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5.学園と試験

 最近、目覚めるといつも息苦しい。


(……またなのですか……)


 エルフィリアとクロムの部屋は別々にある。

 就寝前の「おやすみ」の挨拶の際には自分の部屋に入っていくクロムの姿も確認しているし、エルフィリアも自分の部屋に戻って一人で眠りにつく。

 なのに、目が覚めるといつもすぐそばでクロムが寝ているのだ。


(何度注意しても潜り込んできやがるのです。絶対わざとなのですよ)


 エルフィリアは、エルフィリアの頭を抱えるようにしてすやすやと眠りこけているクロムを少しどかして、クロムを起こさないように布団を出る。

 エルフィリアがいなくなったからか、なくしものを探すかのようにクロムの手がさまよっていたので、ダミーとして枕元のぬいぐるみを彼女の手の先に置いておいた。


「ふわふわ……」


 クマのぬいぐるみを抱きしめて寝言を漏らすクロムは大層ご満悦な様子である。


「はぁ……ご飯でも作ってくるのです」


 朝は布団にくるまって好きなだけ寝ていたいので、以前はいつも買い溜めておいた保存食で済ませていた。

 クロムが来てからも最初の頃はそうだった。

 しかし、気まぐれというべきかなんというべきか。

 たまには健康に気をつかった方がいいかな、なんて手料理を作ってしまったのがいけなかった。

 その料理を食べたクロムが思いのほか気に入ってしまったのだ。


(あれは完全に失敗だったのです……あれ以来私は眠気をこらえて毎朝ご飯を作らなくちゃいけなくなったのですよ。あの時の料理に毒でも混ぜてやればよかったのです……)


