表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

叛乱狂想曲

「平和だなぁ」


 場所は郊外の平原。座敷シートに腰掛け、テルメル達子供組が作業する様を眺めながら、私はほのぼのとした気分で呟いた。

 平和とは尊いものだ。なにせ心を平穏にしてくれる。故に平和とは善であり尊いものなのだ。

 対して厄介ごと。サルファやら第六王子殿下から賜るアレ。アレ完全に悪である。

 我が毛根に対して深刻な致命傷を与えてくれる故にアレ等は憎むべき悪であり、我等が駆逐すべき敵である。ついでに我が毛根もだいぶ駆逐されてしまった気がする。


 どうでも良い話はさておき。

 さて、現在我等が小隊は総員にて郊外の森へと軍事演習へ来ていた。軍事演習とは言ったがそれは名目上のもので、実際にはメルクの実験演習である。


 実験装置はなにやら危険物であるらしく、我等ロージェン、イーロン、ソルティの大人組は触らせてもらえず、我等はメルクが用意した妙に撥水性の高い座敷シートに座り、子供組の作業を眺めている。

 内容としては国民全体の生活に役立つ新技術確立のための基礎実験との事であるが、テルメル姉弟の実験というだけで物騒感が半端無い。まあいざとなればイーロンがいるから大丈夫だろう。


「タイチョーどうぞ。イーロンさんもはい」

「うむ、ありがたくいただこう」


 ソルティが保温瓶から注いでくれた紅茶をありがたくいただく。メルクが発明した保温瓶に入れていた紅茶はまるで淹れたてが如く温かさである。何でも『内容空間に隣接する部分に真空の層を作ることにより伝熱を防ぎ、内容壁を鏡にして輻射を防いでいる』とからしいが、私からしたらどれも魔法の言葉である。科学と魔法は対極に位置するらしいが、その説明を受けた私がまるで魔法のようだと思うのはこれ如何に。まあ、ただただ使うだけの身分としては、どちらもただの便利な道具である。大体の物事は便利であればそれで良いのだ。


 のんびりテルメル姉弟の作業を見守ると、なにやらテルルが金属製の筒を高速回転させていた。それが何をもたらすのかと観察していると、装置から伸びていた金属製の線の先から雷が落ちた。都度都度落ちていた晴天の雷はやはりテルメル姉弟の仕業であったらしい。


「タイチョーもイーロンさんもサンドイッチどうですか?」

「ありがたくいただこう」


 ソルティに差し出されたバスケットからタマゴサンドをチョイスして口に運ぶ。程良く塩味が利いていて非常に美味い。イーロンも無言ながら仄かに幸せそうである。ソルティは良い嫁になるだろうな。


「平和だなぁ」

「そうですねぇ」


 紅茶を啜りながらソルティとともにほのぼのと呟く。

 目の前では雷が落ちまくっているが、その程度は平和の範疇だろう。


 空を見ればピーヒョロロロと鳴くトンビならぬキメラが羽ばたいている。

 メルクが創生したキメラは人事の鬼足る第六王子殿下の魔の手に落ち、国の使役獣として正式に認可された。ひとまずは空翔る配達獣として配備されたキメラは、今では空を見上げれば一匹二匹見つかる活躍ぶりだ。


 あんなものが蔓延ったら配達人の方々は職を追われるのではと思ったが、実際にはただ配達業が効率化されているだけらしい。それはそうだ、キメラは人語を話せない。故に人員の付随は必須事項であり、今までの配達人さん達はただキメラを駆るキメラライダーとなってお仕事を続けている。効率が上がれば人員が削減されるかといえばそんなことも無く、ただ足りない供給に応える形となり、業界は益々盛んとなるばかりである。ビジュアル的にも格好良いので、今ではキメラライダーはちょっとした憧れの職業である。


 国防も兼ねている強面の獣の癖に、実は物すら食わぬ人畜無害な益獣という事実は最初に広まっており、最近では空き時間に空き地で日光浴(光合成)をしているキメラに子供が群がり、共に日向ぼっこをしている風景を見るのも難しいことではない。実に平和な光景に近所の皆様方もほっこりである。


