バーベキューでの食中毒事故に気を付けよう
「ゆうしゃ ケントよ」
「ん‥」
「ゆうしゃ ケント めを ひらきなさい」
「んぁ?」
ふわりと鼻をくすぐる花の香り。優しい声。ゆっくりと目を開くと、俺はいつの間にか壮大な白亜のギリシャ式神殿に立っていた。
金の盾や鎧を身に着けた巨大な象牙色の女神像。祭壇には様々な花や供え物や奉納品。壁のあちこちには神話をモチーフにしたレリーフがびっしり彫り込まれ、しかもそれら全てが夥しい神気と光輝を放っている。
俺はここで立ったまま眠ってたのか?確か浜辺でバーベキューを…
「おお ケント!しんでしまうとは なさけない…」
「え?」
「しょじ G の はんぶんで あなたを いきかえらせて あげましょう」
「安っっっす」
俺の言葉を聞いたとたん、たどたどしく話していた神官…タレ目に泣きぼくろがセクシーなお姉さんは慌てて祭壇から駆け降り、俺の左腕にかきついて饒舌にまくし立てた。
「え?ちょっと待って冒険は結構進んでるハズよね?イベントクリアしたとこだし。何G持ってる?」
何だ普通に喋れるじゃないか。と思ったら手の甲にカンペが書き込んであった。コレ読んでたから詰まり詰まりたどたどしかったのね。
俺は勇者の証のチェーンに付けた小銭入れの巾着袋をチャリチャリ鳴らしながら答えた。
「4G」
「えーっ、なんでそんなに少ないのー?2万Gくらい貯めてるでしょ普通」
なんだか涙目だな。
「え?2万Gとか持って海に入るヒトいませんよね?沈みますよ?」
「ぜんぜん少なーい!」
「海用装備と食費でカラッケツだし報酬まだだし珊瑚は換金してないし。もしかして1万Gボッタクる気だったんスか?」
「貴方のお布施が私のバイト代になるのに、ず〜っと来てくれないんですもの。来たと思ったらソレ?生き返れるんなら1万Gくらい安いものよ?」
「いや俺、死んでませんけど」
「そこの顧見の鏡みて。生前の行いが映るから」
彼女が指差す方には、豪著な金の額縁に嵌った背よりも高い楕円形をした姿見の鏡があった。だが、そこに映っていたのは今の俺の姿じゃない。浜辺でステーキをモリモリ食べていた10分前の姿だった。
「あなたは強力な精力剤であるケルベロスをステーキにして食べました」
「牛じゃなかったんだ」
他のみんなの料理を食べる映像が次々表示されていく。俺が口に入れる肉片に矢印マークが現れて、お座りした首が3つのワンコマークが。
「用量の約3ないし5倍を摂取したあなたはオーバードーズにより体温・血圧・脈拍が急上昇し、鼻腔内の血管壁が薄い部位が破裂」
「あっ、鼻血が下向きの噴水みたいに」
「普通は2・3日発熱するくらいなんですけど。普段から精力剤とかドリンク剤、多用してません?」
「すっぽん鍋なら常食してましたけど」
「なるほどねー。そこに多量のケロちゃん肉を摂取した結果、あなたは失血性ショックで死亡しました」
「いや生きてますって」
「ここはアテナちゃんの神域。オリュンポス界の貴方は今こうなっています」
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「マユミ、こんな時にキスなんかしてんじゃねーよ!」
「人工呼吸よ。それでコレが心臓マッサージ」
「いまボキッて言ったよ」
「あははー、痛そうだねー」
「肋骨の2〜3本折れていいから。みんな離れて!整脈Lv3!息してる?駄目!」
「アタイが代わる。ケン坊、今助けてやるからな。むちゅ〜〜〜っ、れろっれろっれりゅっ」
「舌入れない!」
「リラがやってみる。ケンちゃん…好き…私のキスで息を吹き返して…」
「早くしろリラ!うりゃっ!ぐーりぐりぐり」
「もが、もがもが、ちゅ〜〜〜ちゅっちゅっちゅ〜〜〜」
「吸うんじゃなくてケンちゃんの首を後ろに曲げて口から息を吹き込むの!」
「あはは〜あたしがやるね〜。ぷーーーっ!」
プシャーーーッ
「また鼻血が!鼻をつまんて塞いで!」
「アタシは浜育ちだから人命救助は慣れてる。人工呼吸はアタシがやるからマユミは心臓の方を!」
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「あらあら大パニックねえ」
「ファーストキスイベントが乱立してるのに映像だけで何の感触もない悲しみ…あ、いやみんな心配してるから早く帰らないと」
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「蘇生呪文、使えば?」
「アレキそれナイス!レベルアップして蘇生Lv1覚えたハズ」
「低レベルの蘇生呪文は70%の確率で灰になってロスト致します」
「そうだったわねカクさん。でもスケさんなら大丈夫かしら?」
「私の蘇生Lv50なら100%蘇生できます」
「お願い!ケンちゃんを助けて!」
「ではアクティーさん、交代して下さい」
「え?なんで?」
「口を密着させて生命力を漏らさず吹き込むのです」
「駄目ーーーっ!やっぱり私がやるー!」
