プロローグ
日曜日の夕方。仕事で忙しい彼女に合わせて駅前で待ち合わせをした。少し遅れて彼女が到着し、駅前のカフェに入る。彼女は紅茶、僕はコーラを注文する。
「ごめんね。忙しいところ邪魔しちゃって。」
「ううん、いいのよ。あなたに会うのも大事だわ。」
彼女が忙しいことを知っていたが、どうしても急いで伝えたくて、彼女の帰る時間に合わせて待ち合わせをした。
「話しってなに?」
「入賞したんだ。ほら見て。」
「凄いじゃない。夢が叶ったわね、おめでとう。毎日頑張っていたものね。」
「はは、ありがとう。」
店員が来てドリンクが置かれる。
「これからもっと書いていくよ。連載を取りたいんだ。応援して欲しい。」
「勉強は続けるのよね?」
「もちろん。大学は卒業する。その後はこれで生活したい。」
「駄目よ。卒業したら会社に入る。空いた時間で夢を続けなさい。入る会社も内定を貰っているでしょ? 一流企業よ。将来性もあるわ。」
「そんな簡単なものではないよ。連載を取るためにも集中したい。君が望む会社に入るのもひとつの答えだろうけど、だけど僕には夢がある。賞も取ったんだ、道は開けている。夢に向かって行くことも選べるのではないか。」
「あなたの夢は苦難の道だわ。その仕事だけで生活できる人は一握りよ。」
「わかっているよ。だけど夢なんだ、挑戦したい。ここで選ばなければ後悔する。」
「あんなに頑張って勉強したのを忘れたの? あなたの夢では努力を活かせないわ。一流の会社に入れるようにあなたを育てたのよ。」
「君には感謝している。とても言い切れないくらいにね。だけど僕は夢を選びたい。」
「決意は硬いのね?」
「ああ。」
「そう、残念だわ。わたし達ここでお別れね。」
「え?」
彼女がなにを言ったのか理解が追いつかない。彼女が去る? 側にいない? 考えられない。彼女は僕と一緒に居てくれる、一緒にいることが普通と思っていた。
「一緒にいて欲しい。君がいないことに僕は耐えられない。」
「嫌よ。そのような軟弱者が夢を掴めるのかしら。失敗すると分かっている人とは一緒にいられないわ。」
「くっ」
言い返せない。
「さよなら。」
彼女が席を立ち、店から出ていく。彼女の性格から何を言っても無駄だと知っている。決めたことは覆らない。
僕は、見送ることしかできなかった。
翌日、速達で封書が届く。
婚約解消の連絡だった。
あれから10年が経った頃、彼女の父親である伯父さんが亡くなったと連絡があった。