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11.自己紹介

 エルフィリアが呟いたニーナベルティという名前に、後ろの籍の少女はこくりと首を縦に振ると、


「そういうあなたはエルフィリアちゃんね? エルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツ」


 と、確認するように小首を傾げた。

 エルフィリアは純粋な驚きで目をぱちぱちとさせる。


「私のことを知ってるのです?」


「もちろん。入学試験であなたが魔法を使った魔法、とても綺麗だったわ。思わず見惚れちゃうくらい」


 そう言って、ニーナベルティはそれが本心だということを示すような明るい笑みを浮かべた。

 また、綺麗。クロムも同じようなことを言っていた。

 しかし、それはなにもそこまで不思議なことでもない。

 魔力眼があれば魔力の流れを見ることができる。だから、エルフィリアの魔法が他の者たちと比べると、はるかに熟達していることが一目でわかる。

 けれど別に魔力眼がなかろうと、魔力への感受性に優れていれば魔法の構成を感覚的にある程度読み取ることは可能だ。

 魔力への感受性が優れていることは、イコールして魔法を扱う能力に長けていることでもある。

 つまるところ魔力眼を持たずしてエルフィリアの魔法を綺麗だと感じた者は、そのすべてが魔法使いとして高い適性を持つという裏返しである。

 クロム然り、ニーナベルティ然り。


「私、あなたを一目見た時からずっと気になっていたの」


「気になってた、ですか」


 エルフィリアが言葉を繰り返すと、ニーナベルティは少し慌てたように首を左右に振る。


「あ、変な意味じゃなくてね? あんなに綺麗に魔法を使える人なんて、今まで見たこともなかったから。どんな人なのかなーって、そういう意味でずっと気になってたの」


 なんて言って、そっと両手を合わせて微笑んだ。


(……笑顔が多いやつなのです)


 いつも心の中で悪態ばかり吐いているエルフィリアも、彼女の朗らかな温かい笑顔を見ていると、なんだか心が和らいでいく気分だった。


「……ところで、ニーナベルティはもしかして入学式の時にもこっち見てたのです?」


「あ、ばれちゃってた? ふふ、ごめんね? なんだか話題のあの子と仲良くしてる風だったから、ちょっと気になって。あと、私のことはニーナでいいわ。エルフィリアちゃん」


「わかったのです、ニーナ。それにしても、仲良く……仲良く、見えたのですか……」


 エルフィリアは「うーむむ」と唸った。


「見えたけれど……違うの?」


 エルフィリア個人としては否定したいところだ。

 しかし、クロムがなにやら自分にものすごく懐いていることもエルフィリアは正しく理解しているつもりである。

 そして、なんだかんだそんな好意を無碍にできない自分もいる。

 だけど、クロムは魔王だ。かつて人類の多くを、エルフィリアが住まう大陸を焼き払おうと大魔法を天空に展開し、戦争を始めた。その魔王本人のはずなのである。

 たとえその戦争が、クロム自身が望んで始めたことではないとしても……。


「仲良くは……ないと思うのです。私はクロムにいつも振り回されているのですよ。妙に付きまとわれるのです。それで外野には仲良く見えてるだけなのですよ」


「そうなの? それにしてはずいぶんと楽しそうだった気もするけれど……」


「う、うるさいのです。見えてるだけって言ったら見えてるだけなのです。仲良くなんてないのです」


 エルフィリアが頬を赤らめつつも口を尖らせると、ニーナはくすりと小さく笑みをこぼした。


「うふふ、わかったわ。そういうことにしておこうかしら」


「……本当にわかってるのです?」


「ええ、わかっているわ。あ、そろそろ先生が来るみたい。おしゃべりはこの辺にしておきましょうか」


 少し乗り出していたニーナが身を引いて自分の席に腰を落ちつける。エルフィリアも体を正面に向けた。

 その後すぐに、ニーナが言っていたように今後このクラスの担任となるだろうスーツを着た女性が教室に入ってきた。

 教室の隅でクロムにがやがやと集まっていた生徒たちも足早に自分の席へ戻っていく。

 ようやく解放されたクロムも自分の席を確認し、ふらふらとした足取りでそこへ向かう。

 エルフィリアは真ん中より少し後ろ辺りだったが、クロムは窓際の一番後ろのようだ。さすがに学校でまでべったりされるのは嫌なので、席が離れているのはいいことだとエルフィリアは思う。

 どことなくクロムがじとーっと恨めしそうな視線を向けてきている気もしたが、きっと気のせいに違いない。


「全員席についたわね」


 きびきびと歩いて教卓の後ろに立った女性はクラスの右から左まで睥睨し、言った。


「私がこのクラスの担任となる、ミレイア・ネ・アルモールよ。魔法学を専攻しているから、魔法でわからないことがあったらなんでも聞いてくれて構わないわ。今日からよろしくね」


(この人は、確か試験の時の……)


