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17.クロムとニーナ

 入学式の次の日から、ミスラテイル学園では早速授業が行われていた。

 無論、いきなり専門的な話をするわけではなくて、各科目ごとの基礎の確認からだ。

 エルフィリアやニーナのように筆記で高い成績を誇った者にとっては、なんてことのない復習にすぎない。

 しかしクロムのように筆記が壊滅的ながら特例で入学した者にとっては、基礎の基礎と言えども新しく学ぶことばかりだ。

 そのため、授業が終わるごとにクロムはエルフィリアのもとへ「あれはどういうこと?」「これってなに?」とわからなかったところを聞きに行っていた。

 前日までのエルフィリアであれば、クロムという否が応でも目立つ存在に関わることに付随する面倒事に巻き込まれる可能性を防ぐため、軽く突っぱねたりしていたことだろう。

 しかし、前回クロムをほったらかしにしてしまった際に、クロムが一日中エルフィリアを探していたという事実がエルフィリアの中で尾を引いてしまっていて、エルフィリアはクロムを邪険にすることができなかった。


「はぁ……ひどい目にあったのですよ……」


 ようやくやってきた昼休み。エルフィリアは机に突っ伏して、クロムと会った日から癖になってしまったため息をつく。

 クロムがエルフィリア以外からの質問に対しては「うん」「そう」「よかったね」などと五文字以内のそっけない返答しかしなかったこともあって、次第にクロムに関わろうとする人は減っていった。

 それでも初めは本当にひどかった。クロムがエルフィリアの席までやってくれば、クロムに話しかけようとする人たちは自然とエルフィリアの席の周りに集まることになる。

 人波にもまれることに慣れていないエルフィリアはもうへとへとだ。


「……エルちゃん、大丈夫?」


「だいじょーぶじゃねーのですよ。それもこれもクロム、ことあるごとにお前が近づいてくるからなのです」


「だって授業、わからなかったから……」


 恨みがましいエルフィリアの視線を受けて、例によってエルフィリアの席まで来ていたクロムがしょぼんとうなだれる。

 クロムは七年もの間封印されていたし、それ以前にも勉強なんてする機会は少なかったのだろう。家でもクロムの勉強はもっぱらエルフィリアが見てあげているが、魔法のこと以前に常識的な面でまだまだ知らないことが多い。

 エルフィリアが本来なら学園に入学できるような魔力量ではなかったように、クロムもまた、本来なら学園に入学できるような筆記結果を出せていない。せめて授業についていけるだけの学力は早急に身につける必要がある。

 そういう意味ではクロムの勉強に意欲的な態度は好印象ではあるのだが……。


「あのですねぇ、クロム……お前、やっぱり誰か友達作った方がいいのですよ。私にだって対応できる限度があるのです。クロムの相手ばっかりしてられないのですよ」


「ごめんなさい……」


「や、別に責めてるわけじゃないのですよ。頼ってくれるのは、その、嬉しいのです。けど、なにも私だけを意固地に頼る必要はないってことなのです」


「というと?」


「クロム、私と話すために他のクラスメイトから話しかけられても心ない返答しかしなかったじゃないですか。ああいうのにもちゃんと対応してあげて、私以外にも頼れる相手を作れってことなのです」