 それはともかく平和である。

 しかしながらこの状況は……


「なんだか家族でピクニックに来たような状況だな」


 平原にシートを敷いてバスケットのサンドイッチを摘みつつ子供達の作業を見守るその有様は、さながら家族でピクニックに来た様な様相である。


「私が父親役ならば、テルメル姉弟は子供だろう。イーロンは私の兄として、ソルティは私のお嫁さんかな?」


 それにしては親と子供の年の差が近すぎるが、残念ながら無駄に老けてしまった私の外見的にはセーフである。


「本当にソルティが私のお嫁さんだったら、私は幸せ者だろうがな」


 はっはっはっと私は笑う。私も既に適齢期である。ソルティのような甲斐甲斐しい嫁さんが欲しいところだが、まあこの小隊の隊長をやっている限りは嫁さんを探す暇など無いだろう。


「やだもうタイチョーったら!」


 照れたソルティが全力で腕をぶん回し、私にツッコミの一撃を入れようとした。


 その瞬間、平和ボケから一気に覚醒した私は全力で以ってソルティの一撃を避けた。


 先ほどまで私がいた空間にソルティの音速の張り手が通り抜ける。その後には巨大なつむじ風が舞い草木を揺らした。

 ソルティは長女故か若干オバサンが入っている。そのため気を置かない私に対しては気軽にツッコミを入れてくれるのだが、規格外の肉体から織り成されるその一撃は、鍛えているとはいえあくまで規格内の我が肉体には致命の一撃である。

 普段のソルティの朗らかさから私は思わず突っ込まれるような言動をしてしまうが、ソルティのツッコミを避け切れなかった時が私の最後の日となるだろう。


「ロージェン!!」


 そんな命がけのコントを繰り広げていた私の横に、いつの間にやらハイドがいた。


「どうしたハイド。目がマジだが」


 いつもなら「コントかな? それにしては物騒だけど」くらいのチャチャは入れてくれるのだが、今日は雰囲気が違った。


「ロージェン。緊急事態だ。クーデターが起こる」

「なんですと!?」


 思わず口から出た言葉の剽軽さとは裏腹に、私の頭は冷えて冴え始めた。


     §


 その男、キャスパー・リンチは隣国から潜入した、いわゆる潜入工作員という存在である。

 そして今、正に、この国にクーデターの気風を起こそうとしている首謀者であった。


 彼の仕事はこの国の反乱分子を纏め上げ、クーデターを引き起こすことである。

 クーデター自体は成功しても失敗してもどうでも良い。ようするに内乱を起こし、国力を下げるのが目的なのだ。

 無茶振りも良いところな指令であるが、しかし彼は他国にて何度もそれを成し遂げている、謂わば革命のプロだった。

 人が集まれば多かれ少なかれ不平不満は出る。彼はそんな潜在的不穏分子に接触し、言葉巧みにクーデターの指導者と組織を作り上げるスペシャリストでなのだ。


 だがしかし、彼のこの国での潜入工作の歴史は苦難の連続であり、事実上、敗北の憂き目に合っていた。


 いかんせん、この国は平和すぎたのだ。


 衣食足りて礼節を知るというが、この国は妙に国民に甘く、衣も食も住も足りていた。そんな国では犠牲を払ってでも革命を起こそうなどという人物が現れるわけも無く、いるのはただカリスマになれる素質も無い不良少年か、生粋の社会不適合者のみであった。


