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獣耳狂詩曲

 我等は第六王子直轄特殊小隊。


 人は我等の事を『致死雑務専用小隊』『人外無軌道部隊』『第六王子の後始末係』『マッチポンプのポンプ』などと様々な通り名で呼ぶが、ここでは一番、耳当たりの良い通り名を名乗ろう。


 そう、我等は『救国救世軍』である。


 私はその小隊の小隊長であるロージェン少尉であるが、私の一日は大体がロクデナシである我が幼馴染の来訪から始まる。


「やぁロージェン、今日も苦労が耐え無そうな顔をしているね」


 そして今日もまた、私が頭痛に悩まされながら営舎の食堂でコーヒーを啜っていると彼は現れた。

 彼の名はハイド。いつ見ても非常にむかつくニヤケ面をしたこの男は、認めたくないもののこの王国に仕える凄腕と言ってよい密偵である。


「その苦労を持ってくるお前が言うな」

「あはは、けど、そうしないとこの国は終わっちゃいそうだしね」


 不機嫌を隠さぬ私に、彼はコロコロと笑いながらそう言った。その幼さを残す容貌に私は改めて苛立ちを募らせる。


「そんなに怒らないでよ。また老けるよ?」

「だからお前が言うな」


 ため息を吐きながら軽く流したが、私は内心では少し傷心していた。

 16歳にて異例の小隊長就任以来、はや三年。私はまだ19歳だというのにその容貌は20代も後半に達するかのように老けてしまっているのだ。

 幼馴染である彼は、当然ながら私と同じ19歳だ。だというのに小柄な彼は年相応よりも幼く見える。

 密偵などという、本来私以上に苦労が耐えない仕事をしているはずの彼はこんなにも若々しいのに、何故、私はこんなにも老け込んでしまっているのだろうか?


「それで、今日はどんな厄介ごとだ?」

「それだけどね」


 彼はすっと私に近寄ると耳元に顔を寄せた。

 彼の持ってくるネタは大体が公にできないことなので、いつも人に聞かれないように耳元に囁きかける。正直ちょっと気持ち悪い。


「王様の耳がね」

「ふむ」

「ロバなんだ」

「ふむ?」


     §


「ロバ耳だな」

「ロバ耳でしょ」

「ロバ耳であるな」


 順に私、ハイド、そして私の直属の上司である第六王子ボロン様の言葉である。


 聞かされた情報の重大さにクラクラと頭を傾けながらも、私は第六王子に取り次いでもらい、我が主君であるヘリリウム三世陛下と会見した。

 公用でも無いので陛下の私室に招かれて私が見たものは、元々の耳の他に、頭の上にピョコンとロバ耳を生やした陛下の姿であった。


「わはは、なかなか可愛いかろう?」


 事の重大さに気が付いてない陛下は何故かノリノリだ。自分では可愛いと思っているようだが、残念ながら全く可愛くない。陛下はその威厳だけで見る人が畏まる白髪カイゼル髭のナイスダンディーだ。"The King"または"King of Kings"という代名詞が似合いそうなその相貌の上にちょこんと可愛らしいロバ耳が乗ったその姿は、キュートというよりシュールである。


「我が王よ、恐れながら伺いたく存じます。そのお耳は如何してお生えになったのでしょうか」

「うむ、それよ」


 吐き気を堪えながら私が聞くと、陛下は目だけで側に控える宮廷執事に合図した。その合図に応えて宮廷執事がすっと前に出て礼をする。


 その様に、私は『またか!!』と内心だけで青筋を立てた。


 この宮廷執事はその名をサルファという。

 幼いようにも老人のようにも、男のようにも女のようにも見え、確かにそこにいるかと思えばその次の瞬間には存在すら忘れてしまう、不思議と捉え所の無いこの男は、宮廷の生活を統括する極めて有能な執事である。

