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偽造夜想曲

 それは夜も更けて床に就いた時のこと。


「好きよロージェン。愛しているわ」


 甘い声。上気した肌。私の上にまたがる美女の白銀の髪はさらさらとこぼれて私の肌に擦り寄り、その白魚のような指が私の頬を撫でる。


「そうだな。私も愛している」


 熱を持った赤い瞳が私をまっすぐに見つめる。

 私は、そんな彼女の頬にそっと手を伸ばす。


「だがな」


 私は頬に当てた手を基軸に彼女を投げ飛ばした。

 羽毛のようにふわりと宙を舞った彼女の身体は寝具に絡まり、私の横に横たわる。


「私の愛は親代わりとしての愛なのだよ。

 ほら、もう眠るぞ」


 美女が落ちた先には寝具にくるまれたテルルの姿があった。


「……ちぇー」


 無表情ながらこれはジト目という奴だろうと思える仕草で私を睨み付ける。


 彼女の頭をポンポンと撫でつつ、私は寝具を解いて寝る準備をした。

 そんな私に彼女がぎゅっと抱きつく。子供の体温は暖かくて、なんだか幸せな気持ちを思い起こさせてくれるなと思った。


 先ほどの美女の姿は、ある意味で本来の彼女の姿である。

 彼女が魔術を生み出した最古の魔女の生まれ変わりということは、私にだけ告白された事実である。

 先ほどの姿はその当時の彼女本来の姿というわけなのだ。

 元々は彼女の髪も目もメルクと同じ黒色だったらしいが、しかし記憶に引かれ、変化したらしい。


 私は彼女に好意を向けられているらしいが、しかしその思いに応えることはできない。なぜなら彼女は九歳児だからである。

 彼女本来の姿には非常に。そう、非常に惹かれるものはあるが、だが真実の姿は二次成長も前の子供である。 姿は先ほどのように魔術を用いて実体を持って変えられるようだが、その真実の前には我がご子息も仏の境地である。

 まあ少なくない期間を親代わりとして過ごした日々を思えば、成人の年に達してなお迫られても我がご子息が第六天魔王となることも無いだろうが。


 ……しかしながら、メルクを見れば、技術は古ければ劣るものと思うものの、魔術の世界では一概にはそうとも言えないらしい。魔術の始祖たる彼女は今様の魔術師では決して扱えない魔術の深奥を究めたもののようだ。


 なお、メルクは特に転生などしていないらしい。彼は生まれついての天才児であり、ある意味、我等が小隊でも飛びぬけた生来の才を持つ者だ。てか今更ながら我が部隊の隊員は全員がおかしな才能を持つ者だ。なぜそんな部隊の隊長を私などが任されているのだろうか?


「あれ、愁嘆場かな?」

「いや、そんな上等なものじゃないぞ。それよりどうした?」


 さて寝ようかと毛布をかぶろうとしたその時、不意にハイドが現れた。もう眠いのだが、また厄介事のようだ。公僕にも私的な時間を過ごす権利はあるが、しかしそれにより公共の利益に相当以上の被害が現れるなら、その権利を一時的に放棄することは私としてはやぶさかではない。


「あー……いやね」

「どうした。今日は随分と歯切れが悪いな」


 ハイドはこう見えて気を使う人物なので、私的な時間に無造作に乱入するような奴ではない。

 そんなこの男が私的空間に無遠慮に押し入ったからには緊急性が高いはずなのだが、なぜか会話を躊躇している。

 ふと見ればテルルが私の膝にもたれかかり、うつらうつらと船を漕ぎはじめていた。最古の魔女とはいえ、身体は子供なのだ。基本的には夜更かしができる体質ではない。緊急の用件ならテルルが寝てしまう前に話を聞かせて欲しいのだが。


「実はその……今回はとても微妙な話でね。

 ……見過ごしてしまっても特に問題は無い。でも、できるなら君に手を貸して欲しい」


「それなら無論、手を貸すさ。

 もっとも、国家の損益となるなら受ける事はできないし、我が隊員達の協力については確約できないがな」


 私に頼る必要があるから、こんな時間にハイドは訪ねてきたのだ。

 友人がそんなに困った表情で訪ねてきたのに、無下に断るような男だと私は思われていたのだろうか?


