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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Everlasting

作者: 絢瀬 耀

 頭痛がする、吐き気もだ。ローウェルは疲れ切った目で窓の外に目を向けた。

 彼の屋敷の入口には雑に放り投げられたズタ袋が見える。 

 ああ、また今日もか。嫌悪感を隠しきれない表情で門の近くまで足を運んだ。

 ローウェルは怪物だ。

 いつから、なぜそうなったかは彼自身も知らない。彼の親の親のそのまた親の代からずっとだ。

 ただ、街の人間は口をそろえてローウェルが怪物だと言っている。

 彼自身もそれに対しては何も疑問に思ってはいない。

 生まれながらずっとそう言われ続けてきた。それが当然だった。

 ローウェルはズタ袋の口を開く。

 中から傷だらけの金髪の少女の真っ白な顔が見え隠れしている。

 やはりこれか。ローウェルは一層強くなる頭痛に悩まされながら袋から少女を取り出した。

 彼の屋敷がある街は決して裕福ではない。それどころか飢饉に嘆いているほどに困窮している。

 それ故に、暴力や略奪が蔓延っている。

 行き過ぎた暴力は時に人を動かぬ肉塊に変えてしまう。

 そうなった時に街人は逃げ道を探す。見つけ出した逃げ道、それがこれだ。

 怪物に連れ攫われ殺された。

 ずっとずっと長い間、何度も何度もローウェルの屋敷には死体が放り投げられ続けている。

 ローウェルはその都度、死体を屋敷の裏に埋葬し続けていた。

 もはや日課にもなりつつあるそれに彼は何も疑念を感じなかった。

 自分は怪物だ、殺したものを処理しなければいけない。たとえそれがローウェルが手に掛けていないとしても。

 今日のこれも変わらない、さっさと埋葬してしまおう。

 ローウェルが少女を抱え上げようとした時だった。


「う、うう……」


 驚いた。まだ息がある。

 ここに放り投げられてまだ生きている者がいたことはかつて一度たりともない。

 困惑、驚愕、そしてなにより不安。

 どうする、どうすればいい。街に返すか。

 出来ない、一度死んだとされている人間を町に返せば、今度はこの少女が怪物と蔑まれてしまう。

 今にも消えそうな目の前の灯にローウェルは焦燥感を感じた。

 ひとまず治療、そして尋問。

 丁寧に、まるで割れやすい陶器を扱うかのように少女を抱え上げると、ローウェルはすぐさまに屋敷の中へと駆け戻った。

 幸いにも彼の屋敷にはモノだけは溢れ返っている。

 親の遺した大量の文献や薬草を配合した薬などが所狭しと並んでいた。

 たった一人で何年も過ごしてきたローウェルは書物の内容を熟知している。

 弱弱しく呼吸する少女をベッドに寝かせ、彼はありとあらゆる治療を試みた。

 体中に見える痣の跡や傷跡から、この少女もまた襲われたのだろうことは容易に想像がついた。

 こんなに綺麗な肌なのに、なんて可哀想に。

 そう思いながらローウェルは懸命に治療を施した。

 夜が明け、日が昇り、また夜になった。

 休むことなく治療を続けていたローウェルにもいよいよ限界が訪れる。

 微睡に沈みかける彼が深淵に落ちる直前に見たモノ、それはゆっくりと起き上る少女の姿だった。

 これほど深い眠りについたのはいつぶりだろうか。

 目が覚めたローウェルの鼻腔をくすぐる甘美な匂い。

 覚醒しきっていない頭を振りながら彼は匂いのもとをたどり探す。

 屋敷の中、それもそう遠くない。

 これほどまでの匂いを感じたことは彼の生涯で一度たりとも無い。

 

「あ、目が覚めましたか?」


 台所、そこにはあの少女が立っていた。

 その手には美味しそうなアップルパイがこんがりと焼き上がっている。

 

「キミはいったい?」

「あっ、すいません。勝手に使っちゃって……でも助けていただきましたし、何かお礼をしたいと思いまして……」


 少女は申し訳なさそうにアップルパイを切り分け、ローウェルに差し出す。

 使われているリンゴや素材は間違いなく彼の屋敷にあったものに違いない。

 ローウェルはおそるおそる一口、アップルパイを口に含んだ。

 甘い、とても美味しい。どこか懐かしさも感じる。

 彼の意思とは裏腹に目からは大粒の涙があふれ出てきた。

 

