私、もなみ。あなたの後ろにいるの
神話的原型を持たぬ女が流れを変えた。予定調和を阻害する者がいる? 一体誰が…
「ケンちゃん死ぬとこだったじゃない」
耳元で声? 私の後ろを取るとは!
反射的に前へ飛び出しつつ体を捻り後方を確認! 上下回転も加え全身の位置を不規則に移動し急所への致命の一撃を回避! 同時に神殺しの鎌で反撃!
「ワタシもなみ。ケンちゃんを助けに来たの」
幼い少女? 小学生? にっこり笑って? ここは空の上よ? これだけの動きに追随して私の目の前に顔を?
ずぶり
みぞおちに不快な感触。少女は背中から蜘蛛の足のような物をたくさん出して、その1本が胸元に! 背中に突き抜けた? 体が動かない! これは神殺し?
「私がケンちゃんを占ってあげようと待ってたのに、アナタ先に割り込むんですもの。誰の差し金?」
声が出ない。喋れないのを承知で聞いてるのね。ふざけてるの?
「まあ予想はつくけど。見てこの指輪。素敵でしょ?」
少女が左手を上げると薬指に鮮烈な空色に輝く宝石。
「彼との約束の指輪。シャインブルーのパライバトルマリン。ティアドロップカットで10カラットあるのよ。いいでしょー?」
言い終わるや指輪から激しい閃光が迸り、蜘蛛の足に絡め取られた女の首から上を吹き飛ばした。
「本物の石が付いてるけど似せ物よ。だってケンちゃんがくれた本物を無くしたり壊したりしたくないもんね。 本当の本物は宝箱に大切にしまってあるの」
紫の蜘蛛の足が目にも止まらぬ速さで女を切り刻む。しかしバラバラに散った手足はたちまち金色の光の粉に変わり空中に溶け込むように消えて行った。
「幻? 逃げられちゃった。でもケンちゃんが無事ならいっか。帰ろー」
蜘蛛の足が円を描くと夕焼け空が切り取られ紫の穴が開く。少女が穴に消えると穴はたちまち縮んで塞がった。
置いてきた分身は消されたようね。屋上に妙な連中がいたから警戒しといて正解だったかしら。それより今はこちら。ゴミはちゃんと片付けとかないとね。
「あああああ!痛い!痛い!痛い!病院はまだか?」
「それどころじゃねーだろカスが! 誰が病院なんか行くか!」
後ろから拡声器を使って喋る声。
「そこの車、左に寄せて止まりなさい」
「うるさい!糞が!糞が!糞が!糞が!」
車は走るには走るがボンネットはへこみ脇から湯気を出し、下側を地面と擦って火花を散らしている。左後ろのドアに至っては丸ごと取れている。そのせいであっという間に覆面パトカーに目を付けられてしまった。
車がメチャクチャだ。またオヤジに殴られる! 俺が何したってんだ糞が! 全部アイツらのせいだ! ゴミが! クズが! 何とかポリを振り切らないと! 畜生! あのガキどもが全部悪いんだ! 100倍にして返さないと気がすまねー!
ナンバープレートは隠してあるからコッチの身元は割れてねー。振り切ってやる。 もうすぐ川だ。橋を渡ったら海側に逃げるか?それともダムのある上流側に逃げて網の目のような山道に隠れてほとぼりが寒めるのを待つか?
あっ!渋滞だ!糞が!ツイてねー!ブレーキ!間に合わねー!
暴走したまま橋の上の渋滞を避けようと左に曲がった車は、たちまちガードを突き破って橋から空中に飛び出した。
気が付いたら俺は空を飛んでいた。体がゆっくりとくるくる回る。下には水のない河川敷。俺はあそこに落ちるのか。
その瞬間、カラオケボックスで。こいつはこないだヤッた女か?「うりゃ!うりゃ!うりゃ!」「なかなかいい具合だったぜ!」「これをバラ撒かれたくなかったら俺らが呼んだら飛んで来い!いいな!」「毎週10万持って来いよ!ハァ?体で稼げバカ!」
お? コイツこの女の彼氏か? バーカこの女は俺か頂いた! もう中古だカスが! 何ビービー泣いてんだ小学生か? 弱ぇえ! ボコボコにしてやったぜ! 前歯が全部抜けてバカ面に整形だ! 警察にチクる? そしたら動画をバラ撒いてやる! かわいそうになーこの女ノーカットで全世界AVデビューだ! テメーのせいでな!バーカバーカバーーーカ!
