異世界では理解されない日本の衛生観念および高度医療
翌朝。
じょろじょろじょろ〜〜〜
「ふい〜〜〜、スッキリ。しかしこの縄はホント何なんだ?」
「えっ?知らないの?リラがやって見せたげようか?」
「ああ、頼む」
「ごし、ごし、ごし! ごし、ごし、ごし!」
「ケンちゃんの浮気者!エッチ!スケベ!ヘンターイ!」
「不条理だーーーっ!」
結局、他に知り合いもなければ行くあてもない俺達に、帰る場所なんてここしかなかった。
あの環境で耐えて眠るのは色んな意味でものすごく辛かったけど。と…とにかくゲームを最短でクリアしてオサラバすればいいんだ。あ、女勇者が階段からよたよたと降りて来た。顔が灰色だよ。昨日は相当飲んでたからな…
「おはようございます」
「お…」
まで言って女勇者は走り出すと、茶色い壺の蓋を取って顔を寄せた。
「おうえええええええええええええええ」
どぼどぼどぼどぼ。どぼどぼどぼどぼ。どぼどぼ。どぼ。
あっ、なるほど!あれはただの蓋じゃない。こういう時にはオツリを防ぐ盾になるんだな。よく考えてある。
「五苓散」
女勇者が自分の腹を押さえて聞き慣れない呪文を唱えると、急に顔色が良くなって元気ピンピンになった。
「あー!スッキリした!今日も飲むぞーーーーっ!オヤジ!とりあえず朝メシだ!」
「あいよ」
昨日あんなに飲んだのに食欲まで湧いてきたらしい。いや、全部出して逆に腹が減ったのか。二日酔いに効く魔法もあるんだ…
トイレの後に手を洗わないとか色々と不潔な生活習慣があって、生水を飲むなっていう以外に衛生観念はゼロって感じだったけど、考えてみれば簡単な病気や怪我は無詠唱で使えるLv3以下の生活魔法で治っちゃうんだ。衛生観念とか安全意識とかは特に必要ないんだな。生水は衛生観念がないから汚れ過ぎていて、むしろ逆に気を付けなきゃならない所まで限界突破したのかも知れな…
「ごふっ」
考え込んでると下腹にずっしりと重い痛み。勇者の証が作動したのか微光を放ち、俺の周りが淡く白い光の球に包まれているのが見える。球面には多分ギリシャ文字の文章と色々な紋章が高速で流れていて、全然読めないけど何となく感じる。これは物理打撃無効!
いや無効って全然無効じゃないです!物凄く苦しいです!何してるの証!効いてないよ証!
昨日、大沼亀から逃げる時に俺と真由美を何度となく守ってくれた物理打撃無効の絶対防御が、今日は日曜だからか何の仕事もしていないっ!
腹に食い込む足を両手で掴んで、いや反撃するためじゃなくて倒れそうだったからなんだけど、その本体を目で追うと、行きがけの駄賃に俺の腹にケリを入れたのは元気になった女勇者様だった。俺の絶対防御と女勇者の絶対防御が繋がって、繭と言うか中身が2つの枝豆みたいな形になっている。同じ女神の同じ結界だから繋がっちゃった感じ?
「がっ!」
今度は頬に強力なグーパン!星散った!初めて見た!あっ、ちょうど壺の方に飛ばされた!
「おうえええええええええええええええ」
どぼどぼどぼどぼ。
ふう。盾の使い方を覚えといて本当に良かった。
「治癒Lv3!何するの!酷いじゃない!」
俺の背中をさすりながら治療してくれる真由美。ああ…優しい…少しだけ幸せ。
「はあ?女神の結界でも同格の神なら簡単に破れるんだ。自前の守備力も鍛えとけ。カンストするまでスキがあったら蹴るから。今日からオレの事は師匠と呼べ。鍛えてやる」
スッ… スパルタすぎるっ…
「おはようございます。おっ、早速やってますね。奥さんの方には私が教えます。いやー貴女の知性には感心しました。まずは知る限りの呪文を伝授しますので、全て暗唱して頂きます」
「いや~ん!奥さんだなんてっ!」
ゴキゲンだね真由美…
そして… 1か月の時が… 過ぎ去った…
「はああああーーーーーーー」
まさか最初の村で1か月も経験値稼ぎをする事になるとは思わなかった。2匹目以降の沼亀は小物ばかり。道すがらバッタリ出くわした双頭犬を狩ったりもしたけど、2人ともまだLv17だよ17!
