第61話 砂糖立国の偉業の始まり
「閣下、お話があります」
本格的な冬を迎えたある日の夕方、マコトの元をエルフェンが訪ねてきた。
「正直言って寿命が1000年あるエルフでも一生に一度あるか無いかのチャンスですよ。何せこの国でも砂糖が作れるようになるかもしれませんから」
「何だと!? 砂糖が作れるだと!? どういう事だ!?」
「「植物園」から砂糖を採るために作られた大根の一種を種と共に持ち帰った冒険者がいるのですが、身なりが悪いせいか誰もそれを信じられずここまで流れ着いたらしいんですよ」
植物園……1200年前まで生きていた旧エルフ文明が遺した遺跡の一つで、世界各地から集められた植物が管理され種が保存されている施設である。
ひとたび足を踏み入れば主を失ってもなお生き続ける管理者のゴーレム、あるいは保存されている「植物そのもの」が襲い掛かってくるという、世界でも有数の危険地帯である。
「……もしかしてサトウダイコンの事か?」
「サトウダイコン? まぁ似たようなものは知ってるようですね」
砂糖を作るには長年サトウキビを精製するしかないと考えられてきた。地球におけるサトウダイコンことテンサイはそれを覆す画期的な作物である。
サトウキビの育成には充分な日差しと豊富な水を必要とするため、この世界では南大陸などの熱帯地域でしか栽培できないと考えられてきたが、テンサイは寒冷地でも育つためサトウキビの育成が不可能な地域でも砂糖の生産が可能になる。
しかもこの世界の人間たちはそもそも「砂糖はサトウキビから作るもの」という凝り固まった考えにとらわれていて、自分たちでも砂糖が作れるとは夢にも思わない。
そういう意味でも極めて大きなチャンスだ。砂糖の自給はもちろん、まだまだ高い砂糖を各地に輸出すれば莫大な金が転がり込んでくるだろう。
「よし分かった! 会って話をしよう! 丁重にもてなしてくれ!」
王の間にその冒険者たちを呼び出した。世間の裏側にいる人間となると、やはり身なりと表情は悪い。
「……で、いくら欲しい?」
「へへへ……何せ砂糖が作れるんだぜ? 少なくとも3万ゴールドは出してくれねえと話になんねえな」
「少ないな」
「はい?」
「少ないと言ったんだ。3倍以上の10万ゴールド出そう。この場で受け取るか、話を聞いてくれるかどうかも分からない他所を頼るか。どっちがいい?」
冒険者たちは突飛な提案に話し合いを始める。
(オイどうする? アイツ目がガチだぜ?)
(他所じゃ5万ゴールドでも高すぎるとか言われたし……乗った方がいいんじゃねえのか?)
「な、なぁ、アンタ本当に10万ゴールドもの大金を払うつもりなのかい?」
「それだけの価値はあると俺は思っているからだ。で、どうする?」
「わ、分かった。10万ゴールドで売るよ」
交渉成立だ。マコトは持っていた羊皮紙に何かを書き込み、冒険者に渡す。
「何だこの紙? 金貨じゃないのか?」
「それは小切手というものだ。それをシューヴァルの銀行に持っていけば10万ゴールドに両替してもらえるぞ」
「嘘じゃねえだろうな?」
「本当だとも。もし嘘だったら遠慮せず俺を訴えるがいい。言っておくが俺はお前たちをだまして種だけパクるようなセコい真似をするような王じゃないからな」
「は、はぁ。まぁ俺達を信じてくれたって事だからお前のことも信じてやるよ。じゃあな」
種をマコトに渡し、小切手を受け取った冒険者たちは去っていった。
「ディオール、わが国で優秀な、それでいて誠実な農家を3名選抜して欲しい」
「かしこまりました。手配しておきます」
翌日、3人の農家が王と謁見をしていた。
「オヒシバ、シャルク、それにアレク。お前たち3人は優秀かつ誠実な農家だと聞いている。ある作物の栽培に着手してほしい。
我が国のこれからに大きな影響を与える可能性がある。王の勅命として決して気を抜かずに栽培してほしい。
もちろんタダ働きさせるつもりはない。受けてくれるなら報酬は出そう」
「閣下、国のこれからを左右する植物とは一体何なのでしょうか?」
「今は言えない。だがいつかは話そうと思ってる。今は何も考えずにこの植物を育てることだけを考えてほしい」
そう言われた彼らは王から種を受け取る。
100粒ほどある種を3つのグループに分け、それをまた3名に分け与える。3年連続で全滅しない限り芽吹くだろう。
これがのちに、ハシバ国初代国王マコト=カトウが生前成し遂げた偉業の一つ「砂糖立国の偉業」の始まりであった。
【次回予告】
「多民族国家」ならぬ「他種族国家」へと成長したマコトの国、ハシバ国。
それゆえの問題も抱えていた。
第62話 「多種族国家ならではのいがみ合い」