 つまりは、革命を起こそうにも、この国にはその土台となるものがまるで無かったのだ。


 如何な革命のプロとは言えども、核となる人材がいなければどうしようもない。

 平和ボケしたこの国の気質を恨みながらも何度も挫折を味わい、挫折感のどん底で思い悩んだ彼は、とうとう自身の信条を曲げることにした。

 そう、彼は自らクーデターの首謀者として立ち上がったのだ。


 そうして己が生涯を通して磨き上げたありとあらゆる技巧を駆使し、全力を以って糾合した人材が今目の前にいる100名余りの人材である。


 目の前の血に飢えた社会不適合者集団は、一般市民が目の当たりにすれば悲鳴を上げて逃げ出すこと間違いない迫力を持つ。

 だがしかし、この国は吹けば飛ぶような小国の皮を被っているが、その実態としては恐ろしいほどの武闘派国家である。

 兵士は精鋭揃いであり、その規模も万に近い。そんな相手に高々100人程度の集団がただ決起すれば、ほんの一当たりで消し飛んでしまうだろう。


 だが、彼はこの決起に対し、不安を感じていなかった。

 彼はここに至り、今の今まで温存していた切り札を切ることにしたのだ。


「諸君、時は来た。今こそ決起の時である!!」


 彼は胸元から宝玉を取り出し、掲げ上げた。

 彼の言葉に同志が湧く。


 この宝玉こそ今回の作戦の要である。

 この世には太古の魔術師が作り上げた神にも近しい力を持つ魔法生物『魔神』が存在する。

 この宝玉は、72体いると言われるその魔神をランダムに召喚する使い捨ての神器なのだ。


 暇を持て余した魔神達が自らばら撒いたこの宝玉は、人の祈りに反応して魔神を召喚する。

 召喚された魔神は気分次第でその願いを叶えるが、しかしその力の大きさと代償は祈りの数に左右される。


 一人で願えば10年の昏睡は免れず、10人で願えば一年は衰弱を抑えきれない。100人で願えばようやく殆どデメリットも無く召喚が行え、千人で願えば魔神が強化される。そして一万人で願えば正に神の如き事象を顕す事も可能といわれている。


 それほどの物ならば他国の侵略に使うのではなく自国の反映のために使えば良いのではないかと思う人もいるだろうが、残念ながら魔神は邪神の類なのだ。

 気分屋の魔神は呼び出された時の気分次第で凶悪な災禍となることもある。

 そんなものを自国で使用できるわけも無く、その効果の大きさに反し、残念ながら自爆テロぐらいにしか使えない代物なのだ。

 とはいえ、自国の反映ではなく他国の攻撃に使うならばその効果は絶大である。なにせ呼び出した魔神の機嫌が良ければ望み通りに被害を与え、機嫌が悪くともその期限のままに暴れまくり、多かれ少なかれ国に被害を与えるのが確定しているのだ。


 つまり、魔神を呼び出した時点でその国は神話級の化物を相手にすることを余儀なくされ、その時点で戦略的な目標は達成されるのだ。

 その魔神の召喚をリスク無く行うために用意したのが目の前の百人である。


 リンチは掲げた宝玉を握る手に力を込め、宣言する。


「今こそはこの国の破滅の時!! 今こそは殺戮の時!!

 諸君!! さあ願うのだ。この国の破滅を!! この国の混沌を!! この国の全ての民の……」


 殲滅を。


 その最後の言葉を発する前に、変化が現れた。

 最後列の一人がパタリと倒れたのだ。


 不意の事態に口を噤んだリンチの前で、まるでドミノ倒しのように自ら集めた選兵が一人、また一人と倒れていく。


 波状するその反応は速やかに広がり、その先端がリンチの身に届いた。

 その身に走る強烈な眠気。明らかにこの身が無力化される事を悟ったリンチは完全な形での任務の遂行を諦めた。


 だがしかし、まだ全てが終わったわけではない。僅か数秒後には倒れ、無為に捕らえられるだろう我が身を捨て、リンチは最後の手段に出た。


「魔神よ!!、我が魂を捧げる。この国に災いを……」


 魔神の召喚は100人が祈ればリスクは無く、10人で祈れば一年は衰弱を抑えきれない。

 そして一人で祈れば10年の昏倒は避けられない。


 今、敵中で一人で祈った自分が再び目を覚ます可能性は極めて低いだろう。

 だがしかし、彼は自分のプロ意識にかけて祖国にその魂を捧げた。


 自分の身体の中から欠けてはいけないナニカが抜け落ちていくのを感じる。


 同時に、目の前に強大な存在が顕れたことを感じた。


「魔神よ……我が願いを叶えたまえ。我が祖国のためにこの国の破滅を……」


 その圧倒的な存在感を感じて、彼は事の成就を確信した。


 もはやぼやけかけた視界。掠れる目で彼は己が具現化したこの国の破滅を目にした彼は、しかしその姿の余りのおぞましいさに戦慄した。


「なんてことだ……私はなんというものを呼び出してしまったのだ」


 呼び出されたその存在の余りに無残なその姿に。余りに無慈悲なその姿勢に。余りに醜悪なその佇まいに。


 彼は悔いの言葉を零した。


 だがしかし、後悔するのはもはや遅い。

 彼は自らが呼び出してしまった史上で最も悪辣な存在を目にし、悔むままに目を閉じた。



     §


「あっけないものだな」


 建物の中から鳴り響いていた喧騒の声が静まっていくのを聞きながら、第六王子殿下が呟かれた。私自身もそう思うので、その言葉に思うところは無い。


 クーデターと聞いて慌てたが、その規模が100人程度と聞いて私も少し冷静になった。現に今、その集団はメルク特製の睡眠ガスで鎮圧されたわけだが、3000人以上の常備軍が存在し、かつその3000人を相手に完勝する31人の集団が存在し、さらにはそれらをまとめて一人で対処できる個人がいるこの国で、100人ぽっちで決起して何をしようとしたのかは疑問に残るところである。


