2話
湿った埃の匂いと、頬を擽るヒンヤリとした空気。視界を塞ぐ真っ白な光の中で、俺は気が付いた。
先ほどまで玉袋に感じていた痛みは既にないが、まだ何処か頭がふらついている。
足を踏みしめ、当たりを見渡してみると、そこは先ほどまで歩いていた病院への道ではなく、どこか薄暗い、路地裏のような場所だった。
痛みの中で意識が朦朧とはしていたが、明らかに前後でいる場所が違いすぎる。
コヒュッと息が漏れる。
ここは何処だ。何で俺はこんな所にいる?
今まで、玉が痛くなる様なことはあっても、こんな事はなかった。
俺の玉袋は大丈夫なのか。破裂でもしてんじゃないかと、確認するのが怖いが、今は先ず現状の確認が必要だ。
未だ覚束ない足に活をいれ、路地裏の外、光の差す方へ歩みを進める。
まさか、まさかという思いと共に徐々に見えてくる光景。
くすんだ石畳の道がひかれたその周囲には、今まで見たことのない甲冑姿の男や苔色の肌をした子供、中世ヨーロッパを思わせる様な人々が行き来していた。
訳が分からない。ありえない。そんな気持ちが沸き上がってくるが、まだだ。
まだ慌てる時じゃない。映画村だ。
よくわからないが、俺は映画村に迷い込んだ、そうに違いない。
一先ず、現状の確認の為、誰かに聞いてみようそうしよう。
騎士のコスプレをしている男に話しかけようとした、その時だ。
激しい痛み。誰かに思いっきり玉を蹴られたかの様な痛みが走った。
ガァァッとした呻き声と共にふら付き、後ろに倒れこんだ。
そして先ほどまで居た場所を、ダチョウ様な、しかし鱗肌の生き物に引かれた荷車が通りすぎていった。
目を疑った。先ほどまで落ち着きかけていた心が、ザワつき始めた。
乾いた笑いしか出てこない。
そんな俺を、周囲の人々は一見だけし、無関心になっていく。
怖かった。
玉が痛まなければ、俺は轢かれていた。
いやそんな事よりも、さっきのあれは何だ。
あんなダチョウ見たことがない。
何処かトカゲの様な鱗をしたのっぺりとしたダチョウ。ダチョウ?
その辺を歩いている子供もそうだ。苔色の肌、凹凸のはっきりとした顔立ちと鉤鼻、暗い紫の瞳に、異様に長い爪の生えた三本指の手。
あんな子供を俺は知らない。
自分んが何を見ているのか、理解したくない。
金玉だけじゃなく、頭まで可笑しくなっちまったのか、俺は。
混乱する儘に、道端に座り込む。
ふと、影が差してきた。