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9.本物の魔法

「――自分を教師として雇ってほしい、ねぇ」


 時は遡り、入学試験当日。

 ミスラテイル学園の学園長室。そこで、見目麗しい二人の女性が対面していた。


 片方は、ミレイア・ネ・アルモール。

 魔力の流れを見ることのできる魔眼、魔力眼(ウィザーズアイ)を保有するエルフの魔法使いだ。


 そしてもう片方は、イスに腰を下ろして肘をつく、ミレイアと同じ年頃の見た目をした人間の女性。

 金と銀、二色が入り交じる長い髪は、奇しくもとあるモノクロツートンな少女を連想させる。

 ただ、あのツートン少女と似ている点はそこだけだ。

 纏う空気はひどく妖艶なもので、見ているだけで心が引きずられていきそうになる。机の上にある受験者の資料をぱらぱらとめくっている、ただそれだけの仕草さえ、底知れない色香を放っているようにさえ感じる。

 あのツートン少女と違って、表情は豊かな方だ。だというのに、その金色の瞳の奥にある感情は一切が見通せない。無表情なのに感情がわかりやすいあの少女と違って、表情が豊かであるはずなのに、本当の心の一切が見えてこない。


 ――賢者、リーゼロッテ・グラサイト・レヴナンスゼウス。

 七年前の戦争においても、魔法の研究においても、様々な点で多大なる功績を残している今代の賢者が彼女だった。

 そのリーゼロッテは資料から手を離さず、探るような、心底疑問であるというような視線をミレイアに向ける。


「突然なんの風の吹き回し? あなたは魔法以外のことにはなんにも興味を示さない生粋の魔法馬鹿だったって私は記憶してるけど」


 胡散臭いやつ。

 ミレイアはリーゼロッテと長い付き合いだが、いつもリーゼロッテのことをそう心の中で評していた。


「馬鹿は余計よ。率直に言うと、一人、気になる受験者がいたの。だから私を教師にして、その子のクラスの担任にしてほしいのよ」


 ずいぶんと勝手な物言いだとはミレイアは理解してたが、これはリーゼロッテにとっても悪い話ではないはずだった。

 ミレイアは自他ともに認める優秀な魔法使いである。それこそリーゼロッテに匹敵する実力を持っていると自負している。

 そんなミレイアが学園の教師としての責務を請け負う。そうなれば、学園の教育の質はこれまでと比べて一段階高くなる。

 するとそこで、リーゼロッテはひらひらと資料のうちの一枚をミレイアに見せつけて、言った。


「その気になる受験生っていうのは、やっぱりこのクロムって子のこと?」


 リーゼロッテは意味深に艷やかな笑みを浮かべる。


「すごい魔力量だものね。もし魔法の才能がきちんとあるなら、もしかしたら、いずれ私たちを越える偉大な魔法使いになれるかもしれな――」


 しかしそこでミレイアは首を横に振った。


「違う違う、その子じゃないわ。私が気になってるのはその次の資料の子」


「次、って……」


 リーゼロッテの顔が困惑でゆがむ。

 今回ばかりは、その瞳と表情に潜む感情が合致していた。


「……このエルフィリアって子のこと?」


 確かに、筆記と魔法技術の成績はいい。特に技術に関しては測定したミレイアいわく、唯一の百点満点だったという。

 だけれどその反面、魔力量は並以下。常人の五分の一もあればいい方だ。

 通常、魔法使いは少なくとも常人の五倍は魔力を持っているものである。常人と同レベルの魔力量で魔法使いなんてつとまるわけがないのだから当然だ。

 つまるところエルフィリアはその最低限度の魔力量の、さらにニ五分の一しか魔力を持っていないということになる。

 高い魔法技術を持つが、ほぼすべての魔法を魔力が足りず使うことができない、欠陥の魔法使い。それがエルフィリアという少女だ。

 魔法研究の助手としてはかなり優秀かもしれない。しかし、彼女自身が魔法使いとして大成することはまずありえない。

 それが資料上のエルフィリアに対するリーゼロッテの評価だった。


