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第29話 豚の群れ

 春も深まりポカポカと暖かな陽気が続く頃、マコトと兵士たちがタルが何個か積まれた荷車を何台も、城へと向けて押して歩いていた。


「大将、そりゃ何だい? 酒じゃなさそうだけど?」

「こいつは油だ。攻城戦で防衛の際使うんだ。熱した油をかけたり、地面にしみこませて火の海にしたりするのに使うんだ。最近シューヴァルがデッドストック扱いで安く放出したから抑えておいたんだ。ま、こういうのは役に立たないのが一番いいんだがな」


 マコトは話しかけてきたお虎にタルの中身を教える。1200年前まで栄えた旧エルフ文明が発明はしたものの、今ひとつ使いどころが無く重要視されてなかった非常に燃えやすい油だ。

 精製法が人間にも伝わっており、現在も主に攻城戦用の兵器として生産されているという。


 兵器と言うのは役に立たないのが一番だが、戦国乱世のこの世界においてはかなわぬ願い。マコトの願いもむなしく役に立つ日はすぐに来てしまった。

 数日後、アレンシア国軍が動き出したのだ。


「閣下! アレンシア国軍に動きがありました! 現在都市国家シューヴァル近辺を行軍中です。ただ、おかしい事にどれもこれも檻を輸送してるんですね。遠くからでしか観察できないので何が入っているかまでは分からないのですが」

「檻ねぇ。確かに妙だな」


 檻を輸送しているらしい。猛獣でも運んでいるのだろうか。その程度で国が落ちるとは思えないのだが。

 やがてアレンシア国軍は城壁付近までたどり着いた。




「閣下、偵察兵によると敵兵の数はおよそ500程度だと思われます」

「500? おかしいな」


 他国を攻め落とすなら500程度ではとてもじゃないが木製とはいえ城壁のある国を落とすことなどあまりにも人員が少なすぎて不可能なはずだ。


 しかも彼らは城壁を登るはしごや破城鎚を用意したと思ったら、なぜか転進し戦場から去って行った。


「何がしたいんだあいつら?」

「閣下。嫌な予感がいたします」

「あの時と同じ、リシア国が陥落した時と同じだわ」


 ディオールと薔薇の騎士団団員といった元リシア国の部下の顔がどんどん険しくなっていく。




「準備は出来たな。よし、放て!」


 アレンシア国の運搬係の者が次々と檻のカギを解き放つと、中からはぎらついた目をしたオークが次から次へと出てきた。


「閣下! 危険です! オークの群れが突撃してきます! その数、およそ1000!」

「野郎、なんて手を使いやがるんだ」


 ウラカンが珍しく怯える。


「ウラカン、何か知ってるのか?」

「ああ。あいつら、飢えたオークを放ちやがった」


 彼は彼らしくも無い少し震えた声で言った。

 飢えた者は強い。特にオークは食欲が激しく、飢えていれば人間やゴブリンはもちろん、本当に追い込まれていれば同族同士で共食いまでするという。

 飢えが産み出す暴虐(ぼうぎゃく)的な本能に突き動かされた豚の群れは小国の軍隊程度なら吹き飛ばし、文字通り「食らい尽くす(・・・・・・)」という。


「豚野郎が!」


 兵士たちが一斉にクロスボウや弓から矢を放つ。最前列の豚共がパタパタと倒れるが飢えに支配された豚共の群れは止まらない。

 豚共は一斉に城門に食らいつく。腹が減っても破城鎚やはしごを使うだけの知能はあるのかそれらを使って城攻めを仕掛けてくる!


「クソッ! 来るなっ!」


 兵士達ははしごを蹴り飛ばし、オーク共を退ける。が、蹴り飛ばしたはしごの上からオークが城壁目がけてジャンプしてくる!

