本当の気持ち
恵美の視点
目が覚めると見知らぬベッドに居た。隣には誰もいない。
昨晩は部長と一緒にいたはず。どうしたのか思い出せない。服は乱れていなかった。
テーブルにバッグが置かれており、近くに書き置きを見つけた。
部長らしい。短いが思いやりを感じる。
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朝9時に会社に来なさい。
遅くなってもいいよ。待っているから。
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いまの時刻は7時過ぎ。スマホで場所を見ると会社の近くだった。時間はある。身支度を整え、9時前にホテルをチェックアウトする。支払いは済んでいた。
会社に着くと部長が座っている。
わたしの姿を見ると、立ち上がった。
「おはよう。」
「おはようございます。昨日はありがとうございました。ご迷惑を掛けたようで、ごめんなさい。」
「嬉しかったよ。君を娘のように思っているから。娘と一緒に出かけるのは、こういうものなのかな。」
部長は昔を思い出しているようだ。
「新人の君が来たときに、娘が帰ってきたように思ったんだ。以来、君を手元に置かせてもらった。君が優秀なこともあるがね。娘のために手を尽くすのが父親だろう?」
部長の姿に、お父さんの姿が重なる。
「・・・お父さん?」
「ああ、お父さんだと思って何でも相談してごらん。悩みは何かな。」
涙が溢れる。
「彼と別れたの。もう好きではないって、わたしから言ってしまった。」
部長の胸に飛び込み、涙を流す。
「彼を嫌いになったのかい?」
「ううん。」
「まだ好きなのかい?」
「・・・。」
部長がわたしの頭を撫でる。
「誰も見ていないよ。強くある必要はないんだ。お父さんに本当の気持ちを言ってごらん。」
部長の優しい言葉に、感情が溢れた。
「わからないの。わたしがまーくんをどう思っているのか、わからないの。」
声を出して、憚らずに子供のように泣いた。
しばらくして落ち着くまで、部長は何も言わず、優しく抱いていてくれた。
「ごめんなさい」
「落ち着いたか?」
「うん。」
少し無言の時間があったが、嫌な感じはしなかった。お父さんのように温かい。
「今度出す商品のポスターは見たか?」
「ううん、まだ。」
「そこの壁に貼ってある。見てごらん。」
ポスターを見る。
楽しげに女性が走っている。
これは、わたし?
溢れるような笑顔で絵の中のわたしは躍動している。
いや、これはわたしではない、だってわたしは笑えないもの。
だけど、、
食い入るように見る。
後ろに小さく描かれた男性。この構図。以前に見たことがある、懐かしい。彼の姿を思い浮かべた。
ハッとする。この絵は、彼の絵?
「書き上がるまで1ヶ月近くかかった。その間に連載を休止したり、彼と出版社は大変だったようだが、、、。
気がついたかな。この絵は君だよ。世界一の笑顔を描いてもらった。君の彼にね。」
やっぱりわたし。これがわたし。彼が描いた、世界一のわたし。
また涙が溢れる。今度は嬉しい涙。
「いい作品だろ?」
「はい!」
「いい笑顔だ。」
「部長、大好き。本当のお父さんみたい。」
部長はうなずき、わたしの頭を撫でる。
「行ってきなさい。」
「はい!」
彼のマンションまで急いで向かう。
ドアをあける。
彼の姿が見えた。
彼の胸に飛び込む。
まーくん、好きよ。愛してる!