全ての終わり
引き返すと黒いミニバンから腕が伸びて真由美を引きずり込んだ。
一瞬、真由美と目があう。その目が言っていた。『助けて!』
ミニバンの向こうには下校の女子生徒が自転車に乗ってゾロゾロ出て来て、俺と反対方向に向かっている。彼女達を跳ね飛ばしてバックで逃げるなんて事はないだろう。コイツは俺の方に走って来る。
運転席と助手席の間から真由美の顔が見える。そして運転手の下卑たオッサンと目があった。オッサンが歯を剥くとミニバンはタイヤをきしませながら予想通り俺の方に突っ走って来た。駄目だ!轢き殺される!
俺はとっさに右によけると地面に転がって電柱の陰に滑り込んだ。電柱の根本は濃く変色していて犬の小便の匂いがした。ミニバンは電柱ギリギリを走り抜け、俺を轢きそこねて突っ走って行った。裏門から先生が駆け出して…
ケンちゃんは電柱の陰に飛び込んだ。怪我はしてないみたい。よかった。
「どこ行きます」
「ダムに行く山道ならカメラとか少ねー。あの辺りなら警察も来ねえ。朝まで楽しめるぜ」
こいつらは何を言ってるの? 私にはケンちゃんがついてるんだから。 私は信じてる。 ケンちゃんは絶対に私を助けてくれる。いつだって、どこだって。
「へへへ、よく撮れてるだろ」
山奥のダム湖から山肌をくねくね降りる道で。アイツがスマホを突き付けて来た。何でこうなったんだろう。3年も意地を張って。ケンちゃんのために大事に取っておいたものを全部こんなヤツに奪われて。
「コレをバラまかれたくなかったら俺らが呼んだら飛んで来い!いいな!」
クズ!ゴミ!カス!何でこんなヤツらに!
「ゴメン… 清水さん… 私のせいで… ゴメンね…」
飯田さんの泣き声が何だか遠く聞こえる。
「こりゃ半年は楽しめるな。飽きたら売りをやらせて貢がせようぜ」
なんてこと言うの! 私は頭にカッと血が上って運転席に飛び込んだ。ハンドルをつかんで体重をかけてブラ下がる。何かがわあわあ言う声が聞こえる。ハンドルは左に回り凄い衝撃があって。
気が付いたら私は空を飛んでいた。体がゆっくりとくるくる回る。下にはろくに水のない岩ばかりの渓谷。わたしはあそこに落ちるんだ。
その瞬間、ニッコリ笑うケンちゃん。和服を着てカッコイイ!七五三ね? 私が右腕に抱き付いて、もう1人が左手に。ハイ、チーズ!
犬が吠える。私が盾にしたのにニッコリ笑ってくれたケンちゃん。別の日にあの娘をかばって足を噛まれたケンちゃん。痛そう。かわいそう。
狭いベッドの上でドキドキしながら向き合って1つの布団にくるまったケンちゃん。そのまま寝ちゃったケンちゃん。カワイイ。
仲の良かった女の子が黙って引っ越した時に一緒に泣いてくれたケンちゃん。
手を繋いで初めて中学に登校したケンちゃん。みんなにからかわれて真っ赤になったケンちゃん。ケンちゃん。ケンちゃん。ケンちゃん。ああ、もう岩が迫って来た。ごめんケンちゃん!もう会えない!
「ご両親のご確認をお願いします」
「あの、彼も一緒にいいでしょうか?」
「ご親族の方ですか?」
「娘の… 恋人です。娘も会いたいと思います」
「一旦、ご両親が確認されてから、判断して下さい」
「清水のおじさん。僕も会っていいですか?」
「君は… 駄目だ」
「さっきは」
「真由美は君の事が好きだった。本当に好きだった。だから真由美の事は、綺麗な姿のままで覚えていてやって欲しい」
俺の両腕をつかむ清水のおじさんの手は、もの凄い力で。でもぶるぶると震えていた。
清水のおばさんが泣き崩れて。
その日。俺の人生の、全てが終わったんだ。
そしてその日。俺の人生の全てが始まった。