「……でもわたし、ああいうの苦手……それに、エルちゃんもそれは同じはず。エルちゃんならわたしの気持ち、わかるはず」


「まあ……」


 エルフィリアもクロムも、大勢に笑いかけて人気を取るような陽気なキャラではない。

 特定の相手の心の表面に手のひらで触れて、その内実を知りながら少しずつ打ち解けていくタイプだ。いきなり誰でもない誰かと仲良くなれと言われても難しい。


「うーん、どうしたものですかね……」


「なにかお困り?」


 二人して腕を組んで考え込んでいると、後ろからひょっこりと。

 エルフィリアの肩からニーナが顔を出してきた。

 それに、クロムは訝しげな表情を浮かべる。


「……誰?」


「入学式のこと覚えてないのです? 主席で挨拶してたやつなのです」


「主席……? あ、思い出した。確か……ナーニビューティ?」


「うーん、惜しいわ。正解はニーナベルティでしたー」


 おかしな間違い方をされてもニーナが怒る気配はまったくない。

 むしろにこにこと、子どもに笑いかけるような親しげな笑みを浮かべている。


「そういうあなたはクロムちゃんね? 噂には聞いてるわ。すっごい魔力の持ち主だって。お会いできて光栄だわ」


「う、うん。ありがとう。えっと、ニーナベルティ……?」


「ニーナでいいわよ? ちょっとだけ長いものね。その代わりと言ってはなんだけど、私もクロムちゃんって呼んでもいいかしら」


「うん。平気」


 初めは少し体を強張らせていたクロムも、名前を交換し終わる頃には肩の力を抜いていた。

 この辺りはさすがはニーナと言ったところだろう。優秀であるがゆえに人の前に立つことに慣れている彼女は、意識してか意識しないでかは知らないが、少なからず人の心を掴むすべを心得ている。

 初めての相手と話すことをクロムが緊張していることを悟って、警戒心を解すために優しげな笑顔と穏やかな口調で話し続けた。いつも心の中で毒を吐きまくっているエルフィリアなどには到底できない芸当だろう。


「さて、話は聞かせてもらったわ。クロムちゃん、新しいお友達が欲しいのよね?」


「話は聞かせてもらったって、『なにかお困り?』とか言ってなかったです?」


「ふふ、実は初めから聞き耳を立ててたの。それに、私の席はエルフィリアちゃんの後ろなんだから、聞こうと意識しなくても自然と聞こえてくるわ」


「……エルちゃんとニーナ、知り合いなの?」


 エルフィリアは先日、新しく友達ができたとクロムに教えてはいたが、それが誰かまでは言っていなかった。

 クロムが目をぱちぱちとさせて不思議そうにしていたので、昨日言っていたその友達がニーナなのだと紹介する。


「そうだったんだ。えっと……ご迷惑をおかけするかもしれませんが、口が悪くても悪い子ではないので、どうかこれからもエルちゃんをよろしくお願いします」


「なんなのですクロム、その急な敬語。っていうかお前は私の親かなにかですか」


「はい。こちらこそエルフィリアちゃんにはお世話になります。今後もどうか仲良くしていけたらなと思っています」


「ニーナ、別に乗らなくていいのですよ……お前ら急に息が合いすぎなのです」


「だってエルちゃんのことだから」


「だってエルフィリアちゃんのことだもの」


 ねー、と瞬時に意気投合してハイタッチをする二人。自己紹介する前のぎこちない感じはいったいなんだったのか。

 エルフィリアは「なんだこいつら」なんて感じのジト目になってしまいつつも、二対一では問い詰めたところで勝ち目はないので早々に諦めた。


「それで、話は聞かせてもらったってどういうことなのです? もしかしてニーナがクロムの世話を手伝ってくれるのです?」


「私でよければ。エルちゃんのお友達なら私のお友達だわ。そしてお友達が困っていたらできる限り助けるのが私の心情なの」


「昨日も図書館で私の都合に付き合ってくれたですしね。あの時はありがとうなのです」


「お礼なら昨日もらったからいいのよ。またなにかあったら遠慮せず頼ってね? 力になるから」


「頼ってばっかりじゃ申しわけないので、頼られても大丈夫なことでも探しておくのですよ。まあ、今から早速頼りにすることになりそうですけど」


 そう言って、ちらりとクロムに目を向ける。


「ニーナ、わたしの勉強手伝ってくれるの……?」


「もちろんよ。勉学に熱心なのはいいことだわ。それなのにその方法がないだなんて、そんなのもったいないもの。私にできることならなんでも力になるから、めいっぱい頼っていいからね?」


「うん。ニーナ、すごく親切」


「ふふっ、ありがとう」


 ぺこり。よろしくお願いしますと頭を下げるクロムと、こちらこそ、なんて同じ仕草をするニーナ。


(まぁ、ニーナになら私も安心して任せられるのです)


 まだ出会ってから二日程度の付き合いでしかないが、そんな信頼をできるくらいにはエルフィリアはニーナを信用していた。

 とは言え、すべてをニーナに丸投げするつもりはない。昨日のことと言い、ただでさえニーナには世話になりっぱなしなのだ。クロムの勉強についてはエルフィリアもできる限りサポートするつもりである。