「あーうん、すまない。

 ……うん、君はセレン王女の婚儀についてどう思う?」


 いつものハイドが戻ってきた。しかし、そこから口に出した言葉に私は思わず首をかしげる。


「セレン王女の? ……正直、気に食わないというのが本音ではある」


 セレン王女は我が国の第三王女である。

 セレン王女は『花も恥らう』という言葉がとても良くお似合いになる麗しく御淑やかなお方だ。『我等が姫』と思うだけで胸が熱くなり、姫殿下をお守りしているという気持ちだけで意気軒昂と職務についている若い士官も多いだろう。かく言う私もその一人だ。


 そんなセレン姫だが、隣国の第一王子と婚約しており、その婚儀は二日後に迫っている。

 その相手が素晴らしい人物であるならば、我等も貴き結びつきに二心無き祝福を送れるだろう。

 だがしかし、隣国から漏れ伝えられる情報を聞くならば、彼の第一王子は『品性下劣なクソ野郎』というのが実情である。私などは個人的理由から二重の意味で忌み嫌い、嫌悪している。

 故に隣国王子が容姿のみで我等の姫を見初め、婚約を差し迫った時、我等が陛下はそれを頑なに拒んでいたのだが、しかしあるものが決定打となり婚姻は結ばれた。


「今回の婚儀の元になった恋文だけど……」


 ハイドが漏らしたその言葉に私は思わず青筋を立てる。

 今回の婚儀は王女の側から隣国王子に恋文が送られた事が発覚し、婚姻および婚儀は異例の速さで進められたのだ。

 その恋文の内容を隣国の使者から伝え聞いた陛下は、あまりに熱烈な内容に折れるしかなかったとの事である。


 その恋文の内容は世間いっぱいに広く知れ渡っている。

 前に記したように、私は姫殿下をお慕いする有象無象の一人である。故にその恋文の内容を知った時は余りの衝撃に嫉妬で目が眩む思いだった。


「その恋文だけどね」

「ふむ」

「間違いだったんだ」

「なぬ!?」


     §


 第六王子殿下に取次ぎを頼み、深夜にも関わらず姫殿下の私室に招き入れられた私が見たものは、椅子に座り、静かに涙に濡れる姫殿下の姿であった。


 私に気が付いた姫殿下は、ハッと顔を上げて立ち上がり、静々と歩み寄って私の両手をとった。


「ロージェン。私をお救い下さい」

「一命に代えましても」


 微塵の躊躇も無く、私はセレン王女の懇願を受け容れた。

 文字通り、私の命で購えるなら私は私の全てを費やそう。


 我等が姫の一生に関わる事態である。常よりシリアスになるのは仕方があるまい。


「まずは詳しい事情をお聞かせください」


 全力を尽くすのは最早確定以前に運命として決められた真理であるが、それにしても事情が分からなければ手の尽くしようが無い。


「それについては私からお話させていただきます」


 そこに現れたのは宮廷執事サルファであった。

 またお前か。だが今回の件については洒落にならない。


 無言の殺意が伝わったのか、許しを乞うかのように両膝を落とし、額づいた。


「事の起こりはわたくしが姫のお部屋の掃除をさせていただいた時のことでございます」


 要するにサルファが姫殿下の部屋掃除した時に隠されていた恋文を見つけ、その宛名から隣国の王子宛と勘違いして、こそこそかつ迅速に話を纏め上げてしまったらしい。


 勘違いが解消されたのは既に恋文が決定的な証拠となり婚姻が結ばれてしまった後だった。サルファが完璧な仕事をして事が内密に進められた結果、姫殿下が否定する余地も無く婚姻は結ばれてしまったのだ。


