夜の浜辺(異世界編) 1
「むにゃ…」
夢か… 嫌な夢だったな。俺はこの世界に召喚されてなくて、日本で1学期の期末テストを受けてるんだ。真由美はスラスラ書いてるのに、俺は所々が白身の答案用紙を前に焦るばかりで…
まあ忘れよう。クラーケンに物理打撃無効を破られた焦りが生んだ悪夢だ。現実の俺は6月のあの日からこうして真由美と異世界に来て冒険してるんだもんな。
ここは異世界の漁師小屋『海の家 ぽせいどん』の2階。と言うか1階の屋根の上。山際のアルケー村ならともかく、ここらへんでは木材も東方から輸入するしかない貴重品。滅多に雨が降らない事もあって2階には屋根も柱もない。
クラーケンが俺達にビビって浜や船に近付かなくなるまで当面は、寝ぼけて落っこちないように壁があるだけの屋上に全員で雑魚寝ってこと。まあ中々出来ない貴重な体験ではある。雨が降ったら? テントだな。
目を開くと南の空に聳え立つ壮大な天の川。北の空には降り注ぐ流星雨。そういえば真由美が言ってたっけ。そろそろペルセウス座流星群の時期だって。
向こうでは街の明かりにかき消されて見えない天体ショー。真由美にも見せてやりたい。だけど真由美は昼のバトルで疲れたんだろう、俺の横で熟睡してすうすう寝息を立てている。起こすのは可哀想だな。
反対側にはアレキ。みんなで2階に上がった時は面白かったな。アレキってば俺の話を真に受けてガタガタ震えながら声を裏返しちゃってさ。
『そっ、そろそろ夜伽の時間ではありますが! 私初めてで! こっ、心の準備が!』
それでローザが面白がってからかったんだよな。
『いやいやココはLv200の必殺技をぜひ見せて欲しいね〜』
『ローザ、駄目って言ったでしょ』
『リラ、カティー、マユミを押さえてなー。さあアレキ脱いだ脱いだ〜』
『ローザがああ言ってるから』
『ご… ごめんなさい…』
『もが、もがー!』
そうそう、それでキレた真由美が電撃を出して3人は気絶したんだった。あ、俺もか。
Lv200の必殺技は服を脱がないと出せないのか? そこらへん謎のままだけど、また機会はあるだろう。それより他のみんなは…
ローザは… そこで寝てるアフロヘアーの娘がローザか。結構キツい電撃だったんだな。治癒魔法で治るのにローザだけ『オシャレだから』って治さなかった。カティーも… 寝てる。リラは… いない。トイレかな? だけど壺にも誰も座ってないし。
リラがいない事に気付いた俺は、みんなを起こさないように静かに立ち上がった。ふと海に目をやると、イカ釣り船の明かりか、遠くチラチラ揺らめく沖の漁火が見える。そのかすかな光と星明りを頼りに、小柄な人影がゆっくりと砂浜を歩いていた。
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「おーいリラ」
「あ、ケンちゃん、起きた?」
グッスリ寝ているみんなを起こさないように静かに外に出て声をかけると、振り返った浜辺の人影は思った通りリラだった。
「1人で浜に来たら危ないよ、さあ帰ろう」
「目が覚めて考え事してたら寝付けなくて… 頭を冷やしに来たの。もう少し、ここで星を見たいな」
そう言うとリラは砂浜に座り込んだ。引っ張って行くわけにもいかないな。俺も隣に座るか。
「ねぇ、ほら、流れ星。きれいねー」
「ペルセウス座流星群だね。ほら、小文字のωみたいな形のがカシオペア座で、流星の出てるあたりが神話の英雄ペルセウスが星になったペルセウス座」
「ケンちゃんすごーい! 異世界から来たのにコッチの神話にも詳しいんだね」
全部真由美の受け売りだけどな。
「良かった、いつも明るいリラが考え事なんて心配したよ。悩み事があるなら相談に乗るけど?」
「いつも明るい、かぁ… マユミが言ってた通りね。ケンちゃん鈍さ999だもんね」
「ゴメン… 気が利かなくて。あんまり女の子と話した事ないから…」
「えー、マユミがいるじゃない」
「それが仲良くなったのはコッチに来てからでさー、向こうじゃ3年もケンカしてたんだ」
「えーっ、じゃあもしかして私にもチャンスあったんだ」
あっ、ちょっとマズい。期待させるような言い方だったかな。言っておくが真由美の評価は少し古いぞ。これだけの数の女の子相手に修羅場を神回避するため気を配り続けていれば流石の俺だって今の発言がマズい事くらいわかるようになる。言ってしまった後ならな! 言う前にわかれば苦労はないんだがな!