「師匠ー。もっと経験値稼げるモンスターいないんですか?『パパパパッパッパー、パパパパッパッパー、パパパパッパッパー、パパパパッパッパー、Lv200になりました』って感じがいいんですけど。はぐれ金属のスライムとか」
俺と真由美は、ひょんな事から異世界でハイレベルな女勇者と修道僧、2人だけのパーティーに参加する事になった。同じ勇者のよしみで俺は女勇者を師匠と呼び、真由美は修道僧のオッサンを先生と呼んで師事する事に決まったんだ。
あ、ケリは100発までなら吐かなくなった。つまり1秒以内に反撃できればセーフ。多分手加減はしてくれてるんだろうけど。
「パパパパッパッパーとかスライムとか意味わかんねぇぞ。何だそりゃ。だいたいテメーの努力が足りねーんだよ努力が」
「もうこの辺りのモンスターでは、お2人の相手にはなりませんね。もっと強いモンスターと戦って経験を積むには、こちらから遠征に出かける必要があります」
「確かに潮時だ。だがそれならもっといい装備を買い揃えないとな」
「そう思ってギルドで割のいい新人向けのクエストを見繕って来ました。浜でクラーケン討伐とかどうでしょう?報酬は中々のものです」
「海?海なんですか先生!」
真由美が目をキラキラさせて食い付いて来た。ひと月近く2人でベッタリだから大体わかる。これは何かヨカラヌ事を企んでいるパターンだ。
「そらぁクラーケンと言えば海だろ」
「浜の漁協からの依頼でしてね。親イカが船を襲って浜まで追いかけて来るんで困っている、殺さずに追い返して欲しいそうです」
異世界に漁協とか漁連とかあるんだ…
「ハイ!質問!大沼亀みたいに食べないんですか?」
真由美が気になったのはそっちか。
「バーカ親イカ殺しちまったら子イカが減るだろ」
「あっ、そうか!」
「それに親は煮れば煮るほど固くなる上にオシッコ臭くて食べられないんですよ。その点、子イカなら丁寧に下ごしらえすれば絶品です」
「ついでにアタリメとイカ魚醤も仕入れといてくれ!」
親父さんも商売っ気を出して乗って来た。
「この仕事は相当な金になるぜ。しっかり稼いで来な!もう酒代が尽きちまったからな」
だから今日は飲んでないのか師匠。
「え〜っ!ケンちゃん、イっちゃうの?まだイっちゃ駄目〜」
リラはこういう所が可愛いんだよな。真由美ほどじゃないけどね!
「ケン坊、外に出しちゃうの?イクの早くない?もうチョット我慢しろよ〜」
てめローザ変な意味で言ってねーだろうな!
「私も… 一緒にイキたいです…」
おいっカティー!
「駄目!ケンちゃんは私の彼なんだから!ケンちゃんと一緒にイクのはこの私!私と2人で一緒にイクのっ!」
変な所で対抗心燃やすな真由美っ!
「若いうちは早くていいんですよ。すぐに立ちましょう。本腰を入れる時期です」
おい大賢者!
「最初は回数こなして経験積むもんだ。何回イッてもいいんだぜ。精出して頑張りな」
師匠ーーーーーーーーーーーーーーっ!
「とっ… ところでクラーケンとはどう戦うんですか?」
「サイズは人間の10倍ほどですが要はただのイカです。浅瀬に入れば自力で起き上がる事も出来ません。ただし巨大な吸盤は脅威ですね」
大賢者は掌を広げ、鷹のように爪を曲げて見せた。
「吸盤の周りにはサメの歯のような刃がリング状に生えています」
言いながら恐ろしくゴツい手で俺の手の甲をガッと掴み左右にグリグリ回す。
「こんな風に吸い付かれると肉まで丸く切り裂かれてしまいます」
「いたたたた…」
「やめて!ケンちゃんをいじめたら先生でも許さないんだから!」
真由美が熊のような手を振り払う。
「とにかく吸盤には気を付けろ。数分で失血死した奴もいる」
吸盤に刃とか、さすが異世界のモンスターだ。
ちゅっちゅっちゅっちゅぅぅぅーーー
「たっ…対処法はありますか?」
れろっれろっ、れりゅっ、れりゅっ、れりゅっ
「海上での戦闘は避け、出来るだけ浜に引き付けることです。ただしこちらも砂に足を取られ動きは鈍くなります」
ぺろっ るろっ れりょっ
ちょっと真由美、掌の方は敏感だからやめて。
「マユミが呪文を詠唱している間、あなたは触手を引き付けつつ、一撃も食らわず弾くか避け続けてください」
ぱくっ、れろっれろっれろっれろっ
「そしてマユミが火炎系の呪文で触手を焼くのです」
にゅるるるる、にゅるるるる、にゅるるるる、にゅるるるる
「ところで気になっていたのですが先程からやっているソレは何なのでしょうか?」
ちゅぽんっ
俺はあわてて真由美の口から指を抜くと膝の上でゴシゴシ擦る。みんなの視線が痛い。
「あ~ あれか?オイ。まさかとは思うが異世界の治療法か何かか?」
委員長の顔に戻ってハキハキ答える真由美。
「そうです」
うそです。
「じゃあ何か?お前らクエスト中に怪我する度そういう『治療』してるのか?」
「はいっ!」
いやそこは否定してくださいマジで。
「異世界の治療法なら仕方ありませんね。明日は海用の装備を整えて下さい。海水を浴びれば金属は錆びるし革は硬くなってヒビが入る事を考えて選ぶこと。クエストを達成した後、報酬で1ランク上の通常装備を買い揃えましょう」
そんな目はやめて!お願いっ!
