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28.始祖の魔法使い

 ニーナベルティ・レインベリアは、自分の魔法の実力に絶対的な自信があった。

 通常の魔法は当然として、他の種族たちは未だ手を焼いている三次元術式と立体魔法陣。それらを自在に、そして無数に操ることのできる力をニーナは持っている。

 魔力量だって、学園で計測しエルフィリアに語った八百倍という数値は嘘で、実際は桁が違う。

 およそ八百万倍。それほどの魔力を個人で備えているのだ。

 自分に勝てるのはそれこそ偉大なる七人のご先祖たる魔王様か、歴代最強とまで目される今代の賢者。それくらいしかいないと思っていた。


「……どうなったの……?」


 魔王の器は生かして捕らえなければいけなかったのに、衝動的に繰り出した、殺すつもりで放ってしまった魔法。

 ニーナの干渉を防ぐためにクロムが展開していた膨大な量の魔力の波は、すでに放出されていない。

 しかしその余波として黒白の渦がわずかに残っており、視覚による認識を阻害していた。

 その渦が、煙のように少しずつ晴れていく。


「あれは……」


 あるいは、ニーナ自らが放った魔法によって消し飛んでしまったかと思っていた。

 しかしそうではなかったようで、二人がいたはずの場所に、一人の少女が立っている。

 だがその少女はエルフィリアでもクロムでもない、別の誰か。

 いや、完全な別人とは言えないか。

 姿かたちはエルフィリアそのものだ。しかしその黒と白の束が折り重なる奇妙な髪の色、そして左右で色の分かれた黒白のオッドアイは、間違いなくクロムのものだ。


(……魂の融合は阻止できなかったのね)


 嫌な予感がして、止めようとしてしまっていた。

 だが本来は、ニーナはそれをするためにクロムを迎え入れようとしていたのだ。

 その手間が省けた。そう思えばいい。

 予感はきっと気のせいだ。事実、魂の融合は問題なく成功しているではないか。


「……初めまして。新たな我が同胞。私の名前はニーナベルティ」


 『心』を持つ者同士が魂の融合を行った場合、本来別々の存在としてあるべき互いの『心』が混じり合おうとしてしまい、魂への異常な負荷によって精神と記憶が崩壊した空っぽの存在が生まれる。

 崩壊によって、ばらばらに散りばめられた『心』。それらは新たな魂にとって非常に不安定なもので、次の融合を行うためには、それが安定するまで少し時間を置く必要がある。

 だから前回はクロムをつくってから魔王の復活を行うまで、しばらくなにもない部屋に幽閉する必要があった。

 だが、それにはリスクがある。

 時間を経て感情を覚えると、散りばめられた『心』の欠片が、新たな『心』をつくる材料となる可能性があるのだ。

 以前の器、クロムがまさに良い例であろう。


(同じ失敗は繰り返さない。私は愛情なんて与えない)


 いつもは浮かべている笑顔も引っ込める。そんなものが『心』をつくってしまう可能性もなきにしもあらず、だ。

 ニーナの声を聞き、新たに誕生した少女が、ニーナの方に向く。

 じー、と。なにも反応せず、なにも発せず、ただただニーナを見ている。


「……まあ、しょせん空っぽの、『心』のない魂なんてこんなものね」


 外部からの刺激に反射的で無意識的な行動を取ることしかできない。それでこそ、『心』がない存在そのものだ。

 そう思って、近付こうとした。足を一歩踏み出し、新たに生まれた少女の方へと。

 だが、その瞬間。

 その少女が確かに、口を開いた。


「――覚えているのですよ、ニーナ。自己紹介なんて必要ないのです」


 ぴたり。足が止まった。

 その口調。その声音。その呼び方。

 ニーナは知っている。今あの少女の口を使って『心』があることを示した、その中にある魂の呼び名を。


「エルフィリア、ちゃん? どういうこと……? 魂の融合魔法は、確かに成功しているはず……」


 『心』を持つ魂と『心』のない魂が混じり合った時、片方の『心』のみがその精神と記憶を引き継ぐことができる。

 だが、クロムには、『心』がある。それは間違いない。だからかつて、ニーナの母親とその同胞たちは失敗してしまったのだ。

 エルフィリアだってそうだ。十数年と人の営みの中で生きてきた彼女に『心』がないはずがない。

 なら、なぜ……?


