第92話 不死隊 職務に殉じる
ハシバ国軍とオレイカルコス連合防衛隊が戦闘を開始してからしばらくして……
城壁の西側では変わらずダークエルフの老人が先陣を切って大暴れしていた。
彼の持っている剣は刃渡りが30センチにも満たないミスリル製の短剣。
それなのに、振るうとどう考えても刃が届かない距離にいるドワーフの身体が、着ている軍服ごと切断される。
その断面も恐ろしく鋭利で、ぴたりと合わせることすら可能ではないのかと思わせる位だ。
「クソッ! 化け物め!」
「相手は1人だぞ!? 黒い長耳1人に何を手こずってる!?」
軽く見ても300発以上は彼めがけて銃弾を放っているのに傷一つつかない魔法の壁。
相手は剣を空振りしただけなのに味方が切断され死んでいく。
そんな、魔法の仕業とは推定できるものの超常的な出来事に憎い長耳相手とは言え兵は焦りだす。
「ここはワシに任せろ! お前たちは城門へと向かえ! 開城させれば我々の勝ちだ!」
味方にそう発破をかけるキーファーは攻め手を緩めない。彼は道を切り開くように攻め込みドワーフたちが次々と斬り殺していった。
「!? な、何なんだこいつら!」
「ハシバ国の奴、こんな化け物を飼ってるとは!」
東側の城壁でもほぼ同じやり取りが続いていた。死を恐れない不死隊の猛攻を受け、形勢は大きく不利になっていた。
「ダメだ! 撃っても撃っても傷が再生しちまう!」
「畜生! 聞いてねえぞこんなの!」
「どうなってやがる! 頭を撃ってるのに止まんねえ!」
普通の相手なら致命傷になる頭や胸を何発も撃っているのに、一向に死なない不死隊の不気味なまでのしぶとさに士気が落ちていく。
オレイカルコス連合の兵士たちは恐怖で逃げ出す者こそいないが、形勢は悪くなっていく。
「スティーブの旦那を逃がせ! お前ら! 気合を入れろ!」
「旦那! こちらへ! 城までお逃げください」
形勢が悪くなったのを見て完全に制圧される前にドワーフたちは城壁で自ら指揮を執っていた王、スティーブを城へと逃がす。
「クソッ! 王には逃げられたか」
「城壁を制圧しろ! 門へと続け!」
王こそ逃がしたものの、城壁の上にいる者の半分以上がハシバ国軍の兵士たちになり、一部は城壁を降りて門へと向かう。
そして……城壁がハシバ国の手により開城させられた。
「スティーブの旦那、城壁が陥落したそうです。どうします? 籠城しますか?」
「……ここまでか」
スティーブは報告を聞いた後、自分の寝室へと入っていく。「10分経ったら部屋の中に入れ」そう伝えて。
彼の部屋にはもしもの際の備えがあった。白装束、とはいかないがそれ風な白い衣服上下。それに1枚の手紙に、日本刀を模して作らせた短刀。
スティーブはその服に着替え、手紙をテーブルに置き、短刀を手に持つと自らの腹に突き立てた。
「フッ。サムライのハラキリ……か。最後はこうして果てたいと思ったが、まさか……本当にやるとは思わなか……った……な」
スティーブは日本人は嫌いだが、侍だけは好きだったのだ。
「!? だ、旦那!?」
言われた通り10分経ってからやって来た側近は、腹から血を流して倒れている君主を発見した。すでに脈はなく、体は冷たくなっていた。
テーブルには置き手紙があった。
「この手紙を私以外の者が見ている、ということはおそらく私はもうこの世にはいないだろう。
私が死んだあとは首をはね敵国の王、おそらくハシバ国のマコトであろう、そいつに持っていけ。
そうすれば戦争は終わりお前たちは無事でいられる。
お前たちの王となってからの4年間は色々あった。いろいろあったが、楽しかった。
短い間だったが、充実した人生を歩めた。俺はこうなることに悔いてはいない。
ダークエルフを保護している王の僕となるのはお前たちには苦痛かもしれない。でも生き延びるためだと思って割り切ってほしい。
生きてさえいれば、良い事だってあるかもしれないのだから。
最後に、本音を言えば出来ることなら寿命が来るまで生きたかった。でもこんな結果になってしまうのはある意味で運命なのだろう。
俺はこの運命を受け入れる事にする。先に逝かせてもらう。すまない。
スティーブ=イェーガー」
「旦那……」
「どうします?」
「スティーブの旦那の首をハシバ国のマコトへと持っていけ。それで戦争は終わる。行け! 行くんだ!」
「ハァ……ハァ……」
「うぅ……」
スティーブの首がマコトの元へと届けられ、戦争が終わったころ。
それまで景気よく暴れていた不死隊達の様子がおかしくなってくる。
それまで狂ったように戦っていた不死隊達はまるで糸の切れた操り人形のようにぶつりと意識が途絶えその場に倒れ込み、2度と動かなくなった。
不死化の副作用が来たのだ。
東側を攻めていた不死隊たちは戦に勝ったのを見届けた後、次々と倒れて逝った。
「おじい様! なんてバカな真似を!」
西側を攻めていたキーファーの肉体には、不死化の施術が施されていた。彼もまた不死隊として参加していたのだ。エルフェンは祖父の無謀な行為を非難する。
「フッ。わしはどうせあと40年も生きれん身。それなら最後にハイエルフとしてひと花咲かせようと思ってな。
……エルフェン、ワシ等を保護するあのマコトの奴を支えてやってくれ。ワシ等を守る大バカ者などそうはおらんからな」
そこまで言って、キーファーは息絶えた。
同じように他の不死隊もダークエルフ以外の人間や魔物たちは命が燃え尽き、次々と亡くなっていった。
「ドッグタグから不死隊、ほぼ全員の死亡が確認されました。生き残ってるのはダークエルフの志願者だけです」
「……許してくれ。俺はお前たちがいなければこの戦には勝てなかった、お前たちの犠牲無しでは勝機を見いだせなかった、弱い王だ」
「閣下。戦争には犠牲はつきものですよ」
「分かってる。分かってるよ。でも……すまん」
マコトは本音を言えばこんな結果にならずに済む方法を考えたかったが、こうせざるを得ないことに後悔していた。
後の世、戦場跡には「不死隊慰霊碑」が設置され、毎年冬になると王族の者たちが訪れ、彼らの魂に黙とうを捧げるのが冬の風物詩となったという。
【次回予告】
オレイカルコス連合制圧から1か月後……
徐々にではあるが順化は進んでいった。
第93話 「オレイカルコス連合戦 終結後」