反撃
引き返すと黒いミニバンから腕が伸びて真由美を引きずり込んだ。
一瞬、真由美と目があう。その目が言っていた。『助けて!』
ミニバンの向こうには下校の女子生徒が自転車に乗ってゾロゾロ出て来て、俺と反対方向に向かっている。彼女達を跳ね飛ばしてバックで逃げるなんて事はないだろう。コイツは俺の方に走って来る。
はっ!思い出した!今ココ?ココ今?何で?!
真由美は心肺停止で運ばれて! 俺は救急搬送先の病院に行って! あの床が、壁が、地球が傾く感覚! 吐き気に頭痛。あれが全部夢? いやアレは全部本当だった。余りにも真実だった。俺が避けて真由美が死ぬ!それが真実!
考えろ俺!あのミニバンは父さんのディーラーで扱ってるヤツ。多分最新型。父さんが言ってた。
『コイツは全グレード自動ブレーキ標準装備なんだ』
『人がいればセンサーで止まる』
『でも自動ブレーキは止まる事は保証はしてくれない』
『路面に雪や水や、砂粒があっただけで滑って人を轢いてしまう』
そうだ慌てるな。センサーが俺を捉えればコイツは止まる。でも路面が滑れば俺は轢かれて死に、車は走り去って真由美は死ぬ。そして俺が避けても真由美が死ぬ!
前に出ちゃ駄目だ。でも避けても駄目。ここで立ち止まれ。とにかくセンサーに俺を捉えさせるんだ。もっと大きく。俺は両手を上にあげて頭上に組んだ。
運転席と助手席の間から真由美の顔が見える。そして運転手の下卑たオッサンと目があった。オッサンが歯を剥くとミニバンはタイヤをきしませながら予想通り俺の方に突っ走って来た。
いろんな考え事をしながら裏門を出たら突然大きくて黒い車が目の前に飛び出して来た。後席のスライドドアが開く。
「声を出すな。騒いだらこいつを刺す」
え? 飯田さん? 一瞬どうしようか迷った隙に私は後席のもう1人に腕をつかまれて引き摺りこまれた。スライドドアが重い音を立てて閉まる。運転席から汚い声。
「オイ早く縛れ」
私を引っ張り込んだヤツがガムテープを伸ばして私を縛ろうとする。こんな物で私を縛れるとでも?
でもまず飯田さんに突き付けられた背にギザギザのあるショートソード。両手で手首をつかんで180度ひねるとプチプチピキピキと感触。テニス部の馬鹿が口を大きく開けてサイレンみたいな音を立てる。筋が何本か切れただけで何を大げさな。そのまま真下に突き下げると簡単に太腿に突き刺さる。
「ああああ!痛い!痛い!早く抜けバカ!」
「私がそう言ったら、あなたニヤニヤ笑ってこうしたじゃない」
何を言ってるんだ、という感じでポカンと口を開けた阿保ヅラを無視して全体重をかけると、ショートソードは根元までずぶずぶと刺さってシートまで突き抜けた。
「ああああああ」
「うるさい!」
手刀を喉に突き込むとサイレンはやんで『カヒュー、カヒュー』と苦しそうな喘鳴に変わる。安心して。息はできてるからヨシ!
「ナメるなゴルアァァァァ!」
もう一匹が叫びながら掴みかかって来た。その喉にも手刀。『カヒュー、カヒュー』と苦しそうな喘鳴。死んでないからヨシ!
次は運転手! 前を向くとそこにはケンちゃんが! 両手を上にあげて拳を組んでる。そして運転手!座席の間から私を見てニヤリと笑うと前を向く。私は運転席に手を伸ばして掴もうとした。でも車は猛発進して私は後席のシートに叩きつけられた!
「ケンちゃん!」
車が突っ込んで来る。もう念じるしかない。止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!
