再会(後半)
翌日。
葬儀と告別式に参列する。座席の順序から彼女は僕の隣に座り、彼女の希望で一緒に焼香する。その後の火葬式でも彼女は僕の傍らに居り、式の最中のため無駄口はしないが、簡単な会話や目配せにより意思疎通をする。まるであの頃のようだと、不謹慎と思いながら内心で嬉しく思う。式は滞りなく進み、最後まで彼女と共に居た。
式後に伯母さんの家に寄る。昨日と同じ部屋に、昨日と同じように彼女と座る。仏前に伯母さんが座っている。
「望美さんが傍に居てくれて心強かった。僕だけだったらいくつか失敗していただろう。」
「そう。」
「ここに住んでいるのかい?」
「勤務先から近いところにマンションを借りているわ。」
「もし良ければ、、。」
僕は言葉を途中でとめる。伯父さんの供養も終わっていないのに不謹慎と思った。
「初七日も来る?」
「ええ。あなたは?」
「来るよ。君に会いに。」
「そう。」
「拒否しないんだね。」
「なぜ? わたしには理由が無いわ。父を悼んでくれるのでしょう?」
「・・・そうだね。」
彼女はまっすぐ僕をみている。僕は姿勢を正し、彼女をまっすぐ見る。
「伯父さんを送ったあと、一緒に食事をしないか。レストランを予約するよ。」
「いいわよ。」
「ありがとう。」
☆
初七日は法要をせず弔問のみ行った。彼女の希望で彼女と並んで座り、弔問に来た人に挨拶をする。夫婦ではないのだが、彼女が寂しそうに見え、彼女の隣にいることを選んだ。
夕方になり、伯母さんに挨拶をしてから、彼女とふたりでタクシーに乗る。彼女は真剣な表情をしながらも素直に僕に従う。20分ほどでタクシーが停車し、予約していたレストランに着いた。クラッシックな雰囲気で居心地が良い。
対面で席に着き、彼女を見る。彼女は辺りをさりげなく見渡している。再会してから一度も彼女の笑顔を見ていない。叔父さんが亡くなってまだ7日だ。仕方ないものと思う。
「良い店を知っているのね。よく来るの?」
「知人から紹介してもらった。来るのは二回目かな。」
「以前は女性と?」
「ああ。だけど君が勘繰るような間柄ではないよ。」
「そう。」
ワインが注がれ、ひと口飲む。
「少し甘いけど、おいしいわ。」
「よかった。」
「ふたりでお酒を飲むなんて、初めてね。」
「いつから飲むようになったんだい?」
「あなたは?」
「仕事の付き合いでね。」
「そう。私は、・・・言えないわ。」
「いいよ。」
「優しいのね。」
食事をしながら今の暮らしぶりの話をする。彼女の表情は終始変わらない。彼女はあの頃から変わったのだろうか。冷静に言葉を選びながら的確な言葉を返してくる。僕を試しているのか、ただ落ち着いているだけなのか、その態度からは読み取れない。ただそれは僕も同じだろう。彼女の質問に言葉を選んで返す。ビジネスシーンでは常に冷静で在れ。学生時代に家庭教師としての彼女が教えてくれた。
僕は苦笑する。いまはビジネスではないだろ。何をやっているんだ。
「どうしたの?」
僕が無為に表情を崩したのを見て彼女が問う。
「何でもない。昔のことを少し思い出してね。」
僕は深く息をしてから、顎の前で手を組み両肘をテーブルに乗せた。
「僕達は、いままでの時間を埋めていく必要があると思うんだ。」
「珍しいわね。あなたが情熱的なことを言うなんて。」
「仕事柄、役作りを勉強したんだ。勉強の大切さを君が教えてくれた。助かっている。」
「そうね。私の知らないあなたがいる。そして、わたしも変わったわ。」
「僕の知らない君を見つけてみせるよ。」
「・・・口説いているの?」
「君が望むのなら。」
「そう。」
彼女は物思いにふける。僕は姿勢を正して彼女の返答を待つ。行儀が悪いと言われなくてよかったと内心ほっとした。
「強くなったのね。あなたなら他にも好意を寄せてくれる人がいるでしょうに。わたしは歳をとったわ。」
「愚問だよ。」
「優しいのね。」
「違うよ。僕は本気なんだ。君を手に入れるためなら何でもする。」
「饒舌ね。」
「君を好きなんだ。」
「・・・少し考えさせて。」
その後、言葉少ないまま食事が終わり、レストランを出た。
既に遅い時間になっており夜風が冷たい。僕は上着を脱いで彼女にかけた。
「タクシーを呼ぶよ。」
「ありがとう。あなたは?」
「うちはこの近くなんだ。歩いて帰るよ。」
「わたしも、いいかしら。」
「うちに?」
「ええ。エスコートしていただけるかしら。」
「ご招待いたします。お嬢様。」
「ありがと。楽しいわ。」
彼女が少し微笑みを見せたような気がした。
僕のマンションに着き、ドアを開けて彼女を招く。
「広いわね。これで一人暮らし?」
「そうだよ。」
「家族で住めるんじゃない? 誰かと住むつもりだったの?」
「君とね。」
「え?」
「君と住むために買ったんだ。」
彼女は唖然とする。
「冗談だ。事務所兼自宅として買ったんだ。アシスタントの仮眠室も必要だった。今は事務所は別に借りているから、誰も居ないよ。」
居間に行く。
「適当に座ってくれ。お茶にしよう、紅茶が好きだったね、用意するよ。」
「お酒はあるかしら。」
「ひと通りあるけど、ワインにするかい?」
「お願い。」
保冷庫からワインを取りだす。
「貰い物なんだ。味はわからないよ。」
彼女の斜め前に座る。
グラスにワインを注ぎ、乾杯してひと口飲んだ。
「美味しいわ。」
「ありがとう、送り主に礼を言っておくよ。」
しばらくワインを飲みながら彼女が話し始めるのを待つ。しかし彼女は静かにワインを飲んでおり、話し始める気配がない。
「なにか用があるのでは?」
「ないわよ。もう少し一緒にいたかっただけ。」
席を移動して彼女の隣に座る。
「本気になってしまうよ?」
「本気なのでしょう?」
「ああ。」
彼女の腰に手を回し身体を引き寄せる。彼女が僕を見る。僕から顔を近づけてキスをする。
「いいのかい?」
「夜中に女が男の部屋に来る。そういうことでしょう?」
僕は彼女を抱きしめた。
翌朝目覚めたとき、ベッドには彼女の姿が無く、玄関のドアが閉まる音を聞いた。