「ニーナは知らなかったですかね。私の得意魔法は、反魔法なのですよ」


「反魔法……? 魂の融合魔法を打ち消したとでも? だったらあなたたちはそうして一つになっていないはず……」


「打ち消したんじゃないのです。私は、打ち消し続けてるのです」


「は……?」


「順を追って説明した方がいいのです? 魂の融合術式が完了する瞬間、『心』が混じり合う最後の部分。魔法の発動自体はそのままで、私はただそれだけを打ち消し続けているのです。それだけでこの通りというわけなのですよ」


 エルフィリアがなにを言っているのか、ニーナには理解できなかった。

 魂とは器。そして『心』とは、その器に満たされた液体の独自の色のようなものだ。

 魂の融合魔法は二つの器を一つにし、液体を一つにまとめること。

 その液体の色は他の色に接触した段階で色を失い、透明になる。それが『心』がない状態であるということ。

 今のエルフィリアとクロムは、ひどく歪だ。

 器は一つ。確かに魂は一つになっている。

 だがその器の中は決して透明な液体になどなっておらず、その融合元となった二色が、まるで水と油のように別々に存在している。

 本来はお互いに打ち消し合うはずのそれが、共存している。

 いや、打ち消し合うという、その現象。それそのものをエルフィリアは打ち消している。

 だがそれは一度打ち消せばいいというものではないはずだ。一つの体に存在できるのは一つの『心』だけ。

 きっと幾度となくお互いの『心』がお互いの『心』を、色を食い合おうとしているはずなのだ。

 そしてそのたびにエルフィリアは、それを打ち消し続けている。


「もちろん、めっちゃくちゃきついのですよ。魂が拒絶している感覚とでも言いましょうか……ここにいる自分が、今にも崩れて消えてしまいそうな、そんな感覚が常に付き纏ってるのです」


 そんな言葉を口にするエルフィリアの表情はしかし、その中にいるというクロムのように、ずっと無表情だ。

 声の質もまた、基本はエルフィリアであるが、時折不自然にクロムのそれが交じる。

 お互いの特徴が、歪な形で混在している。

 ――『心』の色の相殺を、完全に打ち消し切れていないのだ。

 徐々にだが確実に、お互いの精神と記憶を食い合い続けている。


「少しでも魔法の手を緩めれば……きっと私もクロムも、すぐに消えてなくなってしまうってわかるのです」


 だがそんな状況でも、ニーナの目にはエルフィリアがひどく冷静に映って見えた。

 冷静でなくてはならない、という事情もあるだろう。エルフィリアが一瞬でも反魔法を緩めれば、その時点でエルフィリアの『心』もクロムの『心』も、どちらも完全な消滅を迎える。

 しかしそれを差し引いても、あまりにも冷静すぎた。

 さきほどまで自分たちを圧倒していたニーナ。

 それを今は意に介していない、と。

 暗に、そう言いたげなほどに。


「……たかが人間が、調子に乗らないでくれるかしら」


 要はニーナは、その冷静さを崩しさえすればいいのだ。

 その心の平坦さに波を起こしてやればいい。それだけで彼女の中の反魔法の術式に綻びが生まれ、その時点で魂の融合魔法が完了し、心を失った存在が誕生する。

 だったら話は簡単だ。ただニーナの魔法で、あの体に少しでも傷をつければいい。それによって発生した痛みは間違いなく彼女の精神を刺激し、その内部で行使し続けている反魔法に影響を及ぼす。

 左手の中に転移の立体魔法陣を生み出す。そして右手で一気に、また十三の上級魔法を――。


「――調子に乗っているのは、ニーナ。お前なのです」


「っ!?」


 気がついた時、エルフィリアが目の前に立っていた。

 瞬きなんてしていなかった。ただ本当に、気がついたらそこにいた。


(まさか転移!? 私と同じ……!?)


