大脱走
「まさか穴子や鱈や魚卵の擬人化とか考えてません?それも既にありますよ」
「ぐうっ!」
考えとったんか!
その時、仕込みの終わったマリン親っさんが前掛けで手を拭きながら割り込んで来た。
「どうやらここまでのようだな」
「そんなの納得できねーべ!」
「村の仲間で集まって何日も考え抜いたんだ。悔しい気持ちはわかる。だが似たような事を考える奴はいるもんだ。また練り直して来いや」
「わかった。行くべ行くべ」
「魚卵は絶対にないと思ったがのう」
「一から練り直しだべ」
「ふう。やっとわかって貰えたか」
「ケンちゃん、お疲れ様。病み上がりなのに大変だったね」
「真由美がそう言ってくれるだけで疲れなんか吹っ飛ぶよ」
「でもケンちゃんが倒れた時、私、結局何も出来なかった…」
「そんな事ない!真由美が俺のために一杯頑張ってくれたのは知ってるよ!」
「でもケンちゃんが生き返ったのは神様のお陰。私の力じゃない。私…自分の力でケンちゃんを助けたい!」
「ありがとう真由美」
「それで考えたの。ほら、Ptで買い物できる女神ショップあったでしょ?」
「ああ」
「あの中にコスチュームが売られててね。防具とは別にコスチュームによって戦闘力や治癒力が上がるらしいの」
「いいじゃないソレ!」
「買ってもいい?」
「もちろん!今だって充分凄い真由美がパワーアップしたら百人力さ!」
「じゃあ勇者の証、ちょっと使わせて」
真由美は俺の首にかかった勇者の証をポチポチして空中に光るウインドウを開いた。
「ショップ…コスチューム…あったコレ、買うね。エイッ」
真由美がポチると、真由美の目の前の空中にキラキラ輝く10センチそこそこのロッドのような光の塊が現れた。
掌で握る部分は円筒形で、上側にツバが付いていて、その上には何かがちょこんと出っ張っている。握りの下は急に細くなって少し尖っている。
真由美が光のロッドをつかむと、光は部屋全体に拡散した。
「まぶしいっ!」
「ケンちゃん、これ!」
光がおさまった時、真由美の手の中にあったのは…
「針のない、注射器?」
「変身グッズよ。見てて!」
真由美は立ち上がると右手につかんだ注射器を投げ上げた。空中でクルクル回転する注射器を自分でつかむ真由美。なにその意味不明のアクション?結局つかむのなら投げる意味は?
「ナースヒーリングパワー!バーストアーップ!」
真由美が呪文を叫ぶと、さっきとは比べ物にならない光が溢れ出す。光の中で空中に浮かんだ真由美のシルエットから着ていた服が消え、体のラインがあらわになった。くうっ、逆光で形しかわからないのが惜しい!
俺が光り輝く真由美に目を凝らしていると、どこからともなく光のリボンが集まって来た。決めポーズを取ってクルクル回る真由美に巻き付いたリボンは、ひときわ眩い輝きわ放つと一着のコスチュームになっていた。
「あやしい看護師さん、真由美!心もアソコも癒やしちゃうゾ!」
キュピィーーーン!
アソコってドコだよ。自分で怪しい言っちゃってるし。つーか…
「その巨大な注射器はナニ?!」
「マジカルヒーリングエネマロッド!」
浣腸器に見えます!
「ソッチのソレは?」
「マジカル尿瓶とマジカル尿道カテーテル!」
「そのボトルは?」
「マジカルグリセリンにマジカルワセリンにマジカルローション!」
「何でもマジカル付けりゃいいってモンじゃねーぞ」
「リラ、洗面器と真水ない?」
「ケンちゃんの看病に使ったヤツなら」
「このローション水で溶いて」
「あたしがやるー。ぐるぐるぐるー!あははー出来たー。わーにゅるにゅるー」
カティーが洗面器にローションを1瓶ブチまけてかき混ぜるとデュルンデュルンのローションが洗面器いっぱい、たぷたぷに出来上がった。
一方、真由美は自分で自分のバストを持ち上げてチェックしている。体のラインが浮き出るパツパツのナース衣装に包まれた胸はいつもより大きく見える。
「変身するとケンちゃんの好きなおっぱいが1割大きくなるんだって。ホラ」
確かにコレは大きい!だからバストアップなのね。
「それで…これをこうして…」
真由美はマジカルヒーリングエネマロッドをボトルに突っ込むと、マジカルグリセリンを大量に吸い上げ始めた。
「あの…真由美?何をしてるのかな?」
「出来た!」
「なんかヤバい」
「ローザ、リラ!ケンちゃん押さえて!」
「あいよ!」
「こう?」
「あの?真由美?ナニをするおつもりで?」
「私が貴方を癒やしてア・ゲ・ル」
なんかいつもの真由美と違う!もしかしてコスチュームを買うと強制イベントが発動するのか?それもコレ普通の看護師さんじゃない!多分違うお店にいるヤツ!
「はーいお注射しまーす」
「それは注射じゃない!」
「痛かったら言ってくださいねー。えいっ」
「あははーローション、ローションー、あっ!」
ちゅるん。ハイになったカティーがにゅるにゅるの手で持ち上げた洗面器が、物の見事に滑ってコッチにブッ飛んで来た。
「ちょっとまって!」
俺が叫んだ瞬間、真由美とカティーはピタリと止まった。いや、洗面器と、ブチ撒けられたローションまでが空中で止まっている。
「どうなってるの?」
落ちて来る途中で止まったローションを見て、リラは不思議そうな顔で立ち上がり、指でローションを突っつこうとした。だかリラの手足が全て俺から離れるとリラも真由美たちのようみ固まってしまった。
「リラ?」
驚いてリラにかけ寄ろうとしたローザも同じだった。
「これは…時間停止?」
ぐるぐるぐるぐる…
くっ、腹が鳴る。コッチは停止してくれそうにない!俺はあわてて壺に走った。何か大事な物を喪失したような気がするが多分、気のせいだろう。入った物がそのまま出た、それだけだ。つまり何も起きなかったのとおんなじこと。忘れよう。
「そして時は動き出す」
海の家『ぽせいどん』を転げ出た俺は岩陰に隠れて時間停止を解除するっぽいセリフを言ってみた。
『ぽせいどん』から響くリラとローザの悲鳴。あとで聞いたら全身ローションまみれになって中々取れなかったらしい。
マリン親っさんの怒声と謝る真由美の声。この後、女性陣みんなで掃除したそうです。ゴメン真由美。いつか結婚したら家の掃除は俺がやるから勘弁してね。