「言っちゃ悪いけど、あんまり将来が期待できなさそうな子ね」


 リーゼロッテがそう言うと、そんな彼女をミレイアは「ふん」と鼻で笑った。


「それはあなたがあの子の魔法を見ていないから言えるのよ」


「この子の魔法を……? どういうことかしら」


 ミレイアの含んだ物言いに、リーゼロッテも好奇心を刺激される。


「ねぇ、リーゼロッテ。あなたは初めて魔法を見た時のこと、覚えてる?」


 ミレイアの問いにリーゼロッテは少し考えた後、ふるふると首を横に振った。 


「あいにくと物心つく前から常識として根付いちゃってたから、覚えてないわね」


「そう」


 ミレイアは小さく呟き、懐かしい景色を思い浮かべるかのように宙空をぼーっと見据えた。


「私は覚えてるわ。いえ……思い出した、と言った方が正しいわね。空を駆ける光、夜空を照らす星のように、きらきらと舞い散る光……」


「……それを思い出したのは、その、エルフィリアって子の魔法を見て?」


「そうよ。あの子の魔法は完璧だった。いえ、違う……完璧なんて言葉を使うこと自体が失礼ね」


 本人は気づいているのか気づいていないのか、ミレイアはまるで子どものような無邪気な微笑みを浮かべていた。


「私はずっと紙の鳥を作ることが魔法だと思っていたの。紙をより効率的に、効果的に折って、いろんな工夫を施して遠くへ遠くへ飛ばす……それが魔法だと思っていた。でも、違った。あの子の、エルフィリアの魔法は本物の鳥だった」


「……表現が抽象的でイマイチわからないわね」


「あなたは私と違って『目』がないからしかたないわ。でも、私はその時、本当に感動したの。思い出したのよ。初めて魔法を見た時のこと……」


 晴れ晴れとした顔で、言う。


「懐かしい感覚だった。ずっと憧れていたの。魔法を初めてこの『目』で見たあの日、私はその綺麗な輝きに心を奪われた。私が魔法使いを志したのだって、ただ、魔法が綺麗だと感じたから。それだけだったのよ。私が、その綺麗を使ってみたいと思ったから。その綺麗を自分の手で、もっといろんな人の心に叩き込んでやりたいと思ったから」


「…………」


「いつからだったかしら。魔法を数字でしか、術式でしか見なくなったのは……でも、違う。魔法はそんな単純なものじゃない。元来、魔法とは奇跡の力。無垢なまでの人の願いを体現する、美しい力。完璧だとか完全だとか、そんな単純なものじゃないわ。もっとずっと尊い、そうであってほしいという祈りの力だったはず……」


「……あなた、よっぽどそのエルフィリアって子のことが気に入ったのね」


 理論でなく、その真意を。

 いつになく魔法という存在について熱く語るミレイアを眺め、リーゼロッテは肩をすくめた。

 そんなリーゼロッテの反応に、ミレイアは苦笑する。


「さっき、その子の魔法のことを本物の鳥って表現したわよね? そして私たちの魔法が紙の鳥だと」


「ええ。それが?」


「紙をどれだけ精巧に折ったって、重ねたって、色をつけたって、本当の鳥にはならない。似せられるかもしれないけれど、同じ動きをさせられるかもしれないけれど……そこに本物の鳥の魂はない」


「それはつまり、あの子の魔法には魂があると?」


「そうよ。私たちでは到底到達できない……到達する光景を想像できないほど、はるか遠く。あの子の使う魔法こそがきっと……『本物の魔法』と呼ぶのだと思うの。『始祖の魔法使い』と同じ領域の、本当の奇跡……」


「本物の魔法、ねぇ」


 正直、リーゼロッテは半信半疑だった。

 ミレイアの『目』が確かなことは知っている。

 魔力の流れを見る魔眼、魔力眼。この世界でもっともありふれた魔眼だが、魔法使いにとって、これほど汎用性に優れ有用性のある魔眼は他にない。

 けれども、たかが一生徒がいったいどうすればミレイアが評するほどの実力を身につけられるのかという話だ。

 本物の鳥。本物の魔法。始祖の魔法使いと同等の奇跡。

 そうまでミレイアに言わせるエルフィリアという少女は、いったい何者だ?