 まったく予兆に気がつかなかったことに驚愕しつつ、瞬時に雷槍を右の手の平から放つ。

 それは間違いなく最速で最適な選択だった。エルフィリアに避ける暇などなく、確かに魔法は炸裂した。

 だが、意味をなさない。エルフィリアに衝突した雷撃は服を焼くことも肌を傷つけることもなく、煙のようにかき消える。


(反魔法!? この私の魔法をこの一瞬で、しかも脳内の術式だけで……!?)


 エルフィリアがニーナの頭に手を伸ばす。

 だがそれが届くより一瞬だけ早く、ニーナは自身の転移の魔法を起動することに成功した。

 城内から、城の屋上へ。エルフィリアがいる場所から大きく離れ、あの場からは視覚的にも知覚できないそこへ一気に移動する。

 空に浮かぶ満月が幻想的で美しい。だが、見惚れている暇などニーナにはない。


「……どうなってるの。エルフィリアちゃんにはろくに魔力がなかったはずなのに……」


「なんのためにこうして一つになってると思ってるのです?」


「っ――」


 背後から声がして、またすぐに転移で移動する。

 今度は数メートル先、そして前後で向きも変えて、ニーナの転移先を感知して同じ場所に転移してきたであろうエルフィリアに向き直るように。


「私の中には今、クロムの魔力があるのです。それを使って私が魔法を行使している。それだけなのです」


 エルフィリアは、覇気のない瞳でぼうっと満月の空を見上げていた。

 ニーナを仕留める決定的な好機だっただろうに、なんとものんきな立ち姿。

 いや、それはきっとエルフィリアが望んでのことではないのだろう。

 今、彼女は彼女たちの『内側』で、必死に心の食い合いを阻止している。

 だから必然的に、『外側』での彼女は感情が薄くならざるを得ないのだ。

 だが……。


「……エルフィリアちゃん。あなたはいったい……何者なの?」


 魔法そのものではなく、一つの魔法に含まれたたった一つの術式だけを打ち消すという行為。

 それはまず間違いなく、魔法一つを打ち消すよりもさらに繊細で高度な操作を要求される。ただの反魔法でさえ高等技術だというのに、彼女はそれを継続的に行っている。

 失敗すれば自分や、自分が守ろうとしていた人が死ぬ。その状況下で、一つのミスもなく。

 それらを『内側』で行うというだけで尋常ではないというのに、さらに彼女はこの『外側』で、さらなる反魔法や転移と言った超高等技術をさも当然のごとく使ってきた。

 そんなこと、少なくともニーナには絶対にできない。


「魔法使い志望の、ただの人間なのですよ」


「…………そう」


 一つだけ、理解した。

 それはエルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツは、その魔法技術だけで言えばニーナよりも上であるということだ。

 だからニーナはもう、手加減をやめることにした。


「殺す気でいくくらいが、ちょうどいいってことかしらね」


 左手に展開していた転移の立体魔法陣を消す。

 これから使う魔法の都合上、ここから先、転移の魔法は使えない。自在に移動できる利点がなくなるのは欠点だが……それは相手も条件は同じだ。

 そうしてニーナが使ったのは、エルフィリアとクロムが融合する直前、思わず放ってしまった魔法と同質のもの。

 それは、なにもかもをなかったことにしてしまう魔法。それが物質でさえあれば問答無用で削り取ってしまう魔法。

 だからこの魔法が引き起こす現象の正しい姿は、光から受け取った情報を解析する視覚によっては、決して捉えることができない。


「それが、ニーナの本気の魔法なのです?」


「ええ。正真正銘、私の切り札。三次元術式のたどりつく果ての一つ……反物質の魔法よ」


 ニーナの周囲には無数の黒球が浮かび、その黒球のそばは、まるで空間が歪んでいるようにさえ見える。

 否、実際に歪めている。

 だからこの先、転移の魔法を使うことができないのだ。

 転移の魔法は座標先を正確に術式として入力しなければならない。だが、反物質の魔法を発動している最中は周囲の空間座標に異常が生じてしまう。そして歪んだ座標に無理に転移しようとすれば、まず間違いなく反物質へ取り込まれてしまう。


