7.初登校
「はぁー……なんとか合格できてたみたいでよかったのですよ……」
数日前に届いていた制服を身を包みながら、エルフィリアは先日の入学試験のことを思い返していた。
筆記を難なく乗り越えたまではよかった。エルフィリアにとっての難関は実技だ。
実技がずば抜けていれば筆記が壊滅的でも受かるのがミスラテイル学園ではある。しかし逆に、筆記がいくらよかろうと実技がまるでダメではまず受からない。
エルフィリアの魔力量は、他の魔法使いどころか一般人と比べても異常なまでに少ない。
なのでエルフィリアとしては魔力量計測は諦めて、その後に行われる魔法技術の測定で一気に評価を底上げするつもりでいた。
予定では、その時に使おうと思っていた魔法は反魔法だった。
反魔法は大した魔力を必要としないながら、その特異性と複雑さから一流とされる魔法使いにしか使えない技である。しかもその『使える』の基準は、何十秒と時間をかけて一つの魔法をかき消す意味での使えるだ。
エルフィリアは、簡単な魔法なら一瞬で消してしまえる。
だからこそ反魔法さえ見せつけられれば合格まで漕ぎ着けられるという算段がエルフィリアにはあった。
しかし……。
「あんなに教えたのに、クロムのやつ本番であんな魔法を使いやがって……です」
問題は、エルフィリアの直前でクロムが「ファイアボルトもどき」を使ったことだった。
クロムにはエルフィリアが直々に魔法を教えている。
まだ下級魔法の中でも一番簡単とされる攻撃魔法のファイアボルトしか教えていないが、彼女はそれをほんの一週間でまともに使えるようになった。
常人なら、下級魔法とは言えど、まともな魔法を使えるようになるために半年以上の時間と努力を要する。なのでクロムの筋は決して悪くない。むしろ天才的と言っていい。
そう、練習の段階ではきちんとできていたのである。
なのに本番で彼女が使ったのは、魔力の暴力に任せた「ファイアボルトもどき」。
そんな魔法を正しいかのごとく周りが称賛していたことも相まって、思わずエルフィリアも、激情に任せてファイアボルトなどという技術もなにもない超簡単な下級魔法を使ってしまった。
魔力量が極端に低いエルフィリアにとっての、磨き上げてきた技量を示すことができる唯一の機会をほぼふいにしてしまったのである。
すぐに後悔したが、時すでに遅し。
やり直すことなど当然できず、試験の合否の結果が来る日までエルフィリアは気が気ではなかった。
合格の通知が届いた日には「よ、よかったのですー……」と膝をついて安堵の息を漏らしてしまったものだ。
「エルちゃん。着替え終わった?」
がちゃり。唐突に扉が開いて、同じ制服に身を包んだクロムがとてとてと歩み寄ってくる。
頭には角を隠すためにキャスケット帽をかぶっていた。エルフィリアのお古である。
「終わってないのです。というか、終わった? って聞きながら入ってきちゃ意味がないのですよ。ちゃんとノックをしろなのです」
クロムいわく、試験であんな魔法を使ってしまった理由は「緊張しちゃって……」とのことらしい。
魔法を初めて使ってから数えるくらいの日数しか経っていなかったので、魔法を使う感覚が体に染みつき切っていなかったのだろう。
当然、試験から帰った後にまたみっちりと魔法の練習をさせた。今のクロムなら、あの時と同様に緊張モードであろうと正しい術式のファイアボルトを使えるはずだ。
「手伝う?」
会った当初なら言葉が足りなすぎて「なにをです?」なんて問いかけ直していたところだ。
魔法の訓練に付き合ったり、勉強を手伝ったりと、今はもうそこそこの付き合いになっているので、「エルちゃんの着替え、わたしも手伝う?」と脳内で自動翻訳される。
「いらないのです。ほら、話してる間に私も着替え終わったのですよ」
「お揃いだね」
「制服だから当たり前なのです」
「エルちゃん、いつもは尖ってる帽子と黒いマントばっかりだから、なんだが新鮮」
「あれは古くからの魔法使いの正装なのです。何事も形から入るのが大切なのですよ」
