横領即興曲
私は齢19歳にして様々な二つ名を持っている。
曰く『王国の操舵士』『奇跡の調教師』『獣使い』『即効性火消し男』
不名誉な二つ名も多いが、それ以上に畏敬を持った呼ばれ方が多い。
だが、それも当然だろう。我が事ながら、客観的に見てそれぐらいの事はしているのだ。
泣く子も黙る我が小隊は、ぶっちゃけ王国の誰もが扱いに困る人材の行き着いた先であるらしい。
わたくし個人としては我が隊員達の性格性質技能その他に対してそれほど難は感じないのだが、異例の大抜擢を受けて以来、異動することも無く有り余る彼らの才覚を指揮して難事を解決してきた実績を前にすれば、世間で言われているその風評が真実であるのだろうと疑うこともなくなってきた。
事実として今日も酒場で同期とクダを巻き『なんなら仕事を代わるか?』とからかうが、相手は顔を蒼褪めさせて首を横に振るばかりである。
「ようハイド。お前も飲むか。俺の奢りだ」
そんなところにハイドがやってきた。私は杯を上げて彼を歓迎する。
「やあロージェン。景気が良さそうだね」
「まあな、危険手当で豪邸だって建てられるくらい稼いでるさ」
我等の部隊は化物を管理するために存在する。
故に、やってる事は公にできないことが多いために出世はできないのだが、代わりに手当てや報奨金が山のように出ているのだ。いや本当に、高が小隊長の分際なのに、大臣クラスの収入を得ていることがその異常性を示しているだろう。
「その手当もしばらくもらえないかもね」
「どういうことだ?」
ハイドはすっと私の耳元に口を近づけた。
これは厄介事のパターンか?
「国庫がね」
「ふむ」
「空っぽなんだ」
「ふむ?」
§
「マジでねぇ…」
「空っぽでしょ?」
「見事に空だな」
翌日。ハイドを伴い第六王子殿下経由で財務大臣を脅しつけて国庫を開けさせると、そこは見事に空だった。
「大臣殿、これはどういうことですか!?」
「それについては私からお話させていただきます」
事の真相を確認するために大臣殿に詰め寄ると、すっと出てきたのは執事のサルファであった。またお前か。知ってた。
サルファはコホンと喉を整えると、伏せ目がちに語り始めた。
「事の起こりは臣民に心を痛めるボロン殿下からのご依頼でした
世を忍び城下をご視察なされたボロン殿下は、そこに多大な貧富の差がおありになることに心をお痛めになったのです。
貧民といえど我が国の臣民です。なんとか生活水準を向上させられないものかと財務大臣殿に相談なされたのです」
うんうんと頷く大臣。
王家の人の良さが浸透している我が国は、基本的にのんびりとした相互協力の行き届いた誇るべき国である。
それでも人に才覚の差はあるもので、貧富の差がそれなりに発生しているのは事実なのだ。
その有様に心痛める第六王子殿下の御志も、御志に賛同する大臣殿も素直に素晴らしい人物だと私は誇りに思う。
ここまでは素晴らしいお話である。
ここまでは素晴らしいお話であるのだが、しかしなぜ、それが国庫が空になることにつながったのだ?
「しかしながら、財源が無ければそのような事はできません。財務大臣殿は悩み、わたくし奴に相談なされたのです。
相談されたわたくしは浅学非才の身ながら知恵を絞らせていただきましたが、しかし無い袖は触れぬもの。
ならばと私はこう考えました。無いならある所から持ってくるしかないと。
……それで二重帳簿を用意させていただき、国庫から予算を引っ張ってきたのですが、いつのまにやらこの始末でして……」
おろおろとする大臣と執事。なぜ二重帳簿を用意した。
心にドス黒い怒りマークを浮かべる私に、大臣殿が弱りきった表情で語りかける。
「ロージェン殿、どうにかならぬか?」
どう考えても軍部の出番じゃないだろう。彼はなぜここまで問題を放置した上でこの場で私に相談をし、かつ、なぜ相談をした以上『もはや問題は解決したも同然』というような安堵した表情を滲み出しているのだ。
「ロージェン。事は国の大事である。疾く問題を解決するのだ」
困惑する私に第六王子殿下が指令を下す。まっすぐに向けられたその目は、私がこの難題を解決することを微塵も疑っていない。
……無理を通して国に貢献するのが我が部隊の存在意義であり、私の役職である。
「御意に御座ります」
私は傅き、指令を受けた。
「……大臣殿、身銭は切っていただきますよ」
そして立ち上がり、大臣殿に釘を刺す。
さて、大臣殿の後始末が始まったわけだが……