ん? 車が落ちてる? 畜生! またオヤジに殴られる! 俺が何したってんだ! 何も悪い事してねーのに! 全部あのガキどもが悪いんだ! そうだ!アイツは縛り上げて竿と玉を切りとって口に突っ込んでやる! その前であの2人をヤッて妊娠させてやる! そうだ! あの2人を親父にヤらせて動画を撮るんだ! それをお袋に見せると脅せばいい! 車なんかオヤジが保険で直せばいいんだ!
次の瞬間、男は河川敷に叩き付けられた。その上に2トンあるミニバンが間髪入れず落下。車は転がり中にいた2人をロケットのように発射すると、15メートルほど滑って男を挽き潰し地面に擦り付け、爆発した。
人間は生命の危機に際し人生の記憶を一度に思い出すという。このいわゆる走馬灯は一説によると生涯の記憶から危機を回避するヒントを見つけるためとも言われる。だが罪のない少年少女を暴力で踏み躙り毒牙にかけた犯罪人生のどこをどう探しても、この危機から生還するヒントはどこにも隠されてはいなかったのである。
気が付くと俺は河川敷に立っていた。大怪我をしたと思ったのにカスリ傷ひとつない。あたりを見回すと手下の2人もボーッと突っ立っている。おかしな事に、その足元にも同じ2人が転がり、手足を変な方に曲げ頭蓋骨から何かをハミ出させている。
「助かった…のか?」
「どっちのルートでも、あなた達はこの河に落ちて死ぬ運命だった」
何だこのアマ、と言おうとした口がぽかんと広がる。そこにいたのはこの人生で見た中で一番美しい女。身長は180センチくらい、日本人と白人のハーフか? 軽くウエーブのかかった亜麻色のロングヘアーを両側でまとめて。着ているのはその辺の中学校用の夏物セーラー服。胸元は大きく突出し、持ち上がってヘソが見えてしまっている。腰は激しくくびれて驚いた事に臍下は丈の短いピチピチのスカートにキッチリ収まっている。
何て綺麗な女だ。股間がむくむく膨らみ疼く。この女は俺が頂く。他の2人にはヤらせねー。朝まで俺がヤって孕ませる!
この世界には犬という生き物がいて、道の所々に糞をしている。大きい糞にはハエという飛行生物がたかっていて、そこらで拾った棒でつつくとブンブン音を立てて飛び回る。その中には2匹つながったまま飛んでるのがいる。豊かなエサと魅力的なメスがいれば後は交尾をするだけ。ソイツにとって生涯の一大事といえば交尾しかない。この濁った目の男も同じ事。なんて下らない生き物なのかしら。三四上が滅ぼしてしまおうと言うのも当然ね。
そいつが腕をつかもうと踏み出したその瞬間に死神の鎌を振るう。紫の閃光が走り、3匹の魂から手足がポロリと取れて胴が地に落ちた。血は1滴も出ない。
「あああああ」
鎌をくりんと回すと、地面に2メートルほどの紫の穴が開いた。
「地獄の底に繋がったわ。あなた達は2度と転生する必要はない。さようなら」
そう言うと女は男達の髪をつかんで引きずり、わあわあ喚く3人を順番に穴に放り込むと、残った手足を蹴り込んだ。穴はすいと縮んで最初から何もなかったかのように塞がった。
このクズ共はどのみち死ぬのが運命だけど、落ちる瞬間ガードレールとシートベルトは切って手伝ってやった。せいせいしたわ。
「喜んでくれるわよね、お父様」
さて、このカスどもの記憶によると結構あちこちに被害者がいるようね。
「お父様の命令にはなかったけど、ついでにサービスしとくか」
数日後。3人組の起こした事件に泣き寝入りしていた被害者達の肉体は何事もなかったかのように事件前の状態に戻っていた。各々に起きた事件の記憶もまた綺麗さっぱり消え去っており、こうしてこの街に密かに起こっていた連続婦女暴行事件は犯人の命とともに事件の存在自体がなかった事となったのである。
そして、彼らが撮り溜め、世界中にばら撒いた動画や写真のデータまでが、あらゆるコンピューター・サーバーからいとも簡単に消し去られていたのだった。