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「ヤバい灰になる。誰か止めるんだ!」
俺が叫んだ途端、鏡の映像はピタリと止まった。スケさんは真由美に突き飛ばされて顔を砂に突っ込み逆さになったまま、真由美は俺にキスしようとしたまま止まっている。
「一応、止めときますねー」
「映像だけ一時停止しても向こうは止まってないよね?」
「神界は時間の流れをオリュンポス界の数百倍に早められるのよ。アッチは今もの凄くゆっくり動いてるから、実質とまってるわね」
「ふ〜助かった〜」
「余裕が出来た所で説明しとくけど、勇者のケントくんが死んだ時はアテナちゃんの特別サービスでココに召喚されるの」
「普通は死んだら冥王の冥界に行きますよね?」
「アテナちゃんの命令で冥王と戦って死んだら冥界行きじゃあ誰も真面目にやらないでしょ?」
「そらぁそーだ」
「だからアテナちゃんの戦士は死んだらここで蘇生か物質界への転生を選べるの」
「じゃあリラやローザやカティーも死んだらホイホイっと生き返る?」
「NPCは神々や上位モンスターにやられるとロストする事があるから、その時は諦めてね」
「マジか気を付けなきゃな」
「で、ケントくんはどっち希望?」
「いや真由美と2人で元の高校生に戻して欲しいんスけど」
「それは冥王を倒してから」
「ケチ」
「ってアテナちゃんが言ってた」
「その女神はドコよ」
「アテナちゃんが寝てるから私がバイトしてるのよ」
「勇者の証に通話機能あるのに、あんま出ないと思ったら昼寝かよ」
「向こうは昼だからね」
「だから昼に寝るなよと」
「うふふ、そうね」
「そういや俺、ポセイドンにも召喚されたんだよな〜」
「へ〜ポセくんに?今度会ったらヘスティアがよろしくと言ってたって伝えといてね」
「神官なのに神様相手に馴れ馴れしいな」
「あら、これでも12神よ?」
「…」
「今『そんなのいたっけ』って思ったでしょ?失礼ね〜」
「くっ、読心能力か!英語で言うとサイコパス!」
「それ違うヤツ。別に心なんか読んでないし。よく言われるのよね〜」
「サイコパスって?」
「違〜う!『そんなのいたっけ』よ」
「失礼しました…スンマセン」
「素直でよろしい。かわいい男の子は好きよ」
なんかヤバい。
「今ヤバいって思ったでしょ〜」
やっぱ心読んでないか?
「あなたすぐ顔に出るんですもの」
「そうっスか。でも神官って人間がやるんじゃないの?」
「普通の人は神界に入れないし〜、エリちゃんが家出したから手が足りなくって〜」
絵里ちゃん?処女神の神官なら、それは清楚な乙女なのだろう。
「その人にも会いたかったのに残念です」
「会ったら早く帰れって言っといてね」
「わかりました。で、そろそろ帰りたいんですけど。はい2G」
「もう、せっかちね。若い子は早いんだから〜。ちょっと待ってね…あ痛っ!」
女神ヘスティアは祭壇に上がろうとして、途中で足元まである薄手のギリシャ服の裾を踏ん付けてスッ転んだ。その拍子になまめかしい生足が…なるほど皆が言ってた通りギリシャではパンツはかないんだな。
「見た?」
「見てません」
「見たでしょ?」
「ヨソ見してて」
勝手に見せたのはソッチである。随分のほほんとしてトロ臭い神様だ。一体なに担当してるんだろう。えと、アポロンが太陽の神様でアルテミスが月の神様だよね?
「それではエヘン。あーあー、テステス」
何の呪文?
「そなたに もういちど きかいを あたえよう。ふたたび このようなことが ないようにな。では ゆけ! ケントよ!」
「んじゃ!」
「お金を貯めてまた来てね〜」
「ニ度とこねーよ!」
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「はっ!」
「ケンちゃん死なないで!」
「ちょまっ」
「蘇生Lv1」
ビバババババ…
こうして俺は黄泉返った。貧血や骨折は普通に完治していた。たとえばケルベロスに頭を食いちぎられたまま蘇生してもまたすぐ死ぬわけで、体を治すのも蘇生サービスの一環なのだろう。
蘇生Lv1は生き返ってから発動したのでMP消費だけで灰にはならずに済んだ。整脈Lv3よりは何倍もビリビリ来たけど何とか耐え抜いた。最近、真由美の電撃を食らって雷撃耐性を付けてたからかな。ありがとう真由美。
「ケンちゃん!生きてる!」
「よかった〜」
「あ〜ん」
「みんなが俺のために一所懸命にしてくれた事、俺、全部見てたよ。ありがとう、みんな」
「…」
ん?あれ?俺けっこういい事言ったのに、みんなの視線が冷たくない?
「ちょっとケン坊?もしかして気付いてたのに死んだフリしてた?」
「ケント兄ちゃんの」
「どスケベーーー!」
「わっ、違うんだ!痛い痛いやめてーーー!」
誤解が解けるまでビンタされたり引っかかれたりホント散々だった。まーでも痛いのも生きてる証拠だよね。結果オーライ、ほんと生きてて良かったよ。いやいっぺん死んだけどね。




