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英雄飼殺鎮魂歌

「そこで私はこう言ったのだ。『イーロン、全力で防御だ!! だが、別にアレを倒してしまってもかまわんのだぞ?』とな」

「さすロジェ!」

「そこにシビれる! あこがれないィ!」

「フゥーハハハ! 任せたまえ! 王都の平和は我等が守る!! 全力でだ!! あ、ちょっとは憧れてくれ」


 そこはロージェン達がいつも同期とクダを巻いている酒場。

 ハイドはロージェンに誘われて彼等の飲み会に参加していた。

 ロージェン達の同期と杯を重ねながらも、ハイドは一歩引いた位置でその団欒を眺めていた。

 とはいえ、飲み会がつまらないとか、面子に馴染めないとかではない。

 ただ発言を控えて皆の発言、表情、感情などを楽しんでいるだけで、ハイドは彼等との飲み会を楽しく過ごしていた。


 やがて夜も更け酔いが回る直前となった頃、ハイドはそっと席を立った。


「帰るのか?」

「うん、酔いが回ってきたしね」


 口々に「気をつけて帰れよー」と皆に言われ、ハイドは微笑んで酒場のドアを出た。


 外に出たハイドは不意の突風に見舞われた。

 そこに紛れた雪の粒がハイドの頬に降り立ち、火照った頬を僅かに静めた。

 空を見上げれば、ちょうど雪が降り始めていた。

 手を伸ばし、指先に降りる雪粒の感触を楽しむ。


 これは朝には積もっていそうだなと思ったハイドは、ふと子供の頃に見た雪原を思い出した。

 そして雪原の記憶に喚起され、幼馴染の過去を連想する。


 ロージェンを小隊長に推薦したのはハイドだった。

 そしてそれは友人の出世を援助するものではない。

 むしろその逆、その推薦は、ロージェンをそれ以上、出世させないためであった。


 ロージェンはハイドと同じ故郷の村において英雄であった。

 雪が地を白く包む中、村が子鬼の群れに襲われた時に村人の指揮を執ったのがロージェンなのだ。


 その戦いの結果は完勝。


 百を超える子鬼の群れに、三十人ほどの戦える村人はロージェンの下に一丸となり、完璧な指揮と奇抜な作戦を以って僅かに一人の犠牲も無くその全ての敵を屠った。

 村人が歓喜に湧き、ロージェンを囲む中、ふとハイドだけがその光景の違和感に気が付いた。


 その違和感は何か。


 ロージェンとハイドは同い年の幼馴染である。

 そして村が子鬼の群れに襲われた時、ハイドは僅か六歳の子供であった。


 つまりロージェンも当時六歳であり、それまではどこにでもいる何の変哲も無い子供だったのだ。


 子鬼の襲撃に気が付いた時、大人達は大いに慌てた。

 故郷の村は王都に程近く、外敵に襲われる経験など何十年と経験していなかったのだ。

 攻勢か、防御か、意見がまとまる事は無く、村は為すすべも無く子鬼の群れに踏み荒されるかに見えた。


 そこに子供のロージェンが活を入れ、矢継ぎ早に指示を出した。


 指揮権は速やかにロージェンに譲渡され、大人達は即座に動き出した。

 僅か六歳の子供の指揮下に入る事に、誰も違和感を感じていなかったのだ。

 そして村の興亡を巡る戦いは完勝に終わる。


 大人達は子供のロージェンを担ぎ上げ、勝利の勝ち鬨を上げていた。


 違和感に気が付いてみれば、そこに広がる光景は酷く不気味なものであった。

 誰もが疑う事無くロージェンを指揮官として認めていた。

 大勢の大人に囲まれ、褒め称えられ、まるでそれが当然かのように快活に笑う幼いロージェンが、なにか得体の知れない化物のように見えた。


 それがハイドの原風景だった。


 そこからハイドの意識は変わった。

 元々そういう才能があったのだろう。ハイドは前にも増して周囲を観察、分析するようになった。

 誰もが疑問に思わないことにも疑いの目を向け、真の意味を模索した。

 その観察眼と人の心理を見抜く洞察力は、やがて密偵としての一流の技術へと昇華した。


 他の子供達より早くに自分の才と進路を見出したハイドは、一足先に子供時代を自ら終わらせた。

 一人王都を訪れ、第六王子の目に留まり、密偵として働くようになった。


 そして密偵として磨かれた頃にロージェンが王都にやってきた。


 大きくなり、現実を知ったハイドは、やはりあの日の村の出来事が異様な出来事であったのだと客観的に分析できるようになっていた。

 そしてそれは、王都に来て兵士として軍に入隊したロージェンの才に、今も寸分の翳りも無いことが明白に理解できる技能にもなった。


 一平卒として入隊したロージェンは、目上を立て、配下を慈しみ、見る間に軍功を上げた。

 和を乱さず、上司を助け、配下を救い、戦場を制御する能力を彼は確かに持っていた。


 大将軍の才。


 類まれなる指揮官の存在は、弱兵を精兵へと変える。

 生来持った人を引き付け感銘を与える風格は、弱兵を死兵へと変える。

 それが弱兵ではなく精兵であるならば、それは手をつけられない存在である。

 そして、この国はその出自より精兵の集団である。


 大将軍の才。言い換えれば英雄の才がロージェンにあるのは明らかだった。

 事実、ふと話題に出した際、人事の鬼足る第六王子もそれを否定しなかった。


 このままではロージェンはみるみるとその才を伸ばし、やがて軍部の頂点に立つことは上層部の誰の目からも明らかだった。

 そしてそのカリスマ性故に極大に膨れ上がった軍事力は鎮国に留まらず、外に飛び放つ矢となる事も。


 ハイドにはその先の未来が見えた。この国が大陸を制覇する覇者となることを。