 ほんの少しだけ飛距離が足りなかったが、まるで猫がそうするように、壁に爪をひっかけて登って来た。


「う、嘘だろ!?」


 目の前にオークが登って来た兵士は頭から革の兜ごと丸かじりにされ、強靭なアゴと歯で噛み砕かれてしまう。オークは久々のエサをよく噛んで中身を味わっていた。

 その光景には日夜厳しく訓練された兵士ですら恐怖で唖然(あぜん)とさせられる。


(ひる)むな! (おび)えるな! 押し返せ!」


 マコトが発破をかけてオークたちを迎撃させる。

 が、飢えた者は強い。ゴブーが悪化する一方の戦況を伝えてくる。


「大将! 城門がだいぶ傷ついてますぜ!」

「大丈夫だ! 策はある。用意してくれ。内容は……」

「大将、こんな単純な策に引っかかりやすかねぇ?」

「相手は飢えたオークだ。力は強いが行動パターンは単純だ。そこを突けば勝機はある! というわけですぐに用意しろ! 城門が突破される前に仕上げてくれ!」

「へ、へい!」


 オークの猛攻を何とかしのいではいるものの形勢は悪い。城門は痛みがかなり激しくなってそう長くは持たない所まで来ている。


「城門! もう持ちません!」

「大将! 準備出来やした!」


 門番からの悲鳴が聞こえる頃ゴブーがやってくる。報告を聞いたマコトは即決する。


「よし! 門を開けろ!」

「ええ!? 閣下!? 何を考えてるんですか!? お気は確かですか!?」

「開けろと言ってるんだ! 早くしろ! 命令だ! 門を開けろ!」


 兵は言われるがまま城門を開けた。(せき)を切ったかのように豚共が流れ込んできたが、彼らのお目当ては兵士達ではなかった。

 城壁を抜けてすぐの所にうずたかく積もる小麦粉に保存食の山。そしてじゅうじゅうと音を立てて焼かれるベーコンやハムの香ばしい匂い。それは飢餓状態の生き物には暴力的なまでに効く。


「「「ブギイ゛イ゛イ゛イ゛!!」」」


 豚共がお宝を前に咆え、突っ込んでくる。

 調理を担当していた兵士は指示通り避難して無事に逃げ出す。

 食材にしか目が行っていないのか豚共は兵士は無視してエサに文字通り奪い合うように食らう。


「ブギイイイイ!」

「ブギャギャ! ブギャギャギャギャ!」


 飢えから解放され、食欲が満たされることに歓声を上げる。一通り食料を食い尽くした後の事だった。


「今だ! 奴らを囲み、火を放て!」


 オーク達の周囲に火矢が放たれる。地面にしみこませた油が勢い良く炎をあげ、辺りを真紅に染め上げる。

 豚共の歓声は悲鳴に切り替わる。燃え盛る炎から逃れようとする。が、周囲はパルチザンで出来た槍衾でぐるりと囲まれており、逃げ場はない。


「ブギ……ブギイィ……」

「ブギャアアァ……」


 やがて力尽き図体に似合わないか細い断末魔をあげて豚共は焼け死んだ。


「うう、臭っせえ」


 焼け焦げた肉とギトギトした脂の臭いが充満する。それは豚肉がこんがりと焼かれたものとは違い、ひたすらに獣臭い上に脂臭く、嗅いでると胸焼けがするような悪臭だ。


「か、勝てたのか?」

「た、助かった……」

「大将、どうやらおいらたちの勝ちみたいですね。何とか勝てたって感じでしたけど」

「こういう勝ち方はあまりやりたくないね。2度目は無理だ」


 悪臭に嫌な顔をしながらマコトはゴブーに語る。


「大将、勝てりゃ何でもいいんじゃないんですかい?」

「ゴブー、勝った勝ったともてはやされる勝ち方は良くない勝ち方だ。戦う前からすでに勝つことが誰から見ても決まってる勝ち方が良い勝ち方なんだ」

「へー。そうなんですかい」

「さあお前ら、戦場の後片付けだ。動け動け!」


マコトは部下に戦いは終わった、今度は後片付けだと指示を出した。

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