 勘違いが無ければサルファの仕事は完璧であった。だが、勘違いすれば台無しである。なぜ事実確認を取らないと言いたい所だが、それがサルファの直しようも無い急所であることはもはや言うまでも無い。


 第六王子殿下は鉄面皮とも思えるほどに表情を動かさない方である。

 しかし、長年側に仕えていればそれでも内面の感情はある程度察せられるものだ。

 表面上の姿は常日頃のものであるものの、しかし内面上の姿は憂鬱な面持ちで第六王子殿下が口を開く。


「事実のみ口にすれば、今回の婚儀は我が国の利となるものだ。政略結婚としては申し分の無いものであるし、彼の国へ影響を及ぼす良い機会となるだろう」


 ボロン殿下が無情な事実を言葉にする。

 だが、国という立場に身を置く殿下ならば、それは至極正しいことだ。


「しかし、妹が不幸になるのは兄として耐えられない。

 ……ロージェン。なんとかしてくれぬか」


 無表情ながら、しかし殿下の瞳は確かな熱を持っていた。

 これがこの国で王族が愛されている理由。

 高貴なる方々なれど、しかし人の情を人一倍に有している。

 だからこそ、我等は彼等が治めるこの小国の血となり肉となり我等が力を捧げようと思うのだ。


「はっ! 我が御心は御方々のために」


 跪き、新たな忠誠を貴き御方々に捧ぐ。

 さて、我等が姫を救う作戦の開始である。躊躇など一つもしない事をここに誓おう。


     §


「目覚めましたか、姫?」

「ロージェン様!! なぜあなたがここに?」


 その夜の次の日の朝。私は第六王子殿下付き添いの元、眠る姫殿下の寝台の横に控え、姫の目覚めを待っていた。

 そして目覚めた姫殿下の第一声に、私は作戦の完遂を認めた。


 すっと姫殿下の手を取り、その甲に口付けを送る。


「あなたが悪い夢を見ていると殿下からお伝えいただき、私はその悪い夢を打ち払いに来たのです」


 公に見れば不敬な行動は、しかし今回の報酬として与えられた役得だ。姫殿下の騎士として接する名誉を前以て与えられていたからこそできる


「しかしながら、私が救うまでも無かったようであります」


 記憶を失い、いらぬ事実を隠蔽された姫殿下に私は微笑みかける。


「綺羅星の如き我等が姫が悪い夢に囚われる事など有り得ませぬ。ただその事実を私は胸に刻みたく存じます」


 顔を赤くする姫殿下のそのお姿に、私はただ取り返した姫の幸福を深く祝福するのみであった。


     §


 ……さて、今回の作戦だが、それほど手の込んだ内容ではなかった。言わばごり押しという奴である。

 テルルの魔法により周辺諸国の全ての生物を眠りに落とさせた上で時間を操り一晩を三日に引き伸ばし、その間にハイド率いる精鋭密偵舞台が各国の書類を書き換えたのだ。その上でテルルが全国民の記憶を改竄すれば一丁上がりである。

 つまり、テルルとハイド達が一晩でやってくれましたという事だ。なお私はただ三日間暇を潰す事に終始したのみである。

 しかし、テルルの魔法が災厄級なのは知っていたが、我が国の密偵部隊も化物級だというのが私の感想である。なぜこんな小国にこんな人材が揃っている。


 ともあれ、後はテルルと私、それに第六王子殿下以外の関係者の記憶を改竄すれば任務は完了である。私の記憶は役得として残させてもらう事は三日間の暇の間に第六王子殿下を相手として交渉の末に死ぬ気でもぎ取った権利である。

 勘違いにより事が捻れたなら、事実を偽造してしまえば良い。


 我等は救国救世軍。

 本日の救姫完了!!


     §


 さてさてどうでも良い余談だが、私が個人的理由で隣国王子を嫌っていた理由は名前が同じだからである。

 奴の名も私の名と同じロージェンなのだ。

 姫殿下の恋文の宛名もロージェンであったらしいが……まあ勘違いするのはやめておこう。

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