 その仕事は極上のもので、この男が世話をして満足しなかった人物を私は知らない。


 だが、この男には致命的な欠点があるのだ。


「わたくしから説明させていただきます。

 事の始まりは、陛下の健康を心配するボロン殿下からのご依頼でした」


 その言葉に、私はさらに内心の青筋の数を増やした。

 この執事がその欠点を晒す時、その背後には大体の場合において我が直属の上司である第六王子が関わっているのだ。


「口にするのも恐れ多い事ですが、陛下が王位に立たれてから幾年の月日が流れておられます。

 その御身はご壮健であられるものの、在りし日のお姿を想起なされた殿下は、その御身に僅かながら陰が差しておられる事にお気づきになられたのです。

 それを御心配なされたボロン殿下はわたくしに御命じになられました。

 陛下が幾久しくお健やかにお過ごしになられるためにわたくしに知恵を絞れと」


 要するにこの陛下の息子である第六王子が『最近、親父も年取ってきたなぁ』と思い、『もうちょい若返らせれないか?』と執事に丸投げしたらしい。


 ここまではまあ、普通の話である。

 だが、それがなぜ陛下の頭の上にあのような危険物を生やす結果となったのだ?


「殿下に命じられたわたくしは浅学非才の身ながら知恵を絞らせていただきました。

 これまでにも食養生からリラクゼーションまで微に入り細にわたりお世話させていただいたと自負しておりますが、しかし、それにも限界があるものです。

 そこでわたくしは真に御下知賜りました命を果たすには、まずは根本を正す必要があると愚考いたしました。

 すなわち、人の身であるからその健康に限りが生じるのであれば、人より優れたものになればよいと」


 微笑む執事のその顔は非常に得意そうである。うんうんと頷く陛下と殿下に私は心中の怒気をさらに募らせる。


「天上に御座します神々に陛下が御並びいただければ健康に気を使う必要からも開放されるものの、浅学なわたくしめはその方法を得るに至っておりません。

 そのため、とりあえず獣の力を玉体に宿せば生きる力が増すと愚考いたしまして、我が秘奥を尽くした魔法薬にてロバの力を宿させていただきました」


 つまりは、健康のために陛下は獣人に生まれ変わられたらしい。


「うむ、その効果は中々のものぞ。若かりし頃のように身体の芯から力が溢れ返ってきてな。また世継ぎも作れそうなほどだ」

「ロバは頑健で、持久力もありますからね。夜も長くお過ごしできるかと」


 微笑みあう陛下と執事の姿に、再度眩暈のような頭の眩みを感じた。

 これがこの執事の欠点である。

 彼は非常に有能であり、世話をされた当人は大いに満足するものの、その方法は少し世間の常識からずれており、周囲に重大な問題を引き起こしてしまうのだ。


 最早我慢の限界を超えそうになった私は、それを抑えるように片膝を付き、具申した。


「恐れながら陛下」

「なんじゃ?」

「我が国は種族による差別を行っていません。その事は素晴らしく、陛下がロバの獣人となりましても臣民は皆それを祝福するでしょう」

「ふむ、そうであろう」

「しかしながら他国は異なります。国によっては獣人は忌むべき対象であり、蔑みの対象であります。

 人が広く治める近隣諸国では国の王は人以外にございません。もしその陛下の耳がロバになった事が他国に露見すれば…」

「…すれば?」

「周辺国は我が国を獣人が治める蛮族の国として攻めるでしょう。

 つまり、陛下のそのロバ耳は国家存亡に関わる重大事にございます」


 突如、空を切り裂く音がして、稲光が窓から差した。

 空は良く晴れているようだが、雷が落ちたらしい……またうちの小隊員がなにかやらかしたのだろうか?


「た、確かにその通り。我が国では気にせぬことゆえ失念しておったわ……」

「わたくしもで御座います!! あぁ、わたくしはなんて事をしてしまったのでしょうか……」


 陛下と執事が急におろおろとしはじめる。


 我が国の王家は五常の徳を持つ素晴らしき御方々である。仕え始めてまだ五年なれど、もう他家になど仕えたくないと思うほどに素晴らしき徳に溢れた方々なのだが、いかんせんどこか抜けているのだ。

