ある男の話 後編
続きです。一応全年齢対象ですが一応グロ注意です
工事現場の前は冷たい風が吹き荒れ、人は誰もいないように見えた。
「…警備がいるかもしれないな。だが透明なら…!」
透明というだけで自信満々な男。その姿はあまりにも無謀だ。
「じゃあ、気を付けてね」
「おう、任せてくれ!」
男は工事現場のバリケードを自慢の身体能力でくぐり抜け、荷物の重なる通路を進んでいく。ディバはそんな男の背中を見つめていた。
今の彼は大きな力を手にした気分に溺れ、殺人を犯したことなど忘れていた。昔から何かあるとすぐに調子に乗り出す性格なのだ。男はすぐに例の建設中の施設前にたどり着く。
施設はだいぶ出来上がっており、形が成り立っていた。
「こんなの余裕だぜ!」
男は施設の近くにある荷物の上にのぼり、施設を簡単に登っていく。冷たい風が吹き荒れ、男の服を揺らす。
あっという間に施設の上に登った男。回りを見渡すと沢山灰色の鉄の塊が落ちている。カクカクとまるでブロックのような形をしていた。
「これがディバのお望みのものか」
男は鉄の塊を拾い、下に落としていく。一つ一つはかなり重量があり、一人で沢山持ち運ぶのはとてもじゃないが無理だ。
鉄の塊は残り1つとなった。
「よし、あと1つ…ん?」
鉄の塊を拾い上げようとした男は地上にいる何者かに気がついた。その何者かはこちらをゆっくりと見上げる。青い帽子をかぶり、灰色のジャケットを着た男と同じくらいの年齢と思われる男性だ。
「あれは…?まさか俺に気づいてるわけないよな。このバッジがあるし…」
しかしその男性は明らかに男と目があっていた。そして信じらないことが起きたのはこの後だった。
何と男性の足が地上から離れ、その場で宙に浮いたのだ。これには不思議なアイテムを持つ男でさえも驚きを隠せない。男性は男のいる施設の屋上まですぐに浮かび上がり、屋上に足をおろした。その顔を見た男は青ざめ、声をあげる。
「…お前は…A田!」
その男性は、男が殺したはずのA田だった。その顔は真っ青に青ざめ、胸には大きな切り傷がついている。
「……」
A田は男を生気のない目で見つめる。その目は見開いて血走り、瞳の奥深くに怨念を宿していた。無言のまま男に近づき、片手を突きだす。
「…お前、酷い…じゃないか…なんで、なんで殺した…」
ゾンビのような足取りで迫るA田。男は恐怖に顔を歪める。
「逃げようとしても…無駄だ。その…そのバッジが…俺を引き寄せる…」
男はようやく気づいた。このバッジは良いことばかり起こす物ではなかったのだ。A田は男をますます睨み付け、目が飛び出しそうだ。
「ディ、ディバ!!!こいつは一体!!」
男は遠くにいるディバに向かって叫ぶ。何故かディバは遠くにいるはずなのに、その静かな声は耳元にはっきり聞こえてくる。
「…はめられてたことに今更気がついたの?ただ透明になるだけのバッジを手にして何が楽しかった?世の中そんな良いことばかりな訳ないじゃない」
男はやっと恐怖に気が付いた。確かに、そうだ。
透明になれるバッジなんて怪しい以外の何でもなかった。だが、何もかも手遅れだ。A田はいつの間にか凄い速さで男に詰めよっており、目の前に顔を近づけてくる。
「さあ…俺の人生を奪ったんだ…お前の人生を奪っても…何も問題ないよな…?ああ…!!」
それを言うとA田の両目が別々の方向を向き、顔から血をダラダラと流し始めた。男はあまりの恐怖に狭い屋上の上を走る。
「や、やだぁ!助けてくれ!!助けてくれー!!」
しかしディバは何もせず、男を見つめるだけ。男は恐怖と同時にディバに怒りを覚える。
「…何だよ、何で助けてくれないんだよ!!」
男は足元に鉄の塊があることに気が付いた。
「…そうだ。あいつはこんなバッジを俺にやった。すなわち俺を殺そうとしたんだ…俺があいつを殺しても…!」