「お口に…合いませんでしたか?」

「いや、違うんだ。誰かが僕のために何かを作ってくれたことなんてなかったから……」


 ローウェルは無我夢中でアップルパイに貪りついた。

 その様子を見て少女はほっとしたような安堵の表情を浮かべていた。

 

「よかった、お気に召していただいたようで。私はスタインといいます」

「ローウェル、僕はローウェルだ」


 スタインと名乗った少女は柔和な笑顔をローウェルに向けた。

 彼の心がトクンと高鳴ったような気がした。


「あの、不躾なのは重々承知でお願いしたいのですが……どうか、私をここに置いてくれませんか?」


 まるで宝石のように美しい紺碧の目でスタインはローウェルに頼み込む。

 彼にとっても願ったりかなったりだ。

 もっとも彼と共にいるということは彼女もまた怪物として扱われるかもしれない不安ははらんでいる。

 ローウェルは隠すことなくそれをスタインに伝えた。

 それでもなお彼女は構わない、もし不要になれば捨ててくれても殺しても構わないとまで言い放った。

 あまりにも突飛に言い放つもので、ローウェルはついぞ噴き出してしまった。

 笑った、何年振りだろうか。彼が一人になってから笑ったことがあったか、自分でも驚いた。

 

「これからよろしく、スタイン」

「はい、ローウェルさん!」

「ローウェルでいいよ」


 それから二人の悠々自適ともいえる生活が始まった。

 灰色だったローウェルの生活に色が入ったようなそんな雰囲気さえもしている。

 最早、彼にとって自分が怪物かどうかはどうでもよくなっていた。

 日に日に元気になっていくスタインの姿も相まって、ローウェルの心には幾分か余裕が戻っていた。

 

「こんな生活で楽しいのか?」


 ある日、屋敷のベランダでローウェルは不意にスタインに問いかけた。

 特に深い意味があったわけではない。ただ、彼にはスタインを自分が縛り付けているのではないかという漠然とした不安があったのも事実だ。

 一瞬だけキョトンとした顔をしたあとにスタインは頬を膨らませながら抗議した。


「楽しいに決まっているじゃないですか!」

「でも、屋敷の外には夜しか出れないし……」

「こんなに星や月が綺麗だって初めて知りました」

「街から遠く周りは木々だらけだし……」

「空気がとっても美味しくて、葉っぱの音が気持ちいです」

「キミも怪物だと言われているようだし……」

「存在しない者として扱われるよりはマシです!」


 ローウェルの言葉全てに反論しててきて、ついに彼は根負けした。

 若干のドヤ顔で見つめてくるスタインの様子にどこか愛おしささえ覚えていた。

 

「キミがそういうなら、これからもよろしく頼むよ」

「はい!」


 その時だった、ガシャンと大きな音が階下から響き渡った。

 何事だろうか、ローウェルはスタインに隠れているように言い放った。

 野生動物が迷い込んでくることはさほど珍しいことではない。

 ローウェルは短剣を片手に息を殺して階段を下っていく。


「へへ、怪物なんて俺が倒してやるよ」

「金目のモンとかいっぱいありそうですね」


 街の人間だろうか3人の男が彼の屋敷に侵入していた。

 金品目当てや名声を得ようと屋敷にやってくる人間も少ないわけではない。

 だが、ローウェルはそういった輩を追い払うことは経験済みだった。

 短剣を手にしたまま出来る限り恐怖心を燻らせるように男たちににじり寄る。

 

「出やがったな、化け物。なんだ、ひ弱なガキじゃねえか」


 男は懐から短剣を取り出すと、3人一斉に襲い掛かってきた。

 ローウェルは男たちの攻撃をひらりひらりと躱し、彼らを傷つけないように攻撃を与えていく。

 絶対に殺さない、それがローウェルの誓いだった。

 乱暴な男たちの攻撃で周囲の調度品が壊れていく。

 