 とはいえ、少人数でも反乱が起これば無辜の民に被害が出る。公僕としてそれは許されない事態であり、対処事態はしっかりと行った結果がこの様である。


 さて、今回は緊急事態として呼ばれたが、呼ばれた時点では目標は定まっていなかった。

 そのクーデター集団が氾濫を決起するという情報自体は密偵部隊により掴めていたわけだが、その決起会場となる部隊までは掴めていなかったのである。


 それでもこの王都において100人規模の大集団が集まれる場所はそれほどあるわけでもなく、この時間に100人以上集まる場所は四箇所に絞れていたのだが、しかし、その集団が集まる場所が地下ということがあり、潜入する隙も無く手をこまねいていたわけだ。


 本来は情報が確定してから我等に指令が下るのだが、今回は時間が無いとの事で我等の出番と相成った。

 一見難航しそうな自体だが、とはいえ対処法も簡単なものであった。どんなものかといえばメルクの上空からの俯瞰地図を出してもらい、ソルティに「どこに悪い奴がいそうだ?」と聞き、指差された場所を制圧目標としたのみである。


 後はメルクに何か都合が良さそうな兵器は無いか聞いたところ、人を昏倒させるガス兵器があるとの事だったのでそれを投入したのが今さっきの事だ。


 ついでに他の怪しげな場所も別働隊の密偵部隊に睡眠ガスを渡して制圧してもらっている。

 間違えて昏倒させられてしまった善良な市民諸君には申し訳ないが、そもそもが平日の真昼間に届け出も無く大集団で集まっているなどという時点で怪しすぎるのだ。間違いで制圧してしまっても二三時間強制的に寝てもらうだけだし、そこは涙を飲んでもらおう。


 さて、本日の救国も完了……かと思ったが。


「総員、伏せろ!!」


 奇妙な直感に襲われ、私はとっさに指示を出し地に伏した。

 直後、閃光が走り、轟音とともに目の前の建物が倒壊した。


 爆風が収まるのを待って立ち上がり、爆心地を見ると、そこには地下に隠されていた空間と、その中心にあるこの破壊の首謀者の姿が見えた。


 その姿に、私は指揮官であるにも関わらず動揺を隠せなかった。


 その巨体は、遥かに人を超越し、明らかに人のものではない。

 その姿は、人を象ってものの、明らかに人ではない。

 その威風は、明らかに人が発せる物ではない。


 噂に聞いたことがある。あれが太古の魔法生物。魔神という奴なのだろう。

 魔神とは太古を生きる邪悪な魔法生物である。

 気まぐれなその生態は、個にて軽く国を滅ぼすものである。


 それがこの場に顕現したとなれば、明らかにこの世界の危機だ。

 そう、国どころか世界の危機であるはずだ。

 だがしかしその姿は……


「便器だと?」

「便器だね」

「便器だな」


 そのおぞましくも痛々しい魔神の姿に、不謹慎ながら私はアレを呼び出しただろう人物達に同情をしてしまった。

 恐らくはテロリストが呼び出しただろうその魔神は……なぜか便器に跨っていたのだ。


 恐ろしい存在であるはずなのに、もはや第一印象は『便器』でしかない。

 用を足している最中に呼び出してしまったなら相当に気まずいだろうし、ただ便器に跨るのが趣味であるならば、そんなものを己の人生を代償に呼び出した連中もさぞかし無念であっただろう。


 一言で言うならば便器に跨った緑色の肌をした無毛の赤子。

 二本の角があるものの、眉毛も無くつるつるの頭をしたその姿は赤子そのものの姿をしており、妙におぞましい。更に言えば便器に座って腕を組んで我等を見下すその魔神は、『ドヤッ!』って顔をしていて無駄に痛々しい。


