表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

再会(後半)


翌日。

葬儀と告別式に参列する。座席の順序から彼女は僕の隣に座り、彼女の希望で一緒に焼香する。その後の火葬式でも彼女は僕の傍らに居り、式の最中のため無駄口はしないが、簡単な会話や目配せにより意思疎通をする。まるであの頃のようだと、不謹慎と思いながら内心で嬉しく思う。式は滞りなく進み、最後まで彼女と共に居た。

式後に伯母さんの家に寄る。昨日と同じ部屋に、昨日と同じように彼女と座る。仏前に伯母さんが座っている。


「望美さんが傍に居てくれて心強かった。僕だけだったらいくつか失敗していただろう。」

「そう。」

「ここに住んでいるのかい?」

「勤務先から近いところにマンションを借りているわ。」

「もし良ければ、、。」


僕は言葉を途中でとめる。伯父さんの供養も終わっていないのに不謹慎と思った。


「初七日も来る?」

「ええ。あなたは?」

「来るよ。君に会いに。」

「そう。」

「拒否しないんだね。」

「なぜ? わたしには理由が無いわ。父を悼んでくれるのでしょう?」

「・・・そうだね。」


彼女はまっすぐ僕をみている。僕は姿勢を正し、彼女をまっすぐ見る。


「伯父さんを送ったあと、一緒に食事をしないか。レストランを予約するよ。」

「いいわよ。」

「ありがとう。」



初七日は法要をせず弔問のみ行った。彼女の希望で彼女と並んで座り、弔問に来た人に挨拶をする。夫婦ではないのだが、彼女が寂しそうに見え、彼女の隣にいることを選んだ。


夕方になり、伯母さんに挨拶をしてから、彼女とふたりでタクシーに乗る。彼女は真剣な表情をしながらも素直に僕に従う。20分ほどでタクシーが停車し、予約していたレストランに着いた。クラッシックな雰囲気で居心地が良い。

対面で席に着き、彼女を見る。彼女は辺りをさりげなく見渡している。再会してから一度も彼女の笑顔を見ていない。叔父さんが亡くなってまだ7日だ。仕方ないものと思う。


「良い店を知っているのね。よく来るの?」

「知人から紹介してもらった。来るのは二回目かな。」

「以前は女性と?」

「ああ。だけど君が勘繰るような間柄ではないよ。」

「そう。」


ワインが注がれ、ひと口飲む。


「少し甘いけど、おいしいわ。」

「よかった。」

「ふたりでお酒を飲むなんて、初めてね。」

「いつから飲むようになったんだい?」

「あなたは?」

「仕事の付き合いでね。」

「そう。私は、・・・言えないわ。」

「いいよ。」

「優しいのね。」


食事をしながら今の暮らしぶりの話をする。彼女の表情は終始変わらない。彼女はあの頃から変わったのだろうか。冷静に言葉を選びながら的確な言葉を返してくる。僕を試しているのか、ただ落ち着いているだけなのか、その態度からは読み取れない。ただそれは僕も同じだろう。彼女の質問に言葉を選んで返す。ビジネスシーンでは常に冷静で在れ。学生時代に家庭教師としての彼女が教えてくれた。

僕は苦笑する。いまはビジネスではないだろ。何をやっているんだ。


「どうしたの?」


僕が無為に表情を崩したのを見て彼女が問う。


「何でもない。昔のことを少し思い出してね。」


僕は深く息をしてから、顎の前で手を組み両肘をテーブルに乗せた。


「僕達は、いままでの時間を埋めていく必要があると思うんだ。」

「珍しいわね。あなたが情熱的なことを言うなんて。」

「仕事柄、役作りを勉強したんだ。勉強の大切さを君が教えてくれた。助かっている。」

「そうね。私の知らないあなたがいる。そして、わたしも変わったわ。」

「僕の知らない君を見つけてみせるよ。」

「・・・口説いているの?」

「君が望むのなら。」

「そう。」


彼女は物思いにふける。僕は姿勢を正して彼女の返答を待つ。行儀が悪いと言われなくてよかったと内心ほっとした。


「強くなったのね。あなたなら他にも好意を寄せてくれる人がいるでしょうに。わたしは歳をとったわ。」

「愚問だよ。」

「優しいのね。」

「違うよ。僕は本気なんだ。君を手に入れるためなら何でもする。」

「饒舌ね。」

「君を好きなんだ。」

「・・・少し考えさせて。」


その後、言葉少ないまま食事が終わり、レストランを出た。

既に遅い時間になっており夜風が冷たい。僕は上着を脱いで彼女にかけた。


「タクシーを呼ぶよ。」

「ありがとう。あなたは?」

「うちはこの近くなんだ。歩いて帰るよ。」

「わたしも、いいかしら。」

「うちに?」

「ええ。エスコートしていただけるかしら。」

「ご招待いたします。お嬢様。」

「ありがと。楽しいわ。」


彼女が少し微笑みを見せたような気がした。



僕のマンションに着き、ドアを開けて彼女を招く。


「広いわね。これで一人暮らし?」

「そうだよ。」

「家族で住めるんじゃない? 誰かと住むつもりだったの?」

「君とね。」

「え?」

「君と住むために買ったんだ。」


彼女は唖然(あぜん)とする。


「冗談だ。事務所兼自宅として買ったんだ。アシスタントの仮眠室も必要だった。今は事務所は別に借りているから、誰も居ないよ。」


居間に行く。


「適当に座ってくれ。お茶にしよう、紅茶が好きだったね、用意するよ。」

「お酒はあるかしら。」

「ひと通りあるけど、ワインにするかい?」

「お願い。」


保冷庫からワインを取りだす。


「貰い物なんだ。味はわからないよ。」


彼女の斜め前に座る。

グラスにワインを注ぎ、乾杯してひと口飲んだ。


「美味しいわ。」

「ありがとう、送り主に礼を言っておくよ。」


しばらくワインを飲みながら彼女が話し始めるのを待つ。しかし彼女は静かにワインを飲んでおり、話し始める気配がない。


「なにか用があるのでは?」

「ないわよ。もう少し一緒にいたかっただけ。」


席を移動して彼女の隣に座る。


「本気になってしまうよ?」

「本気なのでしょう?」

「ああ。」


彼女の腰に手を回し身体を引き寄せる。彼女が僕を見る。僕から顔を近づけてキスをする。


「いいのかい?」

「夜中に女が男の部屋に来る。そういうことでしょう?」


僕は彼女を抱きしめた。



翌朝目覚めたとき、ベッドには彼女の姿が無く、玄関のドアが閉まる音を聞いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