「エルフィリアちゃん。魔法のほとんどはね、しょせんは物質的な現象なのよ。火だったり水だったり、雷だったりね。でも、火を消すために水が必要かしら? 火も水も、結局は原子的な要素を持つ同じものなのよ?」


「ニーナのそれは、そのすべてと対となる物を生み出す魔法ってことですか」


「ええ。魔法があらゆる物質をつくり出す力を持っていたとしても、あらゆる物質を消してしまうこの力に抗うことはできない。あなたがどんな魔法を使おうとも、この魔法の前には無意味。相殺することなど絶対にできない」


 これはニーナが独自に研究し、編み出した、最強の魔法だ。

 この魔法を完成させたからこそニーナは、自分は賢者を殺すことができると。その確信を持って、学園に潜入することを決めた。

 いわばニーナにとってこの反物質の魔法は、自分の中の人間への憎しみと恨みのすべてを込めた、ニーナのすべて。


「エルフィリアちゃん。あなたは確かに卓越した魔法技術を持っているわ。それは私も認めてあげる。でもね、そんなあなたでもこの魔法に逆らうことだけは無理よ。この魔法に触れたが最後、跡形もなく消え失せる」


「……確かに、反魔法も難しそうなのです。術式に触れるより先に、こっちの体が持ってかれそうな感じなのですよ」


「そういうこと。あなたはずいぶん反魔法が得意みたいだけど……これで詰みよ」


「殺すつもりなのです?」


「いいえ。でも瀕死にはなってもらうわ。少しでも息があれば私の魔法で回復させてあげられるもの。そして今度こそ、その体を『心』のない器として魔王様の容れ物にしてあげる」


「容赦ないのですね」


「その余裕も今のうちよ。あなたはすぐに人形になる。心のない人形に」


 両手を掲げ、反物質の魔法をさらに広く多く展開する。

 どこからともなく現れた無数の反物質の黒い球体が、足場となっている旧魔王城の天井の一部をえぐり取る。それは、下方向への転移を封じるため。

 同じようにエルフィリアの背後の宙空さえ埋め尽くし、後ろ側への転移による逃げの一手を一瞬で封じる。


「さぁ、これで最後よ」


 反物質の黒い球体に指向性を持たせ、竜巻のように回転させながら中央へ、エルフィリアへ向けて狭めていく。

 その間、エルフィリアは一切動きを見せない。諦めでもしたのだろうか?

 だがそれもしかたがない。転移を、逃げる方法を封じられた上で、決して相殺することができない反魔法の球体が全方向を覆っているのだ。

 仮にあの場にいたのがニーナだったとしても、まずどうしようない。この状況に陥った時点で勝ち目などないのだから。

 だから。

 だからニーナは、今まさに反物質の球体が当たるという瞬間にエルフィリアの姿が消えてしまった現象に、理解が追いつかなかった。


「……は?」


 転移、だろうか?

 いや、転移はできないはずだ。

 転移をしようとしても、あらゆる方向の座標が乱れているこの場所では、どこへ移動しようとしても必ず反物質に取り込まれる。

 なら、それを覚悟で転移を使った? 諦めて、その魔王の器としての自らの存在を消失させることで、ニーナへ最後に一泡だけでも吹かせようとした?

 それが一番ありえると言えばありえる。だが、あれほどまでにクロムをかばっていた彼女が、この土壇場でそれを見殺しにする選択を取るなど思えない。

 なら、いったいどうして、どうやって、彼女は一瞬にして消えたのだ?