「ハイッ!リラも水着が欲しいでーす!」
「あの…私も…」
「しゃーねーなー。明日はアタイら3人もついてってやるよ!ついでにみんなで水着を買おうぜ!」
「ローザ、危険だからみんなは連れて行けないよ。海に行くのは俺と真由美だけだから」
師匠達と4人でクエストに行って、2人がモンスターを秒で粉砕してるのを真由美とハーブティー飲みながら見物してるだけで経験値が増えてる感はあるんだけど。結局それは1回目だけで、師匠達は『それでは本当の経験になりません』『自分で覚えろカス』なーんて言って『子猫亭』で昼間っから飲んでるんだよなー。
それで報酬はパーティー全員で山分けなんだから意味がワカラナイ。師匠達は『授業料だ』って言ってるけどさ。まあ真由美はいいよ?呪文を教えて貰って暗記するんだから家庭教師感覚だよね。でも俺の方は師匠に『耐久力を付けるためだ』とか言われて腹筋にケリ100発食らったり、顔面にグーパン食らったりで普通にパワハラなんですけど?
「でも川遊びや日光浴にも水着はいるんだよ?でなきゃこんな山際のお店に置いてないって」
「だったら明日はお前らも一緒に出かけて来るんだな、リラ。夜の仕事は休んで寝てろ。客足も落ち着いたから俺1人で回しとくわ」
「そういうわけには…」
「カティ―、お前らはもう俺の娘なんだから営業はしなくていいんだぜ?女なら他に雇えばいいんだ」
「親っさん、アタイらは好きでこの仕事やってんだぜ?」
「いいから仕事は休みだローザ。金は充分貯めてるだろ?可愛い水着でも買ってこいや」
「へーい」
その夜、俺はいつものように真由美と2人、タタミ1畳ほどの狭苦しいベッドに足を絡ませて横になっていた。真由美が囁く。
「ねえ… しよっか?」
はっ!思い出した!今ココ!ココ今!
「アストラルトリップ」
「は?」
真由美はくすくす思い出し笑いをしながら言う。
「覚えてるでしょ?ケンちゃん、よく誘ってたじゃない。一緒にアストラルトリップするんだーって言って、私をベッドに引っ張り込んで」
お…覚えてらっしゃる? 俺の黒歴史。
「本当はお医者さんごっこみたいにエッチなこと、したかったんでしょ~?」
記憶にございませんっ!
「 私、結構ドキドキしてたのよ?それなのに結局3人になっちゃうし、ケンちゃん本当に寝ちゃうし」
吸い付くような真由美の足、真由美の息遣い、無理やりついて来たもう一人が背中にピッタリくっつく感触。忘れられるわけがない。
「さ…さあ… よく覚えてないな」
「わたし、2人っきりでやり直したかったのよ? ずっと」
だんだん近付いてくる唇。俺は、真由美にキスをした。舌をからませた、大人のキス。
「もう寝よう。明日はみんなで買い物だし」
これ以上前に進んだら、後戻り出来なくなりそうだったから。
「寝た?」
寝ました。
「寝ちゃった?」
ぐうぐう。
「むふ」
すや~
「ケンちゃん、寝てたから覚えてないかな? あの時も私、こんな事してたんだよ?は~い、診察しまーす」
手を入れないで下さい。
「さわさわ。さわさわ」
さわらないで下さい。
「ふにふに、ふにふに」
ふにふにもダメです。
「ころころ、ころころ」
ころころもダメ!
「ぎゅ」
握らないで下さい!
「何コレ?」
なんでもありません!!!
「今日はこの匂いで寝よ」
やめてーーーーー!!!
それにしても。本当にアストラルトリップなんてのがあったとしたら、こっちの世界で寝るとどうなるんだろう?向こうの日本に戻るんだろうか?