 というかこんな王家の人柄が感染したのか、この国には善人ながらもどこか抜けてる人が多い。この執事サルファは最たるものだと思う。


「陛下、お任せを」


 狼狽える陛下の前に毅然としてボロン殿下が足を踏み出す。

 真紅のマントを翻し私に目をやるボロン殿下は惚れ惚れするほど凛々しい。我が上司として相応しい、満足がいくお姿だ。

 まあ厄介事はいつでもこの人が私以外に下す命令から始まるのだが。


「ロージェン少尉、至急対策を考えよ!」


 そしてその後始末も丸投げである。


「はっ! これより任務を遂行いたします」


 片膝立ちから立ち上がり、敬礼する。

 さて、殿下の後始末が始まったわけだが……


「とりあえず我が部隊を呼びます」


     §


 およそ15分の後、我が小隊の隊員三人が陛下の私室に駆けつけた。

 我が小隊は小隊長を含め五人編成であり、本来はもう一人隊員がいるのだが、彼女は獣人のため今回は念を入れて呼ばなかった。


 宙に魔法陣を浮かべて陛下を調べているのはテルル。見た目はボーっとした齢九つの幼女であるが、こう見えて魔法のエキスパートである。


 そして陛下の腕に先に針が着いた筒状の物体を刺して血を抜いたり、なにやらよく分からない装置を付けて宙に浮かぶ半透明な板状の映像をふむふむと調べているのはメルク。テルルの双子の弟である。私にはよく分からないのだが、科学というもののエキスパートであるらしい。


 二人は二次成長もまだで、双子のため同じ顔をしているため身体的に見分けるのは難しいのだが、姉のテルルが白髪に対し、弟のメルクは黒髪なので見分けがつけやすい。


 見た目は幼く、実年齢も実際幼い二人だが、見た目に騙されてはいけない。

 なぜこんな幼い子供が軍人なのかといえば、それは彼の二人が持つ魔道と科学の技が天災レベルであるからだ。市井で野放しにするのが危険なため、軍属にして国に縛り、管理しているのである。


 最後の一人はイーロン。若い隊員が多い中で唯一中年に近い年齢の彼は、何をするでもなく刀を肩にかけて床に座っている。

 王の御前では基本的に帯刀が許されないのだが、この男だけはそれを咎められたところを見たことが無い。刀を持っていようがいまいが止められるものがこの王国にいないからだ。

 それに態度も一小隊員の態度じゃないよなと思うのだが、これは皆慣れてしまい誰も文句を言わない。つまり慣れるくらいこんな事がよく起こっているのだ。


「どうだ?」

「ダメね。魔法薬を使ったみたいだけど、もう魔法の残滓も無い。肉体そのものを変化させ、そのまま自然に固定させる術式ね。これが自然の状態だから、呪いを解くみたいには戻せないわ」


 テルルが両手を軽く上げてすまし顔で首を横に振る。


「こっちもダメですね。遺伝子レベルで変化してますから元に戻せません。耳の切断手術をしたとしても獣人の生命力で再生してしまうかと」


 メルクも納得行かないような顔で首を横に振る。

 つまり魔法的にも科学的にも打つ手がないらしい。

 全くもってあの執事の仕事はいつも無駄に完璧だ。


「なら、仕方ない」


 魔法でも、科学でも、対応できないなら仕方が無い。

 ならば常道でもない外法を使うまで。


 ……私はちらりとイーロンに向けて目で合図した。

 次の瞬間、イーロンの姿は陛下を挟んで反対側に移動しており、軽く鞘から抜けていた刀を収めた。


「うっひょおお!!」


 チンッ。と小さく鍔鳴りが響き、陛下の耳からロバ耳が落ちた。切られた時は気が付かなかったようだが、床に転がったロバ耳を見て陛下が奇妙な声を上げる。


 これでよし。

 イーロンの剣技は理解不能な範囲にある。切断したまま傷口は修復させつつ、それが自然の状態だと身体に認識させるなどお手の物だ。


「元に戻せないならば、余分なものは切ってしまえばいい」


 見た目で分からなければ、中身が違くとも誰も気が付くまい。


「無茶苦茶しおる…」という陛下の声が聞こえてきたが、物事など解決できればそれでいいのだ。


 我等は救国救世軍。

 本日の救国完了!!

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