 そして、密偵としての情報力を統合した結果、それは間違いない事実と確信した。


 故にハイドは第六王子に陳述した。

 即ち『あなた方が大陸の覇者になっても良いのですか!?』と。


 その発言は王族のみならず、王国の全ての貴族に動乱を与えた。

 なぜならこの国の貴族は誰もそんな事を望んでいないからだ。


 この国の成り立ちは十六の豪族からなる連合から始まっている。

 豪族とは、即ち土着の権力者である。

 元々、この地は周囲に比べて恵まれていると言える豊穣の大地であった。

 戦乱とは、足りぬ事から起きる事故、この地には元より戦乱は無かったのだ。

 しかし、地元に戦乱は無くとも、貧窮した他国より攻められることは多々ある。

 この地を治める十六氏族に争いは無けれど、しかし周囲は戦乱の果てに糾合し、力を蓄えた。

 それに対抗するために組んだ同盟がこの国の始まりである。

 

 しかし、この地の豪族。つまり今は三侯爵十二伯爵である彼等は、足りているゆえ無駄な責任を拒んだ。

 その結果、とりあえず中心地域にいる今の王族が王に押し付けられたわけである。

 そんな成り立ちの訳だから自衛力は頂点を極めて過剰なほどだが、不毛な外国領土に興味などあるわけも無い。


 何が言いたいのかといえば、この国の貴族総意の下、大陸制覇など真っ平御免なのである。

 今のままなら国内だけで十分に良い暮らしが出来るのに、誰が恵まれない領地を持つ他国を態々制圧して面倒など見たいものか。


 そんな貴き?御方々の思惑を理解していたハイドが行った献策が特殊小隊長への抜擢であった。


 権限もある。栄誉もある。しかし特殊部隊ゆえこれ以上の出世は無い。


 つまり、飼殺しにしようという策である。


 即座にその策は実行され、ロージェンは第六王子直轄特殊小隊の小隊長に抜擢された。

 その策はうまくいっている様に見えた。

 とはいえ、うまく行き過ぎている気がするが。


 彼ならうまく使いこなせるだろうと宛がった小隊員は、しかし正直なところもう少し手綱を取るのに時間がかかると思っていたのだ。



『災厄の魔女』テルル

 彼女は最古の魔女の転生体であり、生まれながらに高い知性と能力、そして精神を持っていた。

 しかし幼い故に侮られ、自衛のために発揮する力を誰からも制御不十分として恐れられていた。

 だがロージェンは身体的に幼い事を認めつつも、その精神が熟成している事を尊重し、あるがままの彼女をすんなりと自然体で受け入れた。

 彼女を生んだ両親にはその自然体があった。

 そして彼女はただ、その自然体を他にも求めていたのだろう。


『狂気の神童』メルク

 テルルの双子の弟は、不幸にも頭が良すぎた。

 頭が良すぎる故に生の情も不情もさらりと受け止め、人からは狂気と呼ばれる行為に踏み込むのも躊躇が無かった。

 それを止めるのは大人の義務であるが、しかし当然のように嫌悪を含むその行動は姉に止められた。テルルを受け入れた彼彼女らの両親すら全面的には受け止めきれず、テルルの過保護により野放しにされていた。

 ロージェンは、そんな狂気の有様を子供特有の残虐さとして受け止めた。

 理解しつつ、導かねばと緩やかに邁進するその姿は、彼の姉を以ってしても止められなかった。


『不幸の呼び手』ソルティ

 彼女の扱いは、正に腫れ物を扱うそれだった。

 彼女自身に咎は無い。ただ彼女が感じる幸せと等価に周囲に不幸が訪れただけだ。

 今ならば彼女は彼女自身の力を制御できず、幸せがあるなら不幸も同じだけあると妄執していたことが分かる。

 そんな彼女に、ロージェンは『幸、不幸を司る女神』と決め付け、皆唯幸せに生きようと手を取った。

 そして今、彼女は彼の『運命の女神』であり、国にとっても同一である。


 さらには『神殺し』イーロン

 ロージェンは誤解しているようだが、イーロンは軍属ではない。

 彼の身元は誰も知らない。

 特殊小隊が結成されたあの日、なぜか当然のようにそこにいたのだ。

 ただ、その技能と得物が彼を神をも殺す存在と示している。


 今とならば今更だが、当時はこんな人材を纏めるなんて不可能だろうと思われていた。

 それを承知で押し付けたのだ。

 よしんば出来るとしても長い年月がかかるだろうと思われていたのだが、しかし現状は想定以上にすんなりと隊は纏められ、日々国と世界を守っている。


 飼殺し策を提供したハイドは常に背徳感を抱いていた。

 友人が飛翔する機会を自らが奪ったのではないだろうかと。


 けれども今はそんな感情は無い。

 言うなれば逃避の境地であるが、英雄に枷を着けるなど凡人には不可能だと十三年の年を経て悟ったのである。


 誰が兵站も必要とせず集団を圧倒する個の集団を容易く編成する技術を持つものが生まれると推測できたろう。

 誰が自らも極位の力を持ち、個にて国を滅ぼす集団を子として管理する存在があると知れただろうか。

 誰が神をも殺し、魔神を軽くあしらう存在が自ら頭を垂れると思っただろう。


 この先に来る未来に戦慄する。

 この大地の行き先は、全て彼の自制心にかかっているだろう。


 でも、同時に思う。

 今が恐らくは一番幸せな状況だと。


 明日も今日と同じ平和が続きますように。

 先ほどのロージェンの振る舞いを思い出してクスリと笑いつつ、ハイドは舞い散る雪に願いを込め、家路についた。

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