
今日は本当に色々な事があった。まさかテニス部のアイツが私まで狙って来るなんて。でも不思議なのは車の中で見たあの幻覚。あの時、私は本当に死んだ。だからこそ何をしてでも生きて帰るんだって決断して、少し無茶も出来た。それでこうして生き延びて。それで…
あっ、ダメ。アレ思い出したら頭にカーッと血が昇っちゃう。
飯田さん私のケンちゃんにキスなんかして! どういうつもり? それに言ってた。
『ずっと信じてたよ。ケンちゃんが私を助けに来てくれるって。だって約束したもんね』
私とケンちゃんが中学の違う飯田さんと知り合ったのは高校の入学式。その日さくらが漫研を作って。飯田さんは帰宅部の許可が出てたのに自分から入部したのよね。
つまりそこから今まで3か月の間にケンちゃんが飯田さんに何か約束したの?
ケンちゃんが将来を約束したのは私。その証拠は今でも大事にしまってある。勉強机の引き出しを開けると、小さい時お母さんに貰った宝石箱。その中にはケンちゃんと私と美奈ちゃんの写真、そして婚約指輪。私が、私だけがケンちゃんの彼女なんだから!
あ〜気になる〜。今からでもケンちゃんに電話して聞いてみようかな? かけた事ないけど番号はお母さんから聞いて登録してあるから。ちょっとドキドキ。
スマホの待ち受け画面をスワイプして… あれっ、ゲーム開きっぱなしだったみたい。画面がチカチカして。
ん? お風呂に入ってくつろいだせいかしら? ドッと疲れが出てきちゃった。もう遅いし明日直接聞けばいいか。眠い… 今日はゲームもしないで寝よう。
風呂上がりにパジャマに着替えたから、後はベッドで横になって、充電器にスマホつないで、イヤホン挿して、両耳に入れて、スイッチの紐を引っ張って明かりを消すだけ。おやすみなさい、ケンちゃん。また明日〜
真由美の部屋の電気が消えた。もう寝るのか。今日は色んな事があったもんな。疲れたよね。でも俺なんか興奮してとても寝付けそうにないや。
それにしてもおかしな事ばかりだった。なぜか学校に占い師さんが現れて、中学時代の幻覚が見えて。拉致未遂事件に、死のビジョン、そして真由美を助けてファーストキス! いよっしゃぁーーーーー! これはアレだよね! 目があるって事だよね?
あと不思議なのは飯田さん。約束? 何かしたっけ俺。いやしてないよね。入学式で知り合ってから3か月。お昼に弁当を囲んで、スーパーロボット派(俺・来生)vsリアルロボット派(さくら・優介)のバトルや、さくらvs優介のSFクイズ千本ノックをニコニコしながら聞いてるだけの飯田さん。俺が彼女と何を約束したってんだ?
悩んでもしょうがない。LINEで聞いてみるか。待ち受け画面をスワイプ。あれっ、ゲーム開きっぱなし? それは別にいいけど何て聞けばいいんだ?
【 シミュレーション1 】
『俺なにか約束したっけ?』
『ハァ?忘れたの?』
駄目。普通に駄目。約束忘れましたーって自白する聞き方はマズい。そりゃー怒る。まず違う話題から入らないと。
【 シミュレーション2 】
『なんで俺にキスしたの?』
『ハァ?わからないの?』
わからないから聞いてるんですけど! うーん… うまく聞ける自信ないなぁ… これはいつものように何もなかった風に接して普通の会話の中からヒントを引き出すしかないか。
あー、急に眠気が。 今日はゲームしないでグッスリ寝よう。
スマホにイヤホン挿して、両耳に入れて、充電器にスマホつないで、ベッドで横になって、LED照明のリモコンをピッ。おやすみ真由美。
『不明1との対戦シミュレーション、3万回こえたけど駄目。1回も勝てないわ、さくら』
『不明2もおんなじだよ、おねえちゃん』
「2人とも、回したままで寝ていいわ。多分、明日になっても全敗のままね。そしたら止めて」
『え〜、強過ぎる〜』
『そこまで勝てないのには理由があるのね?』
「今までの理論的検証ではね。空間ごと神すら切るとか、空間を切って転移するとか、そんなのは神殺しの付随機能に過ぎないの。その2つを可能にするには超光速の粒子が必要。そして相対性理論によれば超光速粒子は情報を過去に伝える事ができるの」
『負けルートがあっても、それを過去に伝えて回避できるって事? 確率を無視するなんて神と名乗るだけはあるわね』
「神々の戦いは神殺しを使った未来の、確率の奪い合い。となると演算量と情報伝達量の双方から見て、神殺しの量が多い方が有利ね」
『私達のシステムにはほとんど入ってないよ〜』
「地球で神殺しがある場所は…」
『つくば学園都市 真空リニア環状線内、神罰事件爆心地。第2東京湾ね。今は米軍と自衛隊が押さえて立入禁止よ』
「決戦までに奪取するわよ。でも今は機会を待ちましょう」
地上3千4百メートル、新六本木ヘルズ森林タワー。中央を貫く巨大な吹き抜けを持つ、縦長で末広がりの八の字の形をした天を衝く巨塔。その最上階、777階に彼は座していた。
774階は展望台、775階には日本を代表する数々の近代美術を展示した森林美術館があり、善良な老若男女の目を楽しませる。その頭上776階と777階は主にエレベーターを駆動するための機械室であり、整備員以外は立ち入り禁止とされている。公式には。しかし最新型のリニアモーターエレベーターにそのような機械室など必要ない。
776階にあるのは彼1人のために設営された美術館であり、広大な777階の全ては彼の住居すなわち神殿である。
東を臨めば激甚災害『成田隕石』により真空リニア環状線内に出来た『第2東京湾』が一望できる。そこかしこに星のような、流星のような、電のような閃光を煌めかせる直径77.7㎞になんなんとする、水面下の紫の大穴。それらは隕石の含む高濃度の放射性物質による天然原子炉の放つ放射光であり、その放射線ゆえに第2東京湾全域は米軍と自衛隊により厳重に封鎖されている。事になっている。公式には。
足元には激甚災害から20年かけて復興しつつある東京市街の明かり。西には今も赤々と溶岩を噴出する富士火口。その全てが彼の神座から一望できるのだ。
「ゼウス様」
「苦しゅうない」
「アフロディーテより報告。人間の勇者が覚醒しました」
「良きに計らえ」
「は」
あの女め。本来なら我が足下に出来し平伏して奏上するのが勤めであろう。天空神の娘だというだけで我ら12神の中でも自分だけは別格と勘違いし増長しおって、忌々しい。
まあよい。全ては我が計画通り。ついに鉄の時代が終わる。我ら12神への信仰を忘れ、鉄の武器をもって殺し合いを繰り返す愚かなる鉄の人類どもめ。1人残らず皆殺しにしてくれるわ!
神座、天竜、古潭。個人的には味だけなら豚バラ古潭らーめんが1番ですけど、夜遊びの途中で寄る神座、天竜のロケーションも堪りませんね。青春の味です。




