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27.たとえくだらなくても

 これは、走馬灯だろうか。

 今まで生きてきた人生を一からたどっている。

 両親のもとに産まれて、二人に愛されて。


『必ず帰ってくるからね。いつも通り、良い子で待っててね』


 七年前。空に巨大な魔法陣が浮かんでいた、あの日。

 そう言って出かけていく両親の背を、玄関で見送った。

 毎日、待っていた。

 二人が帰ってくる日を、玄関で待っていた。

 でも結局、両親は……。

 魔法の勉強を本格的に始めた。

 魔力がないことはわかっていた。でも、それでも目指した。

 立派な魔法使いになれば、きっと両親も喜んでくれると思った。

 だってあの時、魔法で花を元気にしてみせた時、頭を撫でてくれた。笑ってくれた。

 だから。


『よしよし』


 自分が魔王だと思うと告白した少女は、なんとも覇気のない不思議な少女だった。

 両親がいないことを話し、頭を撫でられた時、思わずその手を払ってしまった。

 いつもいつもつんとした態度を取ってしまっていたのも、彼女の顔を見るたびに、両親の顔がちらついたから。

 大切な両親を殺したのは、その少女に近くにいた者だったはずだから。

 毎日のようにベッドに潜り込んできて、幸せそうに眠っている少女。

 そんな彼女の、首を絞める。そんな妄想も何度もした。

 でもそれをしなかったのは、どうしてなのか……。

 エルフィリアが一人であることを知って、その寂しさをどうにか和らげようと、ベッドに潜り込んでくる。

 そんな少女が自分の意志で両親を殺すだなんて、思えなかった。


『……大丈夫だよ。わたしはいなくならないから。ずっと、エルちゃんを見てるから』


 温かくて、優しくて、同じ痛みを持つからこそ、その痛みをどうにかしたいと思って口から出た、言葉。

 あの日、エルフィリアは本当の意味でクロムの存在を受け入れた。

 ずっとずっと心のどこかで割り切れないでいた。

 でも、今はもう違う。

 クロムは心の優しい少女だ。

 クロムは人の痛みを知っている。

 同じなのだ。クロムもまた、エルフィリアと。




「エルちゃん……」


 朦朧とした意識の中、聞こえたその声もまた、走馬灯のものなのかと疑った。

 けれどどうにも違うようだ。

 体がひどく重い。だけど確かに、今のエルフィリアには意識があった。

 薄っすらと目を開ければ、そこには、泣きそうな顔でエルフィリアを覗き込むクロムがいた。


「ク……ロ……」


 自分は確か、ニーナに胸を貫かれたはずだ。

 辺りを見渡す。

 状況は、どうやらその時から少ししか変化していないようだった。

 胸には大きな穴が空いているし、ニーナは未だ離れた場所に立って、こちらを警戒してきている。

 そしてクロムはその体の内側にある膨大な魔力を、魔法としてではなく、ただ魔力の波として周囲に撒き散らしながら、エルフィリアを抱えていた。

 エルフィリアがクロムの封印を解いた時、黒と白の魔力の帯が渦を巻いていた。それと同じ現象だ。

 ニーナにクロムの魔法は通用しない。しかしただ莫大な魔力の渦だというのなら話は別だ。術式もなにもないそれは、たとえ反魔法でも打ち消せはしない。


(……この傷は……もう……)


 自分の胸の傷を見下ろして、エルフィリアは悟る。

 もう一度目覚められたのが奇跡と言っていいだろうという、それほどの傷。

 回復魔法が使えるのなら、まだ間に合う。しかし今のエルフィリアには魔力がなく、クロムは回復魔法を習得していない。

 声を出すことさえろくにできない。気を抜けば、今にも意識を手放してしまいそうだった。

 そしてその時こそ、本当にエルフィリアは……。


「エルちゃん。待ってて……絶対助けるから」


 ニーナを近づけないよう、尋常でない魔力を辺りに撒き散らしながら、クロムは魔法を使おうとする。

 回復魔法。エルフィリアが使うそれを見ただけで、まだ一度も使ったこともない魔法。

 初めてにしては上出来だ。でも、それだけ。

 術式もめちゃくちゃで魔力しかないその魔法は、かつてのファイアボルトのように『もどき』程度の効果しか発揮できず、エルフィリアの胸の傷を塞ぐには到底及ばない。


「無駄よ。もうあと数刻とせずにそれは死ぬわ」


 いくらクロムと言えど、魔力だけで物理的現象を引き起こすなんて出鱈目な芸当は長く続けていられるものではない。

 それはニーナもわかっている。だから無理に近づこうとはせず、少し離れた場所でニーナは魔力切れを待っているようだった。


「エルフィリアちゃんのことは少し調べさせてもらったけど……なんともくだらない人生ね。叶いもしない夢を目指して努力して、両親の仇をとろうともせず、ただなんの意味もなくここで死ぬ。バカバカしいったらありゃしない。少し同情しちゃうくらい」