「こっちなのです」


 声がしたのは、真後ろだった。

 すぐに、反射的に雷槍を発動しようとした。反物質は近すぎる場所で使うと自分も巻き添えを食らう。

 だがそもそも魔法自体が使うことができなかった。

 エルフィリアの縄に付与した魔法と同じ、エルフィリアが拘束から逃れる時に一瞬だけニーナにお返しと言わんばかりにかけた魔法と同じ、魔力の波長を乱す魔法。

 それをニーナが気がつかないうちに、すでにかけられてしまっていて。

 つい一瞬前まで展開していた反物質の魔法。そのすべてとの魔力のリンクも途切れ、展開していた黒球が瞬く間にすべて消滅した。

 まるで、状況が理解できない。


「どうして……どう、やって……? 転移は、封じたはずよ。反魔法だって……どうやってあなたは、あれを躱したの? どうやって私の後ろに……?」


「確かに、転移はできなかったのです。でもそもそも、私は転移の魔法なんて使えないのですよ」


「は……? なにを、言っているの? 私の目の前に転移してきたじゃない。私の転移先を察知して、同じように転移してきたじゃない。あれは見間違えなんかじゃ……」


 声が震える。

 自分の常識を超える存在が背後にいる。自分の理解の及ばない存在が背後にいる。

 エルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツ。魔力はなくとも、魔法技術にはそれなりに優れた少女。

 初めはただそれだけの認識だった。

 ……それなり?

 違う。絶対に違う。

 これはそんな程度では済まされない。

 天才だとか、賢者に匹敵するほどだとか、そんな程度では済まされない。


「ニーナ。ニーナは始祖の魔法使いっておとぎ話を知ってるですか?」


「それは……知っている、わ。ま、魔法使いなら、誰でも知ってる……」


 この世のすべては、かつて一人の魔法使いが己が魔法によって創り上げたものだとされている。

 すべてとは、文字通り本当にすべてだ。

 大地も海も空も、人も動物も植物も、空間、果ては時の流れさえ。

 世界の裏側。始原の園と呼ばれる、この世界の者には決して知覚できないその場所から、その魔法使いは今の世界のすべてを創り上げた。

 そして、世に満ちる魔の力の源、魔力こそ、かつてその魔法使いが世界を創り上げた時に用いた力の残滓、始原の園からこぼれ落ちる創生の力である。

 それが、この世界でもっとも有名なおとぎ話、『始祖の魔法使い』の主な内容。


「わからないのです? 反魔法は魔法を打ち消す魔法。そして、この世のすべては魔法でできている。そしてそのすべてとやらの中で、私たちにとって一番身近な魔法ってなんだと思うのです?」


 まるでそれが当たり前のように。できて当然のように。

 エルフィリアは、言う。


「転移はできなかった。だから私は、時の流れを反魔法で打ち消したのです」


「―――――」


 誰も、知らなかったのだ。

 エルフィリアには魔力がまるでなかったから。その才能を十全に活かすことができる、力の源がなかったから。

 だから、誰も知らなかった。

 エルフィリアという少女に、賢者や魔王など遥かに超越する魔法を扱う才能が存在していたことなど。

 今のエルフィリアには、クロムの魔力がある。常人の何兆倍という魔力が。

 だがそれでさえ、エルフィリアの魔法を扱う才能を十全に活かすことができているとは言いがたい。

 この程度の魔力量では、時の流れを一時的に止めるくらいが限界だ。

 世界を創ることは。

 始祖の魔法使いと同等の奇跡を行使することは、この程度の魔力ではかなわない。


「ニーナ」


 名前を囁かれて、びくり、と。ニーナは体を震わせた。

 ニーナは明らかに、エルフィリアを恐れてしまっていた。怯えてしまっていた。

 魔法が起こすことができる現象のほとんどを知っているつもりだった。

 頂点ではないかもしれないが、それに近い魔法の実力を持っていると自負していた。

 だが、実際はどうだ?

 なにもわかっていなかった。魔法というものを、なにも。

 ニーナは、始祖の魔法使いなんて、しょせんおとぎ話だとしか思っていなかった。

 でも、違う。確かに時の流れの術式は存在して、エルフィリアはそれを認識し、実際に干渉さえしてみせた。

 賢者なんて比較にならない。魔王すらも、きっと容易く超えてしまう。

 そんな少女が今、すぐ後ろにいる。

 それはまさしく――。


「始祖……様……」


 畏怖を込めた、その呼び名を呟いた時、背後から頭に触れられる。

 その後すぐにエルフィリアの魔法によって、ニーナは意識を刈り取られた。

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