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10.ニーナベルティ

 ミスラテイル学園は、七年前の戦争を受け、旧魔王城から一番近い街に設立された学園だ。


 今の時代に勇者などという英雄は存在しない。

 賢者はいるが、それはその世代において総合的に能力がもっとも優れているとされる魔法使いが選出されるというだけの存在である。

 なにか凄まじい武勇の偉業を成し遂げて賢者に就任したわけではない。


 しかし英雄が存在せずとも、怪物は存在し得てしまうことが七年前に証明された。

 封印されていた魔王の復活。天空を覆って展開された、大陸を焼き払う大魔法。

 それをなんとしてでも止めるため、人類は七年前の戦争では多くの死者を出した。


 かつて魔王は世界に七人もの数が存在していたと言い伝えられている。

 今後また同じように、新たな魔王の復活が起こらないとも限らない。


 その、いずれ来たる未知なる脅威に対応する力を育て、蓄えるために、ミスラテイル学園は創設された。

 各地に存在する他の学び舎は、これまで貴族や裕福な者しか迎え入れることをしなかった。

 しかしそれでは埋もれた才能を発掘することはかなわない。

 だから、ミスラテイル学園ではそのような制限が存在しない。


 ただ、自らの未来の可能性を示すこと。

 その一点さえクリアできるのならば、貴族であれ平民であれ、人間であれ亜人であれ、どんな存在でも受け入れる。


 逆に、可能性を見せることができないのならば、どんな存在でも入学を拒む。

 文字通り誰であろうと。たとえ貴族であろうと、王族であろうと。

 未来なき者に投資する資金も時間も人材もない。


 通常であればそんな滅茶苦茶な制度の学園を作れば、密かに貴族に根回しをされて廃園に追い込まれかねない。

 しかしミスラテイル学園は、七年前の戦争でも多大なる戦果を上げた今代の賢者が発案し、この国の現王が承諾、そして資金も出している王立の学園だ。

 魔法使いの頂点である賢者と、一つの人間のコミュニティの頂点に立つ国王が手を組んだのである。

 その確固たる地盤は何人たりとも揺るがすことはできず、結果としてミスラテイル学園は、設立から間もないながら、この短期間でもっとも世間で注目を集める学園にまで成長していた。


「ここが私とクロムのクラスみたいなのです」


 貼り出されていたクラス分けの紙には、エルフィリアとクロムの名前が同じクラスの部分に書かれていた。

 結局、学園生活の中でまでクロムとほぼ一緒にい続けなければいけないのか。

 エルフィリアはがくりと肩を落としたが、クロムはほんの少しばかり嬉しそうだった。


「楽しみだね」


 エルフィリアは答えない。


「……楽しみじゃないの?」


 わたしだけ?

 クロムが不安そうにするので、しかたなくエルフィリアも答えた。


「まあ……少しだけ楽しみですかね」


「お揃い」


「はぁ、言うと思ったのです。これでお揃いなんだったなら新入生のほとんどとお揃いなのですよ。制服の時もそうでしたけど」


 クロムとともに教室の戸をくぐる。

 まだまばらにしか人が集まっていないが、試験の時に見かけたことがない顔が相当数あった。

 試験の時は前衛と後衛で分かれて行ったが、入学後は合同でクラスが組まれる。

 見たことのない顔ぶれは、おそらく前衛の試験で受かった者たちだ。

 クロムが教室に足を踏み入れた段階で、いくつかの視線がクロムに向いたのを感じる。

 後衛の試験でクロムの派手なファイアボルトもどきを見ていた者たちの視線だ。

 それを機に、ひそひそと噂話のようにクロムの話題が広がっていく。

 そんなクラスの様子を見て、ふむ、とエルフィリアは頷いて、


「クロム、ちょっとここに立ってるのです」


 と言って、教室の隅を指さした。


「ここ?」


「そうそうそこなのです。そのままー、そのままー」


「?」


 クロムからちょっとずつ離れていく。

 クロムは不思議そうに、こてん、なんて小首を傾げていたが、エルフィリアの命令には忠実だった。

 そうして、エルフィリアがある程度離れた段階で、クラスメイトのうちの一人がクロムに近づいていった。


「ねぇねぇ、あなた名前はなんていうの?」


「わたし? わたしは……」


 誰かが話しかけた。それをきっかけに、多くのクラスメイトがクロムへと集まり始める。

 話題のクロムに、皆、話しかけるきっかけを探していたのだ。

 変わった髪だね、とか。試験の時のあれはどうやったの? とか。

 大勢から質問の嵐にさらされて、エルフィリア以外の他人との会話に慣れていないクロムはひどく狼狽えていた。


「エルちゃ……た、たすけ――」


「さて、私の席はーっと……」


「え、エルちゃん……」


 エルフィリアがクロムを遠ざけたのは巻き込まれることを避けるためであった。

 クロムが多数のクラスメイトに囲まれているのを尻目に、自分の席を確認してそこへ向かう。

 クロムの助けを求める視線は意にも介さない。ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな足取りで、自分の机に鞄を下ろしてイスに腰を下ろす。

 この後はクラスメイト全員の自己紹介と、今後どのような流れで一学期を過ごすのか、授業はどんな感じに行っていくかの説明を担任となる先生がしてくれるらしい。

 それまでは適当に魔導書でも読んでいようか、なんてエルフィリアは考えて、鞄の中に手を入れる。


「……あの子、助けてあげなくてもいいの……?」


 そんなエルフィリアに、後ろの席に座っていた少女が身を乗り出して、ひそひそ声で話しかけてきた。

 クロムはエルフィリアに助ける気がない、どころか狙ってクロムを一人にしたことをようやく理解したらしく、絶望した表情で必死に人ごみをかき分けて脱出しようと頑張っていた。

 しかしエルフィリアがわざわざ教室の隅で待機しているよう命じただけあって、背後に壁があるせいでそう簡単に抜け出せないようだ。


「人気者でいいことじゃないのです?」


「まあ、人気には人気だけれど」


「それに、いい気味なのです。いつも私に苦労ばっかりかけてる罰なのですよ」


「そっちが本音よね、きっと……」


 振り返れば、そこにいるのは落ちついた雰囲気をまとった一人の女子生徒だ。

 身につけているのはエルフィリアやクロムと同じ学園の制服だが、スタイルのいい体つきや微笑みが似合う顔立ち、そして発している空気によって、その外見は同年代であるはずのエルフィリアよりも少し上に見える。

 風になびく畑の穂のように素朴な髪や瞳もまた、相対する人物に大人びた印象を与える要因の一つだろう。

 そんな少女が口元に手を当てて、小さな苦笑を浮かべている。

 そしてエルフィリアはその少女の姿に見覚えがあった。


「あなたは確か、ニーナベルティ……」


 今年の首席入学者、ニーナベルティ・レインベリア。

 それが今エルフィリアの後ろの席に座っている少女の名前だった。

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