 ひどい言いようだ。

 でも……。

 案外それも、事実かもしれない。

 魔法使いになりたい、魔力量を増やしたい。

 そんな建前の夢を掲げ、叶わない願いを心の奥底に、何年もの時間を独りで過ごし続けた。

 両親が死んだ原因だった戦争の中心にいたクロムを殺すことができず。その果てに結局、両親と同じように魔族の手にかかって、死ぬ。

 くだらないと言えば、確かにくだらない。

 ……だけど。


「クロ……ム……」


 一生懸命に力を入れて、手を伸ばした。

 クロムの頬に。彼女自身も気づかないうちに流していた涙を、拭って。

 その頭を、今度はエルフィリアが撫でる。

 クロムが目を見開いて、そんなクロムに、エルフィリアは微笑んでみせた。


「あり、が……と……な、ので……す……」


 最後の最後に、求めていた温もりをもう一度くれた人がいる。

 最期に、一人だけだけれど、泣いてくれる人がいる。

 確かに、くだらない人生だったかもしれない。

 でも、そう悪い人生でもなかったように思える。

 クロムがいてくれたから。


「……ダメだよ」


 エルフィリアの言葉に、クロムは。

 クロムは迷いを断ち切ったかのような強い瞳でエルフィリアを見つめ、首を横に振った。


「まだ……あなたを終わらせたりなんか、しない」


 クロムが、また、魔法を行使する。

 エルフィリアはそれを、回復魔法かと思った。

 だが、どうも魔力の流れが違う。

 複雑怪奇。歪に入り組み、エルフィリアでさえほとんどが理解できない、その術式は――。

 その正体に気がついたエルフィリアは、目を見開く。

 それはしてはいけない。そう強く言い聞かせようと、口を開く。

 だけどクロムは「大丈夫」と言いたげに、わずかに笑みを浮かべてみせた。

 一緒にお風呂に入る時、鏡の前で見せた、あの不器用な笑顔。


「『私』は、この魔法を知ってる。何度も味わってきたから。その末に、わたしがいるから。だから、大丈夫。エルちゃんが力を貸してくれれば、必ず……」


 元に戻れる。

 そう言って、クロムは。

 クロムは――エルフィリアに口づけをした。


「…………は?」


 それを傍から見ていたニーナは、呆けた声を上げた。

 魔力の渦。しょせん悪あがき程度にすぎないそれが収まるのを待っていたら、急にクロムがエルフィリアの唇に自分のそれを重ねたのだ。

 だがすぐに、ニーナはその本当の意図に気がついた。

 その意図は本来なら、ニーナが止める必要もないものだった。ニーナが望んでいたはずのこと。ただの自滅。

 しかしその瞬間ニーナの中に駆け巡った嫌な予感は尋常なものではなかった。

 この魔法の発動だけは、絶対に許してはならない。そんな予感。


「くっ……!」


 上級魔法、ブラスト系魔法を何十発と連続で撃ち放つ。

 しかしそれよりも一瞬早く、クロムは自分たちを包む魔力の渦の密度を上げていた。

 一秒で常人の何十億倍。それほどに匹敵する魔力を周囲に放出し、あらゆる現象が介入する余地を拒む。

 あれだけの魔力の渦の中へは、たとえ転移の魔法を用いようとも立ち入れるものではない。

 やがて、口づけが終わる。

 するとクロムとエルフィリア、二人の全身に入れ墨のような黒い文様が浮かび上がった。


「ク、ロム……」


「……エルちゃん」


 ――融合させる魂がどちらも肉体を持っている場合、血液などの互いの体液を交換し、契約の術式を交わすことで、魂の融合が可能となる。

 今、その条件が整った。


「こ、のっ!」


 本格的にまずいことを悟ったニーナが、未知の魔法を使う。

 魔族の術式。それを使ったニーナの、真っ黒な球体を放つ、正体不明の魔法。

 それはクロムの魔力の渦さえも容易く飲み込んで、クロムとエルフィリアの二人に襲いかかった。

 あれにぶつかれば、二人ともただでは済まない。もはやクロムを生かして捕らえることなど完全に頭から抜けてしまっているような、衝動的な攻撃。

 しかし、それが二人に当たるよりもクロムの魔法が発動する方が早い。

 エルフィリアだけをまっすぐに見つめながら、その魔法名をクロムは、静かに紡いだ。

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