 いくら後悔してもやりきれない。

 あとしばらくすればクロムも起きてきて、いつものようにエルフィリアの手料理をご所望になるだろう。

 クロムが来てからずいぶんと増えてしまったため息を吐きながら、エルフィリアは自分の部屋をあとにした。






 朝ご飯の最中。


「あ、そうなのです。クロム、私はあとで学園に書類を提出しに行かなくちゃいけないので、家でおとなしくしているのですよ」


「学園?」


 エルフィリアの思い出したような発言に、リスのようにハンバーグを頬張っていたクロムが首を傾げた。


「学園は学園なのです。剣とか魔法とか、選択した科目に応じた技術を学べる学び舎なのです」


 クロムは初め、首を傾げていたが、徐々にその意味を咀嚼していく。


「……学園は、勉強をするとこ? エルちゃんは、その学園っていうところに通ってるの?」


「いや、まだなのです。一週間後に入学試験があるのですよ。それの申請の書類を今日提出しに行くのです」


 この時期はその試験を受けようと、エルフィリアたちが住む街に外から多数の人々が押し寄せてくる。

 入学試験の書類受付自体は一ヶ月前から行われていた。

 ただ、一度書類を提出してしまうと街から出られなくなってしまう。

 正確には、書類提出後に街から一度でも出てしまうと試験を受ける資格が剥奪される。

 なのでエルフィリアは書類の提出を先送りにしていた。

 付け加えると、この時期は街の警備が強化される代わりに他がおろそかになりやすい。

 旧魔王城に安全に忍び込みに行くならこの時期しかない、という打算もあったりした。

 本当は旧魔王城の探索が終わったらすぐに提出しに行くつもりだった。しかし、クロムが来たせいでタイミングを逃してしまったのだ。

 結果、予定していたよりもさらに後となる受付期限の最終日である今日まで、提出を先延ばしにしてしまっていた。


「エルちゃんはその学園になにを学びに行くの?」


「それはもちろん魔法なのですよ。これまでも独力で勉強してきたですけど、やっぱりちゃんとした設備や資料があるところの方が研究や実験も捗るですからね」


 エルフィリアは確かに相当高レベルな魔法技術を体得している。

 しかし、だからと言って多くの魔法を熟知しているというわけではない。むしろ、知らない魔法の方が断然多い。

 まだ二十歳にもなっていない十代の少女なので当然と言えば当然だ。

 新たな魔法、新たな知識、新たな経験。

 それらがきっとエルフィリアの悲願である、生まれ持った魔力量を増やす方法を見つけることに繋がっていくはずだ。


「ふーん……ねぇ、エルちゃん」


 クロムは食事の手を止めて、エルフィリアに顔を向けた。


「その学園って、わたしも通える?」


「……犯罪者でもなければ、試験を受けるのに特に資格は必要ないですけど」


 クロムは元魔王なので犯罪者と言えば犯罪者だ。

 ただ、歴史上はすでに討たれたことになっている。

 実際には封印されていて、それをエルフィリアが解いてしまったのだけれど。

 なにはともあれ、魔族の証である角を隠していれば試験を受けること自体は可能なはずだ。

 髪で隠れて見えにくい程度の大きさの角なので、隠すのは容易である。


「じゃあ、わたしもその学園っていうの行く。エルちゃんと一緒に通う」


(……え。学園でまでクロムと付き合わなきゃいけないのです……? 嫌なのですけど……)


「……試験を受けられることと学園に通えるようになることは別の話なのですよ?」


 今日が書類受付の最終日なので、適当な嘘を吐いて誤魔化せばクロムは試験を受けることはできなくなるだろう。

 けれどそうなると嘘がばれた時が怖い。正直に話す。


「試験、難しいの?」


「筆記と実技の二種類の試験があるのです」


「筆記……」


 クロムは自信なさげに顔を伏せる。


「でもまぁ、筆記の方は常識的な知識しか求められないはずなのです。重要なのは実技の方なのですよ。実技が優秀なら筆記試験の結果が壊滅的でも簡単に受かるって聞いたことがあるのです」


「実技、ってなにをやるの?」


 クロムの目に若干の希望の光が灯った。


「二種類の試験があって、事前の書類提出で選択した方の試験を受けるのです。前衛試験なら近接武器を使っての戦闘能力の測定、後衛試験なら魔力量や魔法技術の確認なのです」


 エルフィリアはちゃんと予習をしているので、筆記の方は特に問題なく高得点を叩き出せる自信がある。

 問題は実技だ。

 なにぶんエルフィリアは保有する魔力量が少ない。

 魔力は魔法使いの可能性そのものだ。

 どんな魔法も、魔力が足りず発動ができなければ机上の空論にしかなり得ない。

 しかし、エルフィリアは何年も前から魔法の研究と鍛錬に打ち込み続けてきた生粋の魔法好きでもある。

 そう簡単に不合格の烙印を突きつけられるつもりなどさらさらない。

 ……絶対に合格してみせる。

 そんな決意を胸に秘めたエルフィリアに、クロムが自分自身を指さしながら問いかける。


「エルちゃんから見て、わたしってどうかな」


「どうって、合格できそうかどうかってことなのです?」


「うん」


「んー……」


(筆記の話を聞いた時の反応からして、筆記は間違いなく壊滅的な結果になるのです。そうなると、問題は実技の方ですかね?)


 腕を組み、クロムをじっと観察する。


(魔力量は間違いなく合格点を突っ切るのです。どんな強大な魔法も魔力が足りないのなら十全に扱うことはできない……でも、その点クロムは一切の問題がないですからね。これだけでかなりの高得点のはずなのです)


 学園は技術や知識を学ぶ場所だ。

 つまり、試験の段階で必ずしもその技術や知識が完成されている必要はない。

 試験はあくまで現時点での完成度の確認に過ぎないのだ。

 突出した才能さえ示すことができれば、どんなに未熟でも試験に合格することは可能である。


(あとは魔法技術ですかね。どんなにたくさん魔力があったって、簡単な魔法一つ使う才能すらないではまるで意味がないのです。宝の持ち腐れなのです)


 場合にもよるが、魔法には暴走の危険性が付き纏う。

 そして当然ながら魔力がありすぎるほど、いざ魔法が暴走した時の被害は計り知れない。

 クロムほど絶大な魔力があるならなおさらだ。通常の暴走であれば本人が大怪我をする程度で済むが、クロムの場合はまず間違いなく周辺に大きな被害をもたらしてしまう。

 しかし逆に言えば、きちんと魔法を扱う適正を見せることができれば……つまり、なにかしらの魔法をたった一つまともに使って見せるだけで、クロムは試験に合格できる可能性が非常に高い、ということでもある。


(でもまあクロムは魔王ですし、そっちの心配は別にしなくても――)


 ここでエルフィリアは、はたと思考を止める。


(……そういえば私、クロムが魔法を使うところを一度も見たことがないのですよ)


