第45話 エンシェントエルフ システィアーノ
10年後のマコトから手渡された羊皮紙の束は、大半が何か設計図のような物であった。どうやら巨大な魔導器具らしい。
技術者がいないので詳しい事は分からないが、見た限りは「戦車」だろう
「戦車か。完成したらスゲエことになりそうだな」
「戦車? 戦車ですかな? 閣下」
「あー、ディオールみたいなこの世界の住人は知るわけないよな。
ちょっとややこしいけど、戦車じゃない。戦車って言うんだ。地球にあった戦車って言う兵器をこの世界の技術で再現したものだろうな」
マコトはそう言いながらそれよりも一回り小さい羊皮紙に「日本語」で書かれた、10年後のマコトが出来なかったこと、後悔したことのリストを見る。
その中でも今すぐできそうなこととして「エンシェントエルフ、システィアーノに会えなかった」というのを変えようと思った。
「麗娘、お前の祖父の老師殿にシスティアーノに関する情報を尋ねてくれと言ったのは覚えているな? あれからどうなってる?」
「は、はい。今朝になってお手紙が届きました。こちらです」
マコトは上質な羊皮紙で出来た手紙を読む。
「伝説のエンシェントエルフ、システィアーノ様に関してはワシもおぼろげな記憶しかないが、我がペク国南部に広がる樹海の中心地にいるとは聞いている。だがエルフ以外は拒絶すると言われている大樹海じゃぞ。行くのならエルフを連れて、そして心して向かえ。何が待ち受けているのかはワシですら分からぬゆえ、用心するに越した事は無いぞ。 老師より」
未来から来たマコトが書き残した資料と、ペク国の長である老師の記憶を頼りに、マコト率いるダークエルフの一行はシスティアーノがいるという森を目指す。
待っていたのは中心部まで最短距離でも3日はかかるペク国南部に広がる大樹海だった。
伝説によれば彼女は「渇き」を次元の狭間に封印する「封印戦争」に使った魔導器具の開発設計、運用をしていた技術者であり、それに参加した後4000年もの間、その樹海の中心部で一人思案にふける生活を送っているらしい。
「これは結界ですかね。まぁ何とかなるでしょう」
しかも樹海のいたるところに、中心部に進めば進むほど多くの結界が待っていた。ダークエルフの1人が解呪する。
「なるほど。この結界がエルフ以外を拒絶する理由、か」
納得しつつまともな獣道すらない樹海の中を進んでいった。
樹海をかき分け、進むこと4日。そろそろ帰りの食料を心配したほうがいいと思える頃になったが、ようやく中心地にたどり着いた。
開けた広場に鎮座する樹齢3000年を超える大木のうろの中に、彼女は腰をおろしていた。
白磁器のような日焼け知らずの乳白色の肌、冬の空に舞う雪のように純白な長い長い髪が印象的だ。
服装はシンプルな麻の服で、普通に服屋で売っていそうなものだった。
彼女はマコト達に気付くと目を開け、立ち上がる。
「お主らか、訪問者は。わらわを指名とはただ事ではあるまい?」
彼女の口から出てきたのは、意外にも現在西大陸内全域で使われている、西大陸語だった。
「俺はハシバという国の王、マコトという者です。今から10年後、西大陸北部にあるヴェルガノン帝国の手により『渇き』が復活します。それを討伐するための助力をお願いしたく参りました」
「10年!? そんな急な話か!? ああ、わらわたちエルフにとっては、な。お主ら人間にとってはそれなりに長い時間じゃろうて。
ところでお主、『討伐する』とか言うたな。わらわたちエルフでも封印するのがやっとだった怪物を殺すつもりかえ?」
「封印するのが精いっぱいというのは昔の話ですよね? 4000年も経てば人間もエルフも強くなっています。倒せる当ても一応はあります」
マコトは羊皮紙の束を見せる。例の兵器の設計図だ。
「フム、ほほぉ。面白い、面白いのぉ。人間の意地というのを感じるわい。気に入った。決めたわい。わらわでよければ協力しよう」
設計図をずいぶんと気に入った様子で、何か試練でも課すかもしれないと覚悟していたものの、案外すぐに快諾してくれた。
「ところでシスティアーノ様、我々ダークエルフに嫌悪感を感じないのでしょうか?」
「うむ。漆黒のエルフと言うのは『渇き』の呪いを受けた者達。もっとも苦し紛れにかけたが故に肌の色を変える程度しかできなかったようじゃな。『渇き』の奴も苦し紛れの嫌がらせ程度しかできなかったようじゃの」
エルフェンが彼女に自らの産まれについて嫌悪感を抱かないか疑問に思っていたが、すぐに解決した。ついでに言うと自らの出生のルーツまでこぼれ話で聞けた。
「では忠誠を誓ってもらいましょうか? 大丈夫です、悪いようにはしませんから」
「それが噂の王の道具「すまほ」じゃな。現物は初めて見るが変わった形じゃのう。で、忠誠の言葉を言えばいいのかえ?
わらわはシスティアーノ、太古の英知を今に伝え、それをもって王に尽力しよう」
そこまで言うと胸から虹色の球が飛び出て、マコトのスマホの中に入っていた。
「うわすげえ、SSRだぜ。」
「『だぶるすーぱーれあ』とは何じゃ?」
「ほぼ最強の能力持ちって事ですよ。じゃあ行きましょうか、俺の国へ」
「待て、持っていきたい荷物があるから荷造りの時間をくれ」
そう言うと彼女はうろのそばにあった小屋から大量の本を持ち出してきた。全て彼女が直筆で書いたもので、一部はエルフの手で出版され定期的に現金収入を得ているのだそうだ。その中でも新しい本を選んで持ち出す。
「まぁ、こんなとこじゃの」
「分かりました。では出発しよう」
マコトの先導の下、一行は重要人物を連れ、樹海を後にした。
「その純白の髪、まさかあなたは!?」
「システィアーノと言うものじゃ。まぁちょいとばかし長生きしすぎてのぉ、お主らの記録にも残っているかどうかわからん者じゃがな」
「システィアーノ? ひょっとして伝説のエンシェントエルフ、システィアーノ様でございますか!?」
「知っておるなら話は早いの。そのシスティアーノじゃ」
「おおおおお! お会いできる日が来るとは!」
ダークエルフの長老が感激に身を震わせる。下手したら大粒の涙をぼろぼろとこぼしそうな勢いだ。
「それにしてもなぜあなた様は4000年もの間生き続けることが出来たのですか?」
「あの秘術のかけられた樹海の中にいる間は森の魔力で水も食料も食わずして若さと寿命を保てるからの。逆に言えば森を出たら普通に年は取る。まぁそれでも後600年は余裕で生きられるがの」
「お若いですなぁ、システィアーノ様は。この老いぼれとは大違いですな」
「フフッ。言っておくが褒めても何も出んぞ?」
その後彼女はダークエルフの、主に年長者から熱烈な歓迎を受けた。
今この瞬間、歴史の歯車は音を立てて変わり始めていた。47で没したマコトが決して見ることが出来なかった未来へと。
【次回予告】
システィアーノを迎え入れたハシバ国。
さらに新たな魔物を受け入れ、この世界では初となる「空軍」を創設した。
第46話「ハシバ国空軍」