ブレーキ音! 次の瞬間、俺は両拳をボンネットに向けて叩き下ろした。ボンネットは意外と簡単に『ベコン』と音を立ててへこみ、足元でザリザリと音。下側が地面と擦ってるんだ。白いエアバッグがばふんと開いてオッサンが顔を突っ込む。チャンス! 数分は走れないはず! 今のうちに真由美を助け出すんだ!
車の横に走って引っ張るとドアノブは簡単にポロリと取れる。 俺はドアと柱の間に神殺しの手甲を突っ込む。ドアロックは簡単に壊れた。横に引くとドア自体が簡単に取れてしまった。何て脆い!
「真由美!」
「ケンちゃん!」
「む、む、むー」
ドアが取れた途端に真由美が飛び出して抱き着いて来た。柔らかくて暖かい物が俺の口を塞ぐ。夢にまで見た真由美とのファーストキス! それも真由美から! やった! バンザイ! 生きててよかった! ああ! 幸せ! 俺も真由美の肩を抱いた。抱いていいんだよね!
「ケンちゃん助けて!」
車内から突然の声。真由美の向こう、車内に取り残された飯田さん。駄目だ! この車はもうすぐ走り出す。何でかわからないけどわかるんだ。
「真由美ゴメン!」
俺は真由美の肩を押して離すと車内に突っ走った。飯田さんが伸ばした柔らかい掌を掴むと引っ張りながら思いっきり後ろにジャンプ!
それとほぼ同時にミニバンは猛スピードで走り出した。ギリギリセーフ。もう少しで飯田さんを乗せたまま走り去るところだった!
「いてて」
なにしろ2人分の体重を乗せて背中をアスファルトに叩き付けたんだ。背中も肘もムチャクチャ痛い。知らない間に両手に付いていた神殺しの手甲だけど、守ってくれるのは何と掌だけ! いつもは役に立たないだの自爆装置だのと言ってる『勇者の証』だけど、なければこんなもんなの?
ってちょっと待って。俺今なにげに飯田さんに押し倒されて、のしかかられてるんですけど。って言うか!俺の左膝が飯田さんの股間にグリグリしてるんですけど!
これはダメ!ヤバい!何がヤバいと言ってソッチにいる真由美の両目が真っ赤! なにこれ夕日のせい? 目の錯覚? とりあえず足!足を延ばそう!
俺が立ててた左膝をピンと伸ばし両足をまっすぐ揃えると飯田さんの股間がフリーになった。
と思ったら飯田さんは俺の股間にストンと腰を降ろして座り込んだ。イヤ!股間と股間の触れ合いはダメ!絶対! ああっ! 真由美の目が真っ赤にギラリと光った! これはもうエバー1話のアレ! 目からビーム出るパターン!
「ずっと信じてたよ。ケンちゃんが私を助けに来てくれるって。だって約束したもんね」
飯田さんはそう言うと、俺の顔に被さって唇を重ねた。甘い舌を入れて絡める大人のキス。逃げようにもマウントを取られて俺の頭の後ろはアスファルト。逃げようがない!
「ケーンーちゃーーーーん?」
「もがっ もががっ もがんんあ!」
「なにやってるのーーーーーーっ!」
真由美が飯田さんの肩をつかんで引っぺがすと、飯田さんはハッと我に返って立ち上がり、裏門から出て来た先生達に向かって走り出した。
「先生!警察に連絡して下さい!私達、さらわれかけたんです!」
俺は恐る恐る真由美の顔色を窺った。だけど真由美は俺じゃなく車の走り去った方角、夕焼け空の宵の明星を見ている。その時俺は見た。何故だか遥か高空に金星を背に宙に浮かぶ人影が見えたんだ。アフロディーテさんのような。でも美奈みたいにツインテにして、片手には身長より長い死神の鎌のような物を持っている。手甲が共振し、彼女の言葉が伝わって来る。
「神話的原型を持たぬ女… 予定調和を阻害する者…」
サバイバルナイフで太腿を刺されたチャラ男!
でもまだライフはあるわ! 死なないでチャラ男!
次回「チャラ男、死す!」 デュエル スタンバイ!