 エルフィリアはクロムとの生活の中でいくつもの魔法を使ってみせている。

 しかし、よくよく思い返せばクロムが魔法を使う場面は一度として見かけたことがない。

 むしろエルフィリアが魔法を行使しているところを見て、「おー」なんて感嘆の息を漏らしていた始末だ。

 エルフィリアはあの時のクロムの反応を、「わたしと比べると魔力がないに等しいくらい少ないのに、よくこんな魔法を使えるね」っていう感じにバカにされているのだと思っていたのだが……。


「クロム。一応……一応の確認ですけど、クロムは魔法を使えるのですよね?」


 クロムは魔王だ。魔族の王。だから魔王。

 魔族は魔法の才に溢れている者が多いと聞く。

 そもそもとして復活した魔王は七年前、大陸を焼き払うことができるほどの大魔法を天空に展開した。

 だからクロムはまず間違いなく魔法を使えるはずだ。

 質問したエルフィリアとしても、それはわかりきっていることへの確認の意に過ぎなかった。

 しかしクロムは、


「魔法? 使ったことない」


 なんて、当然のようにのたまった。


「……は? クロムは魔王なのですよね? なのに魔法が使えないのですか?」


「元魔王」


「いや元がどうとかそんなの今はどうでもいいのです。え、マジで一度も使ったことないのです? あんなにいっぱい魔力があるのに?」


「わたしの魔力って、そんなに多いの?」


「多いどころの話じゃないのです。常人の何兆倍とあるのですよ……?」


「やった。褒められた」


 クロムはバンザーイ、なんて無邪気に喜んでいる。

 そんな彼女をエルフィリアは呆然と見つめた。


(……え? なんなのです? あれだけの魔力があって一度も魔法が使ったことがない……? マジにマジなのですか?)


 最初は混乱の真っ只中だった。

 けれど次第に事態が飲み込めてくると、ふつふつと腹の内が煮えくり返ってきた。


(ふ、ふざけんななのですよ……? 私が、私がどれだけ自分の少なすぎる魔力で魔法をまともに使えるよう努力してきたか……! これだけの魔力を持っていながら今まで魔法を使ったことがなかった? ふざけてるのですっ……! うぐぐぐ……腹が立ってしょうがないのです!)


 正直な話、もしかしたら、とは思っていた。

 七年前の戦争で復活した魔王は討たれたと言い伝えられている。

 しかしその実、クロムは反魔法の仕掛けが施された城の地下深くに封印されていた。

 だから言伝(ことづて)には他にも齟齬があるかもしれないとは可能性として考えていたのだ。

 大陸を焼き払う大魔法。

 それをクロム自身が手がけたものではなく、クロムの魔力を利用(・・・・・・・・・)した別の誰かが行った(・・・・・・・・・・)というような可能性も、あるかもしれない、なんて考えていた。

 しかしそれはあくまで、ありえないにも等しい仮定に過ぎなかった。

 実際にこうしてその事実を当人の口から肯定されると、驚きと、そしてやりきれない激情がどうしても隠せなかった。


「……クロム。もう食べ終わったですよね? なら、今すぐ表に出るのです」


「え? でもまだ食器片付けてな――」


「そんなものはあとからでも片付けられるのです! だからクロム! 今すぐ表に出るのですよっ!」


「え、エルちゃんっ?」


 びしぃっ!

 クロムを勢いよく指差し、怒り心頭と言った様子で大声を上げるエルフィリアに、クロムは目をぱちぱちと瞬かせた。


「あれだけの魔力があって魔法に全然興味がなかっただなんて、絶対許せないのですっ! 少ない魔力で必死にやりくりしてる私へのあてつけにも等しいのですよ! だからこの私が、クロムに魔法というものの素晴らしさを一から叩き込んでやるのです!」


「ひ、引っ張らないで。そんなに急がなくてもゆっくり行けば」


「甘ったれたこと言ってんじゃないのです! クロムは学園に通いたいのですよね!? だったら今すぐっ、一刻も早く魔法を覚えてもらうのです! これは決定事項なのです! じゃないと私の腹の虫に収まりがつかないのですよーっ!」


「ま、待って。落ちついてエルちゃ――」


「問答無用なのですっ!」


 半ば強引にクロムを連れ出してのエルフィリア主導による魔法の特訓は夕方まで続いた。

 熱中しすぎて書類の提出を忘れかけ、危うく試験を受けられなくなるところだったくらいだ。

 届け出た書類の数は二枚。

 エルフィリアとクロム、二人分である。

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