 あまりにもあまりなその姿に召喚者に追悼の念を送りたくなってしまったが、悠長に同情しているような状況ではない。


「イーロン!!(防御だ!!)」


 指示の念を込めてイーロンの名を呼ぶ。

 直後、再度閃いた光が我等を襲い、そしてイーロンにより切り裂かれた。


 納刀の鍔鳴りの後に轟音が鳴り響く。

 垣間見えた閃光と轟音の正体は雷。

 ここに来る前に散々に見ていたそれは確か物を壊すような現象ではなかったと思うのだが、まあ相手は魔神なので常識は通用するまい。


「イーロン!!(防御優先。隙あらば倒してしまえ)」


 私は再び彼の名を口にした。なぜか言葉に出さずとも彼は私の指示を完璧に理解して実行に移す。彼が読心術を持っていても何の不思議ではないし、気にするような事でもない。


 魔神も本気を出したのだろう。途端に数百もあろうかという稲光が王都を襲い、そしてその全てがイーロンによって切り裂かれた。


 この世で一番早い存在は光であり、それに追いつける存在はいないというのはメルクの説である。

 雷光は光速よりは遅いというが、しかしそれらの同時攻撃に対処するイーロンを我等が疑問に思うことは無い。すべては「イーロンだから」で済んでしまう事柄なのだ。


「最終制圧者」イーロン。

 如何な強大な敵も、如何な集団を敵を前にしても、瞬時に全てを無力化する男。

 殲滅、制圧お手の物。まるで物語の機械仕掛けの神が如く、どんな状況でも現れた途端に最終的な殲滅、制圧を行い、私が出す支持は殆どが制圧であるため、付いた異名が「最終制圧者」なのだ。


 というか、誰もが気が付いている事実であるのだが、イーロンの実力はもうその手に持つ武器だけで誰もが気が付く代物である。

 時折、地に降り立つ主神の姿は詳細に記録が為されている。

 主神の姿は明確な資料として残っているが、その中でも有名なのが剣である。


 戦神である主神の持つ剣は鉄山をも切り裂く「斬鉄剣」として有名だが、模造は禁止されている。

 それでもその力を肖りたい主神の剣を象る信者は少なくないが、少なくともイーロンはそんなバッタ品を使うような剣士ではない。


 実際に分厚い鉄を切るところを何度も見ているし、イーロンなら技術のみでそれを為すとは思うのだが、本能的に誰もが察するであろうあの剣の存在感は、まずレプリカではないだろう。実際のところ、今現在も雷を切り裂くという荒唐無稽な行為をしているが、普通の剣なら感電して終わりである。


 ついでに言えばイーロンがこの国に来る少し前から主神様の神託が途絶えている。

 主神様の生死が気になるところだが、誰も突っ込まないのは空気を読んでのことである。


 そんなイーロン(防御形態)と相対している魔神は、イーロンと互角の実力者であるようだった。

 目の前の光景は超次元過ぎて私には理解の及ばないところだが、いくら『防御優先』と指示したとしても『隙あらば倒してしまえ』と指示したにも関わらず、未だ魔神は健在である。


 この瞬間にも数百におよび落ち続け、閃光と轟音の被害を出し続けている現在、そんだけ速く動けるなら相手を切るくらい出来るだろうと思うものの、それでも魔神が倒れていないという事は、イーロンを以ってしても防御を主体とする以上、攻撃する隙が無いのだろう。


 イーロンの体力が尽きることなど想像も付かないため、このままでも王都が被害にあうことは無いだろう。

 しかし、このまま互角の勝負を続ければ我等は何十年、何百年と閃光被害にあうだろう事は想像に易い。

 雷光雷鳴轟く町。被害が無いなら観光名所にもなりそうなものだが、観光客ならぬ地元民としてはそれは正直勘弁して欲しいところだ。


 王都の被害を度外視すればすぐに決着は付くだあろうが、今現在、建物一つが崩壊した以外に被害が出ていないだけに、被害を抑えて済ませたい欲が出る。


 つまり、もう一手打ちたいところであり、次のその一手は決まっていた。

 魔神といえば魔法を極めた存在である。そして魔法を極めた存在といえばテルルである。


「テルル、あれをどうにかできるか」


 とりあえず、テルルに丸投げしてみる。


「できるわよ」


『できるのかい!!』という内面のツッコミは封印する。というかそんな気はしてた。


「なら頼む」

「了解」


 そう言って、テルルは両手を広げた。


「ヴェルフェゴール。来なさい」


 ヴェルフェゴールと呼ばれた魔神はこちらを見ると、一瞬動きを止めた。


 テルルの姿を認めた魔神は一声小さく鳴いた。

 哀しげなその声は、戦闘状態にあったにも関わらず私の心を震わせるものがあった。


 魔神は天に咆哮を放つと、便器から飛び降り、テルルに向かって跳躍した。

 天を覆うほどの巨体が舞い、日の光を遮る。

 このままだと私もろともテルルが潰されそうだが、しかし私は落ち着いていた。なぜならイーロンが既に剣を収めていたからだ。

 つまりイーロンは魔神に敵意無しとみなしており、それならば最早目の前の魔神は我等に害を為す者ではないのだろうと私は瞬時に結論付けた。


 そしてその予想通り、危機的状況は速やかに解消された。

 空を翔るその魔神の姿がどんな理屈かみるみる小さくなり、最終的に赤子サイズでテルルの胸に飛び込んだのだ。


「よしよし、良い子ね」


 テルルの腕の中に納まった魔神は、緑色をした赤子にしか見えない。大きい時はふてぶてしさしか感じなかったそれは、赤子サイズとなった今は本当の赤子のように可愛らしい存在に見える。