「とりあえず我が部隊を呼びます」
§
「タイチョー。お呼びですか?」
やってきたのは魔術師テルルと科学師メルク。そして前回は呼ばなかった我が小隊の最後の隊員、虎人のソルティである。
ショートカットで健康的な肢体をした彼女は活発な、そのまま猫っぽい癒し系の見た目をしているのだが、見た目に油断してはならない。虎人である彼女が私は、頭を引っ張ったなら、軽く引っこ抜けてしまうほどの膂力の持ち主なのだ。
「なに、宝探しでもしようと思ってな」
愛くるしいソルティの姿に荒んだ心を癒されつつ、私はにかっと笑いかけた。
「メルク、地図を出してくれ」
「はいはーい」
メルクが台の上に透明なシートを乗っけると、そのシートに大臣の領地の地図が現れた。それは地図というより遥か上空より俯瞰したそのままの光景のように見える。
「さて、ソルティ。お宝が埋まっているとしたらどの山だと思う?」
「うーん。ここかな?」
ソルティは地図から無造作に一つの山を指差した。
「よし、テルル。送ってくれ」
「了解」
テルルが杖をさっと振ると、私たちの足元に魔方陣が現れた。
そして次の瞬間、私、テルル、メルク、ソルティ、大臣殿の五人の姿は山深い森林の中にあった。
「さて、お宝探しを始めようか。ソルティ、まずは軽く掘ってみてくれ」
「はーい、いってきまーす」
驚く大臣殿を放置して、用意しておいたスコップをソルティに手渡すと、ソルティは一心不乱に傾斜を水平に掘り始めた。
驚異的な膂力を誇る彼女の手により、山にはあっという間に人が通れるほどの穴が開いていく。
その横で、テルルが魔方陣を宙に浮かべると、中からはよく分からない機械群が出てきた。
出てきた機械群はそのままソルティの作業を手伝い、鉱山の体裁を整えていく。
「どうだ?」
これまた私にはよく分からない機器で掘った土を調べていたメルクは満面の笑みを見せた。
「すごいですね。少し掘っただけなのに目に見えて金を含んでますよ。その他の貴金属も含んでますし、まさに宝の山ですね」
「そうか。ソルティ、もういいぞ。メルクはこのまま発掘を続けてくれ」
スコップを持ったソルティがテクテクとこちらに駆け寄ってくる。
「タイチョー。お宝はもういいのです?」
「いや、見つかったぞ。この山自体がお宝だった」
そう言って頭を撫でると、ソルティは気持ち良さそうに微笑んだ。そのまま喉を撫でてやると、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。
「まさかわしの領地にこんな鉱山があったとは……」
大臣はがっくりと肩を落としたが、その顔は重荷が取れたかのように晴れ晴れとしたものだった。
「そうですね。……まあ、大臣殿が開発しても鉱石が出土したかは分かりませんが」
これがソルティが我が部隊に配属されている理由。
ソルティは恐ろしい幸運の持ち主なのだ。悪用されれば国の一つや二つ滅びてしまいそうなほどに。
これは私見なのだが、ソルティはただ運が良いだけではないのだと思う。
結果として幸運となるように、世の理を作り直している気がするのだ。
なので、今となっては調べる術は無いが、もし大臣がこれより先にこの山を開発していたとして、鉱石が発掘されたかはわからない。
さておき、このまま数日も発掘すれば、しがない小国であるわが国の国庫の急場を凌ぐには十分だろう。
埋蔵量は十分な鉱山だ。その才覚に相違無い大臣殿が周囲を巻き込み開発すれば、経済効果で国庫は前にもまして潤うだろう。
金が無いなら余所から持って来れば良い。
我等は救国救世軍。
本日の救国完了!!
§
……余談であるが横領は犯罪であり、大臣殿は法に基づき処断された。
我が国の法令では国に対する横領額に対し、追加の返還請求および禁固刑が処されるが、禁固刑に関しては終身の無給による国への奉仕を条件に免除された。
それでも、まさに国家予算の倍に相当する返還請求が発生したわけだが、大身の貴族であった彼は頭首の座を隠居し、家と縁を切ることにより親類に迷惑が及ぶことを回避した。
天涯孤独の、文字通り公の下僕と成り下がった大臣殿であるが、もとより国へ無私の奉公を行っていた彼は個人の立場は変われども大臣という役職の立場は変わらず、今も生き生きと仕事をこなしている。
大臣殿が幸せそうなのは何よりだが、犯罪は忌むべき大過であり、本来犯すべきではないことをここに記しておく。