「ローウェル!」


 背後から呼びかかられる。そこにはスタインの姿があった。

 一瞬の迷いと彼女に気を取られ隙が出来てしまった。

 男の短剣がローウェルの腹部に深々と突き刺さる。

 ジワリと血が滲み彼の白いシャツが赤黒く染まっていった。

 寒気と吐き気を感じながら、彼はその場に倒れこむ。

 すぐさまにローウェルのもとへとスタインが駆け寄る。 


「やったぞ、怪物を倒した。へへ、ざまぁねえな」


 男たちはローウェルを倒したことに興奮しながら狙いをスタインに向けた。


「女がいたらやることは決まってるよなぁ?」


 下衆のような表情をしながら近づいてくる男たちがスタインの腕をつかみ、無理矢理に立ち上がらせる。

 刹那、男たちの表情が強張った。

 そして、スタインはその細い腕でボスらしき男の首を掴み持ち上げる。

 体格差から、持ち上げられるはずがないのに男はスタインの手から逃げることが出来ない。

 取り巻きは恐怖で動けなくなっていた。

 遂にスタインはそのか細い手で男の太い首をベキリとへし折ってしまった。

 泡を吹きながらその場に落とされる男の様を冷たい眼差しで見つめた後、スタインは残りの2人に目を向ける。


「ひ、ひぃ!怪物だぁ!殺される!」


 男たちは恐れおののきながら一目散に屋敷から逃げていった。

 彼らの姿が見えなくなったことを確認したスタインはすぐさまローウェルのもとに戻る。

 すでに彼の指先から感覚がなくなっており、死ぬのは時間の問題だった。

 

「時間がありません、ローウェル。ここですぐに決めてください」

「……?」

「今ここで死ぬのと、永遠に死ねないのと、どちらがいいか選んでください」


 突然の選択にローウェルは困惑した。

 少し前ならば彼は迷いなく死ぬことを選んだだろう。怪物として蔑まれ孤独な暮らしを強いられているぐらいであれば。

 だが、今は違う。スタインとの生活が脳裏に焼き付いて離れない。

 あの楽しかった日々が消えてしまうのがどうにも許せなかった。


「いやだ……死にたくない……僕は……怪物でもいいから……生きていたい!」

「わかりました、私はあなたがどんな姿でも隣にいます」


 そういうとスタインはローウェルの唇に自らの唇を重ね合わせた。

 出血が止まり、傷口がふさがっていく。指先の感覚ももとに戻り、普通に歩けるぐらいまでは回復した。

 だが、体温だけは戻っていない。冷えているかのように体が冷たいのだ。

 

「ああ、そうか、僕は本当に怪物になってしまったのか……それにキミは」

「隠すつもりはなかったんです、でも……ごめんなさい」


 スタインは自分の正体を彼に話し始めた。

 彼女は人間を超えた力と、永遠に死ぬことのない体を持つ存在であった。

 永遠に死ぬことが無い彼女は幾度となく別れを繰り返してきていた。

 流れに流されて生きているなかで、街に噂されている怪物の噂を耳にしたスタインはローウェルに興味を持った。

 だが、その際に彼女は街中で暴漢に襲われてしまい、この屋敷に放り投げられたのだ。

 

「結果として、あなたを本当に怪物にしてしまった……」

「構わない、怪物扱いには慣れてるし、それに……隣には君がいてくれるんだろ?」


 ローウェルの言葉にスタインの白い肌が赤味を帯びてくる。

 それから数日が経ち、ローウェルとスタインは屋敷の前に立っていた。

 彼らは屋敷を放棄し、遠くへと旅立とうとしていた。

 もしかすると彼らに近い存在が他にもいるかもしれない。確証も当てもない永い永い旅。

 

「行こうか」

「はい」


 ローウェルはスタインの手を取り、一度も超えることのなかった屋敷の門の向こう側へと力強く一歩を踏み出した。

 歩みゆく二人の姿を見送り、誰もいなくなった屋敷を満月だけがいつまでもいつまでも照らし続けていた。

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[良い点] 展開の進め方がスムーズで読みやすかったです。 情景描写が細かく想像しやすかったのでより世界観を想像することができました。 [気になる点] ローウェルが何故本当に怪物になってから屋敷から発っ…
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