第94話 家族旅行
大海原を1隻の船が進んでいる。乗っているスタッフの多くはシューヴァルの信頼のある組織からの紹介だ。その船に、ハシバ国の王族全員が乗り込んでいた。
「あなたったら、急に家族旅行に行こうだなんて。一体どういう風の吹きまわしかしら?」
嬉しそうではあるがメリルがわざわざ夫に問う。
「そりゃあ領土拡大にまい進してばかりで家族の事をあまり見てこなかったからな。1段落したから旅行にでも行こうかなって思っただけさ。それともメリル、お前旅行嫌いか?」
「嫌いってわけじゃないけど……」
「ならいいじゃねえか」
「パパー、あそぼあそぼ」
「よーし分かったケンイチ。遊んでやるぞ」
クルスの日記
後アケリア歴1242年 3月7日
家族旅行に行こうと突然オヤジが言い出して、今はこうして船の中にいる。
シューヴァルを発って今日で3日目。海もそろそろ飽きてきた。
何でも始まりの島という聖地に行くらしい。
アッシュも行ったことは無いので詳しいことはわからないという。
何が待ってることやら。
始まりの島……生きとし生けるものすべてを生み出したとされる万色の神がこの世界に最初に降り立った地とされる場所で、現在では島全体が聖地となっているという。
そこへマコト達はシューヴァルから4日かけてたどり着いた。
港に船を係留し、彼らを待っていたのは……
「お客さん、ポップコーンはいかが? 万色の神の御利益があるここでしか食えないものだよ?」
「さあさあ寄った寄った! 遠路はるばるやって来た南大陸原産のコーヒーだよ! 噂じゃ東大陸のとある国王もお気に入りだという有名な銘柄だよ!」
「北大陸からやって来た丈夫な牛の革で出来た財布はいかがー? 聖職者たちによって聖別された特別製だよー」
巡礼者や観光客目当ての屋台が所狭しと並び、客を呼ぶ声が絶えない。どうも聖地というよりは観光地の繁華街のような風景に戸惑う。
ここ始まりの島は聖地であると同時に世界屈指の一大宗教的観光地として大いに栄えている場所である。
「……思ってたのと違うわね」
「うーむ……聖地っていうからにはもう少し厳かな場所だと思ったんだがな」
「そこの家族のお父ちゃん! 島に来るのが初めてならこれ食っていかないか? 新鮮な魚の串焼きだよ!」
「シーフードは食い飽きてるからいい。またの機会にしてくれ」
売り子を無視して島の中心部へ向かって歩いていく。さすが聖地だけあって次第に喧騒は薄れ、厳かな雰囲気が漂い始める。
「ハシバ国王、マコト=カトウ様とそのご家族の方々ですね。お待ちしておりました。どうぞ中にお入りください」
島の中心地にそびえる神殿にたどり着くなり、そこで勤務する聖職者から『お待ちしていました』と声をかけられる。マコトにとっては妙な話だった。
「おいお前たち。なぜ俺たちが来るのを知っている? 俺たちがここに来るとは知らせてなかったぞ?」
「詳しいお話をいたしましょう。マコト様、来てくれませんか?」
公務で訪れるのなら前もって連絡するが、今回は完全なプライベートでの旅行だ。知らせているわけがないのに知っている。妙な話だ。
言われるがまま彼は部屋へと通される。そこには聖職者の中でも最高の位であり、またこの島の支配者でもある法王が待っていた。
「法王殿御自ら、ですか。何があったのですか?」
「3日前、私は万色の神からのお告げを受け取ったのです。それによると『渇きの出現』を必死に抑えているとのことですが、それももう限界に近いとの事です。
もしハシバ国のマコトという者と出会う事があれば、彼に助力して共に『渇き』を討て。とのことです」
「そんなことが……」
聖職者最高位の者が言うのなら、信憑性も高いだろう。
「戦力は?」
「この島の僧兵が400、それと西大陸に3000と北大陸から3500と南大陸から3300、時間はかかりますが東大陸からも3200ほどです」
「……総勢ほぼ13000か。かなりの規模になるな」
宗教の力は大国の王にすら匹敵するほどの強さを持つというのは地球でもこの世界でも共通らしい。
「悪いが俺たちは今バカンス中だからそういう話は出来ることなら後回しにしてほしいんだがなぁ」
「そうでしたか。申し訳ありません。神殿以外何もない港町ですが楽しんでいってください」
そう言って法王は頭を下げた。
「あなた、何だったの?」
「いや別に。特にでかい事じゃあない」
家族を心配させないために、嘘をついた。
「まぁ土産でも買ってゆっくり暮らそうぜ。1週間は滞在する予定だから」
とりあえず今は自分も家族もバカンスを楽しもう。そう思った。
【次回予告】
家族旅行でリフレッシュしたマコト。もちろん仕事は溜まっていた。
第95話 「公務再開」