「それじゃあ二人とも、早速だけれど……」


 教科書などを入れている鞄の中に手を入れて。

 エルフィリアとクロム、二人の顔を見ながら、ニーナは言う。


「お弁当、一緒に食べましょう?」


 早速勉強を見てくれるのかと思ったら、鞄から出てきたのは緑の風呂敷に包まれたお弁当箱。

 昼休みなので当然と言えば当然なのだが、会話の流れ的に完全に勉強のことだと思っていたばかりに、エルフィリアとクロムは思わずお互いの顔を見合わせた。

 きょとんとする二人をよそに、ニーナは待ちわびたお昼ご飯をようやく食べられるからか、にこにことひどくご機嫌な様子だ。


「……ふふ、わかったのです。クロム、席に戻って弁当を取ってくるのです。一緒に食べるのですよ」


 魔法以外のことに関してはめんどくさそうな顔をしていることが多いエルフィリアだが、ニーナの意外な一面に笑みがこぼれる。


「うん。なにを隠そう、わたしのお弁当はエルちゃんとお揃い」


「いや、お前のぶんも私のぶんも両方とも私が作ってんですから当たり前なのですよ……」


 クロムがぱたぱたと自分の席へ戻っていく。

 それを見送っていたエルフィリアの後ろから、まるで内緒話でもするかのようにニーナが耳に顔を近づけてきた。


「ねぇ、エルフィリアちゃんとクロムちゃんは一緒の家に住んでいるの?」


「え? あー、まあ……」


 その質問が出てきたのは、二人分のお弁当をエルフィリアが作っていると言ったからだろう。

 まさしくニーナの推測通りなのだが、言葉を濁した返事になってしまう。

 なにせ、馬鹿正直に本当のことを話すわけにもいかない。

 実はクロムは封印されていた魔王で、エルフィリアが誤ってそれを復活させてしまい、それが世間にバレないように匿っている……なんて。


(どう話したものですかね……)


 エルフィリアが閉口していると、ニーナがさらに言葉を続ける。


「んー、二人は姉妹……ってわけでもないのよね? なら、クロムちゃんの家がこの近くにないから、学園に通うに当たってエルフィリアちゃんの家に居候させてもらってる、とかかしら? それともその逆で、エルフィリアちゃんが居候?」


「ん、まあ……大体そんな感じなのです。あと居候はクロムの方なのですよ」


 渡りに船と言うべきか。いい感じにそれっぽい推測をニーナが立ててくれたので、エルフィリアはそれに乗っかることにした。


「ふむふむ、なるほどね。この学園は寮もあるけど、クロムちゃんの性格だといきなり一人で寮生活はちょっと心配だものね」


「そうなのですよ。クロムは一人じゃまともに生活できるか怪しいのです。相部屋になったとしてもパートナーに迷惑をかけまくるに決まってるのです」


 クロムが寮に入ったらどうなるかを想像し、適当に話を合わせる。

 嘘をつく形になってしまって若干申しわけなかったが、こればかりは本当のことは絶対に話せないのだからしかたがない。


「エルちゃん、ニーナ。お弁当、持ってきた」


「ん。じゃあ、一緒に食べるのです」


 ニーナの机に集まるのが一番手っ取り早い。

 エルフィリアはイスの向きを反対側のニーナの方に向けて、クロムは近くの空いていた席からイスを借り、ニーナの机の上にそれぞれの弁当を広げる。

 いつもはエルフィリアとクロムの二人だけなので、三人での食事は少し新鮮だ。

 笑顔で次々と話題を提供するニーナと、興味深そうに相槌を打つクロム、そしてそれらを見守りながら適度に口を挟むエルフィリア。


(なんだか、お父さんとお母さんが生きてた頃を思い出すのです)


 食べながらの賑やかな談笑に、過去の景色が重なって見えた。

 友達を作りに学校に来たわけではなかったが……こういうのも悪くはないかもしれない。

 そんな風に思いながら、昼休みの時間は過ぎていった。

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