 尖った耳が彼女がエルフであることを証明していた。

 以前はわからなかったが、今はその可能性をじゅうぶんに考慮していたため、よく注意して観察することで、淡く光っているようにさえ見える深遠の瞳に、二重の虹彩が絡み合うようにして螺旋を作っているのがわかる。これは魔力眼を持つ者に共通して表れる特徴だ。


(魔眼手術は片目だけに行うのが主流なのです。両目に同じ魔眼があるということは、生まれつき魔力眼を持ってたってことなのです)


 後衛の実技試験を受けた人であれば一度は彼女の姿を目にしている。

 数週間前に一度会ったきりなので忘れている者もいるようだったが、後衛の試験を受けた者は大体が「この人か」という反応をしていた。

 そこでミレイアがふと、エルフィリアの方を見る。一瞬で視線を外したが、確かに見られていた感覚があったエルフィリアは「んー……?」と少し訝しげに首を傾けた。


「さて、とりあえず自己紹介から始めましょうか。名前と、前衛か後衛のどちらの試験で合格したかは周知しておくように。あとは自由でいいわ。出身でも趣味でも好きな食べ物でも、自由に自分をアピールしてください」


 ミレイアは名簿を取り出して教卓の上に置いた。


「窓際の一番前の人から順に後ろへ。次にその隣の列の一番前の人から順に後ろへ。それで全員が終わるまで続けましょう。それじゃあ、早速お願いできるかしら」


 ミレイアの指示通りに自己紹介が始まった。

 クロムは窓際の一番後ろの席なので、割と早く自己紹介のタイミングがやってくる。


(うまくできるのですかね、クロムは……)


 どきどきと少し脈を打っている心臓の前に手を置いて、クロムの方を見る。

 しかしその直後、はっとしたようにエルフィリアは首をぶんぶんと横に振った。


(って、なんで私がクロムの心配をしなきゃいけないのです! クロムがうまくやれなくても私にはなんの関係もないのですよ!)


 エルフィリアがそうして自分に言い聞かせているうちに、クロムの順番がやってきた。


「クロム。受けた試験は後衛。よろしく」


 ものすごい簡素な自己紹介だった。これまでの中で一番短いのはもちろんとして、全員の自己紹介が終わってもこれが一番短いだろうというほどの。

 それでもぱちぱちと拍手と歓声は上がる。元々クラス内で噂になるくらいには人気者だったので、自己紹介はあまり関係なかったらしい。


(……なんで私はほっと息を吐いてるのですか!)


 ぐぬぬ。これもあれも全部クロムのせいなのですよ……!

 エルフィリアの理不尽な怒りがクロムを襲う。

 それからしばらくして、エルフィリアの順番もやってきた。とは言え、語ることなどあまりない。

 元々、エルフィリアは同じ生徒となる者たちと遊ぶために学園に来たわけではない。学び舎らしく、新しい魔法を学ぶために来たのだ。クラスメイトの好感度を稼ぐ必要などなく、自己紹介は自然と無難なものになる。

 ミレイアが言っていた最低限のことと、あとは魔法研究が好きだということだけを告げて、エルフィリアは自己紹介は終えた。

 そして順番はエルフィリアの後ろ、ニーナへと移る。


「こんにちは、初めまして。わたくし、ニーナベルティ・レインベリアと申します。多少は前衛の心得もありますが、入学の際は後衛の試験を受けさせていただきました」


 ニーナは今年の首席合格者である。後衛の人のみを中心に話題を集めていたクロムと違って、入学式兼始業式の段階で非常に目立つ形で全員の目に触れている。

 そんなニーナの自己紹介には、クラスメイトの多くが耳をそばたてていた。それにニーナは気がついているだろうに、少しも臆さずに自分のことを語っていく。


「趣味はお菓子作りと読書と、あとは槍術を少しばかり嗜んでおります。さきほどは今年の入学生代表として壇上に上がらせていただきましたが、皆さんと立ち位置は同じです。これからはともに切磋琢磨していけたらなと思っています。どうか、これから末永くよろしくお願いいたします」


 最後にうやうやしく礼をして、ニーナは席についた。

 非常に丁寧で、落ちついた声音、好感に溢れた口調。ニーナ自身の魅力をたっぷりと盛り込んだ自己紹介に、多くの者たちが聞き惚れていた。


「ニーナは人気者なのです」


 顔を向けずニーナにぎりぎり聞こえるくらいの声音で呟くと、ニーナは苦笑した。


「本当はあんまり注目を浴びたいわけじゃないんだけど、ね」


「それにしてはずいぶんと礼儀正しい真面目な挨拶だったのです」


「うふふ、たくさん視線が向いてると、しっかりしなきゃ! って緊張しちゃって……私の悪い癖なの」


 入学生代表という肩書きから勝手にとっつきにくいイメージを抱いていたが、案外そういうわけでもないらしい。

 別に友達を作りに来たわけではなかったけれど……ニーナとなら、少しくらい仲良くしてもいいかもしれない。

 照れくさそうに頬を掻くニーナを見ながら、エルフィリアはそんなことを思った。

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