そんなことを話しながら二人で玄関に向かう。
今日は入学初日、入学式の日だ。
学園を目指して街中を歩く。道中には、エルフィリアやクロムと同じ制服を着込んだ少年少女の姿があった。
その中には試験の際に見かけた顔がまばらに見受けられる。エルフィリアやクロムと同じ、試験に合格した学園への入学者だ。
「……うーん」
「どうかしたのです?」
「なんか、視線を感じる……?」
見渡せば、確かにクロムへと興味深そうな視線を送っている者が何人か見かけられる。
「ああ、きっと試験のあれのせいなのですよ。クロムを見てるのは全員後衛の試験を受けてたやつらなのです」
「あれ、っていうとファイアボルト?」
「ファイアボルトもどきなのです。相当目立ってたですからね。顔を覚えられててもしかたがないのです」
一方、クロムと一緒に歩いているエルフィリアへの注目は皆無に近い。せいぜいがクロムの付属品程度の扱いだ。
よりにもよって超派手なファイアボルトもどきを繰り出したクロムの後に、ごくごく普通なファイアボルトを撃ち出したのだから、誰の印象にも残っていない。
少なくとも生徒の中には。
「わたしなんかよりエルちゃんの魔法の方が、もっとずっと綺麗なのにね」
「……小奇麗なだけなのです」
「でも、試験官の人も見惚れてたよ」
「あのエルフの人です? たぶんですけど、あの人は魔眼持ちでしたね」
「魔眼?」
「端的に言うと魔法が宿った目なのです。いろいろ種類はあるですけど、あの人はおそらく魔力眼なのです。魔力の流れを見ることができる目なのですよ」
そうでなければ、魔力量が壊滅的なくせして、たかだかファイアボルトを使っただけでしかなかったエルフィリアが合格するはずがない。
あの試験官の人は自らの魔力眼をもって、ファイアボルトという簡単な術式の奥に潜むエルフィリアの技量を正しく評価してくれたのだ。
それに、あの時の試験の内容は得意な魔法を一発放つだけのものだった。魔力眼がなければ、魔法を一目見ただけですべてを判断するなんて、まず不可能である。
「魔眼……なんかかっこいい。わたしも欲しいな」
「後天的に発現させることもできなくもないのですよ。でも、希少で高価な素材とかたくさん使いますし成功率もそんなに高くないので注意が必要なのです。予備の目玉を用意して、そっちに魔法を施して魔眼が発現したら移植するって方法が一番現実的で安全ですかね」
「よ、予備の目玉?」
「できるだけ同じ年頃で同じ性別の人の目玉が望ましいのです。まあ、そんなのそう簡単に手に入るはずもないですけど。自分の目玉を直接いじるのも別にいいですが、体に悪影響が出る可能性があるので一回抉り取っちゃってからの方がいいのです。クロムは魔眼手術に興味があるのです?」
「……い、いや。やっぱり別に魔眼はいらないかな……」
淡々と語るさまが逆に恐怖心を煽る。クロムはぶるりと肩を震わせた。
一方、エルフィリアは肩をすくませている。
「魔眼も便利ですけど、やっぱり私はもっと魔力が欲しいのですよ」
「エルちゃんかなり少ないもんね」
クロムと比べれば誰だって雀の涙程度になるだろうが、そうでない平均的な目線で見てもエルフィリアの魔力はやはり少ない。
「魔力量って増やせないの?」
「増やせる方法があるならとっくにやってるのです」
「わたしのを分けてあげられたらよかったのにね」
「まったくなのです」
今のクロムはファイアボルトしか使えないので、どう考えても宝の持ち腐れだ。
(もし、私にもクロムと同じくらい魔力があったなら……もっとずっとすごい魔法使いに――)
そんな思考を一瞬しかけたが、すぐに首をふるふると左右に振ってかき消した。
生まれ持った魔力量を増やす方法。
ずっと探し続けてきた。いや、今もそれを探し求め続けている。
ミスラテイル学園に通うことにしたのだってそのためだ。
必ずそうなってみせる。持って生まれた魔力を増やすことができる方法を見つけてみせる。
きっと今は、そういう意気込みの方が大事だ。