「知り合いか?」


 先ほどの発言を聞いた今ではその質問はただの確認でしかない。


「この子達は私が作った魔法生物。私の子供のようなものね」


 その応えに「なるほど」と納得した。

 こう見えてテルルは世界最古の魔法使いである。古いものほど強い力を持つのが魔法であるならば、即ちテルルは世界で一番強大な魔女であり、世界で一番強大な魔法生物である魔神が最古の魔法使いの作生物であるのは自明の理である。


 つまり、72体いるという魔神はすべてテルルの子供であるらしい。

 気が付けば、他に恐らく71個だろう光の玉がテルルの周りに集って飛び回っていた。これらは多分すべて魔神なのだろうなぁ。


「危険は……無さそうだな」


 一柱ですら国を滅ぼす存在が72も集まっているというのに、私の口からさらりと出た言葉はそんなものだった。


「無いわよ。だって私の子供だもの」

「……ふむ」


 テルルの見せた包容力のある笑みに毒気を抜かれる。姿は幼女だが、その姿に私は自身の母を思い出した。

 なんとも締まらぬ最後だが、脅威が去ったなら良しとしよう。


「一つ聞くが、彼はなぜ便器に跨っていたんだ?」


「この子は生まれたばかりの頃、お腹が弱くてね。私が作ってあげたオマルにいつもうれしそうに跨っていたから、その頃の癖が抜けてなかったんじゃないかしら」


『三つ子の魂百まで』とはいうが、緑の赤子は何百年経とうとも、その精神は本当に赤子のままだったようである。

 その割には出そうとしていた被害が赤子の癇癪レベルではなかったが、非難を込めた私の視線にも、テルルの腕の中にいる緑の赤子はそっぽを向いて知らん振りである。


「……大陸制覇も本当に有り得るな」


 なにやら横から物騒な言葉が聞こえてきた。その言葉は隣に立ったボロン殿下のものだった。恐らく独り言だったのだろう。


『大陸制覇』


 文字通り、今は散り散りに群雄する大陸の国家群を制し、大陸に覇を唱える事を意味すると思われる。

 権力者であれば誰もが一度は心に思うだろうその願いは、しかし王族の御方々はこの国以外に興味が無いと思い込んでいた私にとっては意外な言葉だった。

 だが、聞こえてしまったからには考えてみる。


 兵力についてはメルクのキメラを増産すれば、それこそ兵站の必要も無い最強の軍団となるだろう。

 魔法の絡め手が来ようとも、テルルと72の魔神に適う者はいないと思われる。

 相手に突出した強者がいようとも、イーロンに勝てる個人も集団もいるとは思えない。

 勝負は時の運というが、ソルティが味方してくれる限り運に見放される気がしない。

 調略についてはサルファに任せておけばどうにでもなるだろう。

 情報戦はきっとハイド達諜報部がどうにかしてくれる。

 戦略は残念ながら他に適切な者がいないため、不肖ながら私が担当になる気がするが、これでも数ある苦難を解決してきた自負がある。

 そして世を統べる支配者として、民の安寧を尊び、高貴なる者の義務を良しとする我等が王族の御方々は最適である。


 そんな簡単なものではないだろうが、大陸制覇、頑張れば出来るんじゃないだろうか?


「お望みなら検討しますが?」


 私の言葉に珍しくボロン殿下が取り乱した表情を浮かべる。


「い、いや、不要だ。……ンンッ!! 我等が勤めは我等が国民の幸せのため。

 我が王家の勤め、そして望みは今の国民の幸福だ。その範囲を大陸全土に広める予定は無い」


「御意のままに」


 流石は我等が主である。権力欲、支配欲など一顧だにしないその姿は正に尊き御姿だ。

 私はその場で跪き、深く尊崇の意を表した。


 何はともあれ本日も任務完了である。


 我等は救国救世軍。

 本日の救世完了!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