 常人の五分の一以下。そんな少ない魔力で、まともに魔法も使えるはずもない低すぎる魔力で。二十にも届かない年月しか生きていない身の上で。

 どうやってそこまでの魔法の腕を身につけたのか。

 もしも、そんな不利な条件下でさえ、それほどのことが可能なほどに魔法を扱う才能に秀でているのだとすれば、それは――。


「……エルフィリア、ね」


 荒唐無稽。信じられないことばかりだが、とりあえず名前を覚えておいて損はないだろう。

 そう思い、リーゼロッテは資料に視線を落とした。


「エルフィリア。エルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツ……って、あら? ヴァイスィードハーツ?」


「……? その子の名前がどうかしたの?」


「……いえ……」


 図らずも驚いてしまった理由は、優れた魔法技術などとはまったく関係のないことだったが……。


「……ねぇ、ミレイア。エルフィリアとクロムの二人は仲良しみたいだったのよね?」


 ミレイアが教師になりたいと言い出す前に、クロムという少女がどんな様子だったのか、リーゼロッテはミレイアから聞いていた。


「私が見た感じはね」


「…………ふぅん」


 資料には写真も載っている。

 そのうちのクロムの資料にリーゼロッテは目を向けた。

 黒白の髪と瞳が特徴的な少女。

 リーゼロッテは彼女のことをミレイアの前では今回の試験で初めて知った風を装っているが、実は以前から彼女の容姿を知っていた。

 初め、彼女がこの学園に入学しようとしていると知って、心底驚いたものだ。

 いったいどうやってここまで来たのかわからなかった。彼女には、リーゼロッテが直々に(・・・・・・・・・・)厳重な封印を施した(・・・・・・・・・)はずなのに。

 しかし、仮にヴァイスィードハーツの名を持つエルフィリアがその彼女の封をなんらかの方法で解いて、今もなお一緒にいるのだとすれば……。


(……今のあの子に危険はない、か)


 リーゼロッテはクロムに対する思考を止めて、ミレイアに顔を向けた。


「なんにしても、あなたが教師になってくれるなら是非もないわ。ただ、あなたここの学園の教師がなにをするかとかなんにも知らないでしょう? 興味もなかったでしょうし。マニュアルを渡すから、始業式の日までに暗記してきなさい」


「わかったわ。それくらいならお安い御用よ」


 二つ返事の了承。

 リーゼロッテは肩をすくめる。


「……ミレイア。あなた本当にそのエルフィリアって子が気に入ったのね。魔法にしか興味がなかったあなたが教育者としての勉強を受け入れるなんて。以前までなら、そんな無駄なことに時間を使うくらいなら魔法の研究に使う、とか言いそうなくらいなのに」


 ミレイアは目をぱちぱちと瞬かせた。


「ああ、それは違うわ。別に教師自体にはなんにも興味はないの。ただ、あの子のそばであの子の魔法を見続けること。それが新たな魔法の境地にたどりつけるかもしれない。そんな気がしているだけ」


「結局は魔法のためってことね……」


「そういうこと。でもまあ、教師の仕事もやるからにはちゃんとやるわ。そこは安心して」


「ええ。期待しているわよ? 森の賢者、ミレイア・ネ・アルモールさん?」


「その呼び方はやめてっていつも言ってるでしょ。あれは仲間内で言われてただけの称号よ。人間の世界じゃなんの意味ももたないわ」


 じゃあね。

 手をひらひらと振って去っていくミレイアを見送って、リーゼロッテは再び資料に目を落とした。


「エルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツ……エルフィリアちゃん、ね。近々、こっそり会いに行ってみようかしらね」


 なんて呟いて、リーゼロッテは妖艶な笑みを浮かべた。

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