「でさ、何か悩みでもあるの?」
俺はそう聞いだんだけど、リラは俺の問いには答えずに違う話を始めた。
「ねえ、ケンちゃんのいた異世界も夜はこんな感じ? 天の川が見えて、流れ星が降って…」
「向こうじゃあ、こんな綺麗な星空は見えないよ」
「え〜っ、なんで?」
「街の明かりにかき消されるんだ」
「街が星空を消しちゃうくらい明るいの?」
「電気… つまり雷の力をね、銅の線に通してLEDで街中を光らせるんだ。誰も道に迷わないように」
「凄い魔法だね。でも星が見えないのは寂しいな」
「あ、でもね。海蛍っていうのがいるんだ。海岸から向こうの島まで橋がかかっててね。家族で行った事があるんだけど、橋の向こう側では夜になると海が青く光るんだよ」
「えーっ、すごいすごーい。ねえねえ、海蛍がいるんなら山蛍もいるの?」
「山にいるのはただの蛍だよ」
「じゃあ街も海も山も光るんだ。凄いね〜 ケンちゃんはやっぱりファンタジーの異世界から来たんだね〜」
「いやそうでもないけど」
「ねーねー、ケンちゃんはそこで学園に行ってたんでしょ? マユミと一緒に」
「ああ、毎日毎日、勉強勉強、試験試験で大変だよ」
「でも、仕事しないで勉強してたらいいんでしょ。2人とも特別な家の子なんだね」
「違うよ俺んちは普通のサラリーマンだし、真由美んちは結構… 貧乏かな」
「そんなんで学園に行けるわけないよ〜 学園に行けるのは都市でも上級の市民だけだよ」
「向こうじゃみんな行ってるんだけどな」
「凄いね… 夢の世界だよね…」
そうかな? 嫌な事も結構あるんだけど。
「やっぱりマユミはずるいや。私がこの世界で奴隷になって働いてる時、マユミは夢の国でケンちゃんと学園に行って。冥王を倒したら2人はアッチに帰っちゃうんだよね。そしたら私は元の生活に戻って、また悪い奴につかまって奴隷にされちゃうんだ」
リラはいつの間にか膝を抱えて涙声になっていた。
「私も一緒に行きたいよ」
俺は言葉に詰まった。確かに俺は真由美を日本に連れて帰らなきゃいけない。レベルアップもクラーケンと戦うのも全てそのためだ。その時にはリラもローザもカティーも、全員こちらに置いて行く事になる。だが今はそんな事は言いたくなかった。言いたくなかったんだ。
「そう言えば向こうには、トラックに轢かれて異世界に行く話がいっぱいあったな」
「トラック? なにソレ?」
おっ、食い付いて来た。少し元気が出たかな?
「この前の三頭犬と同じくらいの大きさと速さでね、凄い勢いで走って来て轢かれると異世界に行くっていう話が…」
「凄いモンスターね! それコッチにもいるかな?」
「うーん… いないと思う」
「そっかー、ざんねーん。しょぼーん」
あっ、また涙目になった。
「私ね、ヤオチュとエリクトが『異世界の勇者が来る』って言った時、ドキドキしたの。きっとその人は素敵な人で、2人は恋に落ちて、それで私をどこか別の所… 別の人生に連れてってくれるんじゃないかって。でもその人は素敵な恋人も一緒に連れて来て… 私も同じようにケンちゃんケンちゃんって呼んでも、私達の間はちっとも埋まらなくて…」
それでリラだけ真由美の真似をしてたんだな。気持ちはわかる。でも真由美を羨んで成り代わりたいって思っても、きっとリラは幸せにはなれないんだ。
「あのさ、向こうの世界には凄い女がいるんだぜ。俺や真由美と同い年なんだけど『自己実現してこその人生よ!』なーんて言って好き放題に何でもやっちゃうんだ」
「じこじつげん?」
「自分の人生は自分で決めて、決めた通りに自分で成し遂げるんだってさ」
「そんなこと無理だよ…」
「リラだってきっと出来るさ!」
そんな話に夢中になってリラを見つめていた俺は見逃してしまった。沖合に揺らめいていた何百という漁火… いや、漁火とばかり思い込んでいた光の一部が、この世界の手漕ぎの木造漁船では有り得ないスピードでこちらに向かって来ていた事を。
気付いた時にはもう手遅れだった。全身をイルミネーションのようにキラキラと発光させたクラーケンが俺達の目の前に立ち上がった。昼間、物理打撃無効を破ったヤツより更に大きい、高さ30メートルはあるだろう特大のバケモノが!




