エーゲ海の世界一美しい浜辺
「それじゃあマリン親っさん、長い間お世話になりました」
「おう、来年の夏も来てくれよな」
長かったクラーケン討伐イベントもついに終わった。俺達は宝石珊瑚の枝と引き換えに手に入れた荷馬車にイベント報酬の魚醤の壺やスルメ、ドロップアイテムの宝石珊瑚を積み込み、村を後にする事にした。
「アレキ、これどこで換金すればいいと思う?」
「マケドニア王国もテーバイも遠いから…近場でこれだけの珊瑚を捌けるのはアテーナイの街くらいかな」
「大商人のアレキが言うんなら間違いないわね。それに私、一回アテネに行ってみたかったの!」
真由美は観光気分丸出しだ。でもここんとこバトルバトルだったから休養も必要なのは確かだ。
「じゃあアテネに向けて、しゅっぱーつ!」
「ちょっと待ってケンちゃん」
「ととっとっ…なんだよ真由美」
「まだアクティーにお別れの挨拶してないわよ」
「そう言えば…マリン親っさん、アクティーはどこですか?」
「あいつは湿っぽいのが苦手でな。こういう時はいつも秘密の場所に隠れてんだ」
「そう言えばこの奥にも小さな浜があってソコにアクティーがいたの、見た事あります」
ローションまみれになった『ぽせいどん』から覚えたての時間停止で逃げ出した俺は、あの後ほとぼりが冷めるまで人気のない奥の浜をウロついて時間を潰した。その時、奥の浜で沖合にかすむ島を見ていたのは間違いなくアクティーだった。
「知ってるんなら話が早えー。ちょっと呼んで来てくれ」
「アタイらは荷物まとめてるから任せたぜ」
「済まないみんな。アクティーを連れてすぐ帰るよ」
『ぽせいどん』を出た俺が奥の浜に行くと案の定アクティーは同じ場所に佇んでいた。ただ前回と違って、その背中は随分寂しそうだ。
「アクティー」
「ケント…もう帰ったのかと思ってた」
俺の声にアクティーは振り返り、努めて冷静に答えようとした。しかし彼女の震える声はその努力を裏切り、悲しげ響いた。
「見送りには来てくれないのか?みんな待ってるよ」
「そうか…もう夏も終わりなんだね…そうだよな。いくら楽しくても、仲良くなっても、秋になればみんないなくなる。来年の夏までアタシはまたこの浜で父さんと二人っきりか…」
「ずっとここにはいられない。でも来年もきっと来るよ。約束する。必ずだ」
言ってから気が付いた。来年の夏にはもう、俺はきっとこの世界にはいない。冥王を倒して真由美と日本に帰っている。しかしそれを説明してどうなる?アクティーを悲しませるだけじゃないのか?
アクティーを悲しませたくはない。だが出来もしない事を約束してしまった後ろめたさに俺はつい話題を変えてしまった。
「あ、アクティー。また怪我してるじゃないか」
「これ?そこの岩場を越える時に滑り落ちただけ。舐めときゃ治るよ」
「痕が残るって。治癒Lv3。はい、これで…」
ちょっと待て。何かが変だ。みんなと会話してるウチに自然と俺一人でアクティーを迎えに来る流れになってしまった。でもなんで俺にベッタリで嫉妬深い真由美が今日に限ってサラッと別行動になったんだ?なぜ俺はアクティーと何だかムーディーな展開になってるんだ?
そうか!これは恋愛シミュレーションゲームで定番のアレ!攻略イベント!回転寿司方式で出会った美少女との会話。複数ある選択肢を間違えず正解を選び続けると、そのたびにフラグが立つ。フラグを全て立てると、その美少女とのスペシャルイベントが発生。そこで正しいセリフを選ぶと二人は結ばれる。
駄目だ!俺の本命はあくまで真由美。本命攻略のために他の女の子は気の毒だか振る!これも恋愛SLGのセオリー!
そしてココまで来たら俺にもわかる。ここでアクティーを攻略するための正しいセリフ、つまり俺が言ってはいけないセリフは『キレイ』。『これでキレイになった』とか『肌がキレイになった』を、おそらくあと1回でも選ぶとアクティーは『そんな…わたしがきれいだなんて…』と言って俺にぞっこんLove!あとは告白して結ばれて、エンディングテーマとスタッフロールが流れる。これだ!間違いない!
「これで治ったよ」
よし、回避成功。アクティーは期待を裏切られたような表情をしたが仕方ない。俺の目的は異世界でハーレムを作る事じゃない。真由美と二人で日本に帰るのが目的なんだ。
俺はアクティーの側で一緒に沖を眺めた。青い空、青い海。旅行会社のパンフレットでしか見た事のない、あの美しいエーゲ海が目の前に広がっていた。本当にあんな色をしていたなんて!
「もう…いなくなっちゃうんだね」
「ああ。でも必ず帰って来るさ。美しい浜辺が俺の帰りを待ってるんだからな」
「うっ…美しいは言い過ぎじゃないかな?」
「そんな事ないよ」
実際、日本の海に比べると地中海、特にこのエーゲ海の美しさは別格だ。俺はアクティーの目をまっすぐに見つめて答えた。
「世界一美しい。心の底からそう思う」
ここまで言って気付いた。アクティーはうつむいて黙っている。ヤバい!このままだと間違いなく『わっ…私が美しいだなんて…』となってしまう。俺はアクティーの耳元で囁いた。
「美しいって言ったのは海岸の事だからね」
「うん…」
「勘違いしないで。俺が世界一美しいって言ったのは目の前の浜辺の事だから」
「わかった…」
俺は大きな声でハッキリと念を押した。
「目の前の海岸が、エーゲ海の浜辺が、世界一美しいって言ったんだ!」
「嬉しい!」
俺の言葉に、アクティーは半分泣きながら喜び一杯の笑顔で俺に抱き着いた。
「嬉しい!嬉しい!嬉しい!」
「いや、だから俺は海岸が」
「私の事、そんな風に思ってくれてたなんて!」
何かがおかしい、明らかに話が通じていないぞ?このゲーム世界の魔法のシステムは俺の日本語を自動的に現地語に翻訳して、アクティーにはちゃんと現地語として聞こえてるハズなのに。
「いや、待てよ」
その時、俺はある事に気が付いた。もしかして自動翻訳システムが何かやらかしてるんじゃないのか?
「あのさ、アクティーって名前…なんて意味だっけ?」
アクティーは喜びに身を震わせ、泣き笑いをしながら答えた。
「アクティーはアクティーって意味よ。おかしなケント」
自動翻訳システム仕事しろ。一つ目のアクティーは人名だが、二つ目は一般名詞だ。
賢人には『賢い人』英語で言うと『ワイズマン』という意味がある。真由美は『真に由る美しさ』。部長の場合は桜の花。同じように『アクティー』にも何か意味があるハズだ。そこキチンと翻訳しなきゃダメだろ。
「それをさ、他の言葉に言い換えたら何になるかな?」
「波打ち際とか、海の近くって意味。変な事を聞くのねケント」
わかった!俺の言葉を現地語に自動翻訳している魔法のシステムは、俺が今まで言ってた『海岸』や『浜辺』をシレッと全部『アクティー』と翻訳していたんだ!
「大好き!もう一生離さない!」
やってもうたーーーーー!