A田を殺したときと同じ感覚だった。後先考えずに勝手に怒りに身をとられる男の弱さ。鉄の塊を持ち上げる男の手は、震えていた。そんな男の耳元に、はっきりと声が聞こえてきた。
「そう。それを狙ってたの。貴方の弱い、弱い感情」
男は唸り、鉄の塊を投げ飛ばす。
その瞬間、ディバ、A田が姿を消した。
「なっ!?」
男は何が起きたのか分からない。男が一人たたずむなか、鉄の塊は大きな音をたててその場に落ちる。
冷たい風がふき、木々を揺らす。
「…一体なんだった?夢なのか…?」
男は頭をかきながら夜道を進む。この恐ろしい出来事にようやく男は罪の意識を覚えたらしく、罪を償うため、そして恐怖から逃れるためにあることを考えた。
「…俺は今まで何してた?なにげにとんでもない事をしちまった…そうだ。もう警察に自首しよう!」
男は警察署へ向かう。覚悟を決めたためか、不思議と足取りは軽かった。
警察署では一人の警官が周囲をキョロキョロ見渡していた。
「…」
男は息を吸い、警官に言った。
「す、すみません…あの、じ、じ、自首…しに…ん?」
警官は聞こえてないのか、男の方には見向きもしない。
「…?あ、あの、すみません」
男は更に近づいて警察に声をかける。だが声が聞こえていないようだった。
「ちょっと、すみません!」
肩を叩いても何をしてもこちらに気づかない警官。
「どうなってんだ?」
首をかしげると近くにいた学生が目についた。
「あっ、ちょっと!そこの人」
悪い予感がした男は学生に声をかけるが、その学生も全く男に気づかないのだ。目の前に立って大声で呼び掛けても、一切反応がない。
「…ま、まさか…」
謎の恐怖心にかられる男。恐る恐る胸を見ると…
「こ、これは…」
青いバッジだ。あのバッジがしっかりついていたのだ。
「で、でも何故だ!?声は聞こえるはず…!」
「残念ね」
背後から声が聞こえた。振り替えるとそこにはディバが立っていた。
「ディ、ディバ!」
ディバは男のバッジを指差す。
「そのバッジを長時間つけていると回りから一切存在を認識されなくなる。死ぬまでだれにも気づかれないままよ。たとえどんな事をしてもね」
「う、嘘だ!そんな事…」
男はバッジを外そうとする。
「あら、それを外してもいいけどそれは今あなたの心臓と結合してるの。無理に外せば地獄のような痛みを味わいながらゆっくり時間をかけて死んでいくわよ」
手を話す男。その顔は真っ青だった。ディバはクスクス笑いながら近づく。
「あなたの心の弱さ。じっくり見せてもらった。良い暇潰しになったわ。それじゃあね」
ディバは手を振りながら霧のように消えてしまった。
「そ、そんな!おい!助けてくれ!!」
男は何とか存在に気づいてもらおうと近くにあった箱を投げ飛ばす。だが周囲の人々はそれすら気にとめない。思いきって石を人にぶつけてみるがそれすら気づかれない。
男の存在だけが、この世界から切り離されてしまっているのだ。
「…痛みを味わいながら死ぬより、一瞬で…!」
男は手に持つナイフを見た。ゆっくり痛みを味わうより、これで死んだ方が!
そう感じた男は思いきって心臓にナイフを突き刺す!!
「ぐっ…うあああっ!!」
膝をつく男。胸からは血が溢れだし、心臓がどくどく激しく鳴る。
「だ、だが…これで…死ねる…!」
しかしいつまでたっても気を失わない。ナイフで心臓を刺してるのにも関わらずだ。
「…!!こ、これもバッジの力か…!」
その時、男の耳にディバの声が…
「あーあ馬鹿なことして。そのバッジを外して死なないと、その痛みを一生味わい続けるわよ。どっちにしろ痛くて苦しい人生になったわね」
無慈悲な笑い声が男を嘲笑った…。
「ふふ、人間は本当に面白いわね。さ、次は誰かしら?」
洋風の綺麗な白い建物は、夜闇を照らす電灯と共に、怪しくたたずんでいた。
ディバシリーズはまた投稿してみようと思います